1,2族金属共添加黒鉛の高い超伝導性の謎を解明 ―カルシウムとカリウムは水と油の関係!―(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年04月25日
- BL39XU(X線吸収・発光分光)
2024年4月25日
名古屋工業大学
広島市立大学
岡山大学
【発表のポイント】
〇 黒鉛系物質における特異構造と超伝導性という新しい視点を見出した。
〇 「蛍光X線ホログラフィー」を用いて黒鉛中のカルシウムとカリウムを可視化した。
〇 豊富で安価な元素で高性能な超伝導物質を作りだす指針を得た。
名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(物理工学領域)の林好一教授、広島市立大学大学院情報科学研究科の八方直久准教授、岡山大学異分野基礎科学研究所の久保園芳博教授らの研究グループは、原子配列を可視化できる先端計測法「蛍光X線ホログラフィー」※1を用いて、黒鉛に添加させたカルシウムとカリウムの原子像取得に成功しました。その結果、カルシウムとカリウム原子がランダムに混ざり合っておらず、ナノスケールで水と油のように相分離※2していることを発見しました。 論文情報 |
黒鉛を超伝導にするカルシウムからのホログラム
【研究の背景】
黒鉛は炭素のみから構成される物質で、学術的にはグラファイトと呼ばれています。鉛筆の芯に使用されるなど、一般になじみの深い物質であり、炭素の原子層が重なりあった構造を持ち、そこが剥がれやすいので筆記用具として使用できるわけです。一方、この原子層の間には色々な元素を蓄えることができ、例えば、リチウムイオン電池における負極としてもグラファイトは利用されています。このような物質をグラファイト層間化合物と呼びますが、アルカリやアルカリ土類金属を挿入したものは超伝導を示すため注目を集めています。グラファイト層間化合物の超伝導転移温度には面白い特徴があり、金属元素を挿入すると炭素原子層間の隙間が広がっていきますが、その層間の大きさと超伝導転移温度には、図1に示すような関係性があります。ここでは、最も層間(d = 4.5Å)の小さなカルシウム挿入グラファイトが高く(LiC2を除く)、11.5K(ケルビン)の転移温度を示します。一方、層間の大きなカリウムの場合、0.55Kと二桁以上低くなります。これら二つの元素を共添加させた場合の超伝導現象に興味が持たれていましたが、図2に示すように、カリウムに対するカルシウムの比率がかなり小さい場合でも10Kあたりの高い転移温度を示しています。一方、どの比率でも層間に大きな変化はなく、カリウムのみを挿入させた場合とほぼ同じです(d = 5.4Å)。従って、カルシウム・カリウム共添加グラファイトは、図1に示す曲線から大きく逸脱していることが分かります。カルシウムとカリウムの構造を詳細に調べることにより、低いカルシウム濃度でも高い転移温度を示す謎を解明できると考えました。
図1 グラファイト層間化合物における層間距離と超伝導転移温度との関係(高橋康民、固体物理 Vol. 44, 361 (2009).を参照)
図2 カルシウム・カリウム共添加グラファイトにおけるカルシウムの比率と超伝導転移温度との関係。〇は今回、測定した試料の組成
【研究の内容・成果】
実験に用いた試料は、カルシウムとカリウムを1:3比率で共添加したグラファイトです。従来の分析法では、これらの構造を評価することは難しいため、本研究グループは先端計測手法の一つである「蛍光X線ホログラフィー」を使用しました。この手法は物質を構成する各元素に関して三次元的な原子配列を可視化できます。実験は、大型放射光施設SPring-8※4のビームラインBL39XUで実施しました。図3は、計測されたカルシウムとカリウムのホログラムとそれらから再生された原子像です。グラファイトの中でのカルシウムとカリウムの原子配列は異なっており、このことより両元素は混ざり合っておらず相分離していることが分かります。具体的には、図4に示すようにカリウムの原子層の海の中に小さなカルシウム原子層の島が点在しているイメージです。なお、原子像の詳細な解析から、この島のサイズは10Å※5程度であることも求められました。当初は、カルシウムとカリウムが混ざり合った、学術的には固溶体※6と呼ばれる状態をとっていると思われていました。従って、本研究は、研究グループの予想を覆す結果を示したといえます。
図3 測定されたカルシウム、カリウムの蛍光X線ホログラムと再生された原子像
図4 黒鉛中のカルシウムとカリウムの相分離モデル
このカルシウムの島には、高い超伝導性を説明できる特徴が存在します。カリウムの原子層は上下の炭素原子層の中間に存在しますが、X線吸収微細構造法※7を援用するとカルシウムの島は約0.8Åほど炭素の層に寄っていることが分かりました。図1において炭素原子層間と超伝導転移温度の関係を示していますが、近い方のカルシウム原子層と炭素層間の距離は約1.9Åほどとなり、純粋なカルシウム添加グラファイトの場合の距離2.3Åよりも短くなります。この構造的な特徴が、カルシウムと炭素原子層の相互作用を強くし、超伝導性向上に寄与していると分かります。本物質においてカルシウムは重要な役割を果たしますが、カリウムとブレンドすることで僅かな添加量でも高い超伝導性を保てることも、本研究グループが解明した特異構造と関係していると考えられます。
【社会的意義】
超伝導物質を社会実装するためには、超伝導転移温度を向上させることが必要です。一方、社会持続性を考えれば、環境負荷のかからない、豊富な元素で構成された材料であることが望ましいとされています。本研究で用いた試料は、炭素、カルシウム、カリウムから構成されており、これらは人体にも含まれる極めてありふれた軽元素です。本研究成果は、このような安価な元素を組み合わせた物質が高い超伝導性を示し、詳細な構造解析からそのメカニズムに近づけたことに大きな意義があります。
【今後の展望】
グラファイトに添加するアルカリやアルカリ土類金属には、他にも色々な組み合わせが考えられます。最適な組み合わせにより、超伝導性をさらに向上させることも可能と考えられますが、そこには、必ず、それを誘起させる構造的特徴があります。最先端の計測技術で、その詳細を解明することにより、室温超伝導体の設計にまで橋渡しできると考えられます。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費 学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」(代表者:林好一)、基盤研究(B)(代表者:久保園芳博)等の支援を受けて実施しました。(課題番号:17K05500、18K03540、18K04940、18K18736、19H02676、20H05878、20H05879、20H05881、23H05449)
JASRI/SPring-8の研究課題(2016B0128, 2017B0128)、あいちシンクロトロン光センターの研究課題(202301014)、広島大学放射光科学研究所の研究課題(22BU006)、九州シンクロトロン光研究センターの研究課題(2202003F)に支援いただきました。
【用語解説】
※1. 蛍光X線ホログラフィー
ホログラフィーは物体を三次元的に記録する手法であり、そこから、物体の三次元像を再生することもできます。蛍光X線ホログラフィーは蛍光X線を使用したホログラフィーで、蛍光X線を発する元素周辺の原子配列を可視化できます。これまでは、主に物質中のドーパント(不純物)の構造解析に利用されてきました。
※2. 相分離
2種類以上の元素を混ぜた場合、お互いが溶け切らずに異なる組成の物質が現れることを相分離と呼びます。水と油の例えでよく用いられます。
※3. 超伝導
ある種の物質の抵抗が、その物質に固有な温度以下でゼロになる現象。超電導に転移する温度を超電導転移温度といい、通常は絶対零度に近い温度で起こります。超電導は電気抵抗ゼロで電流を運べるため、エネルギーロスのない送電線などで利用されています。また、大きな磁場を発生させることができるのでリニアモーターカーにも利用できます。超電導転移温度を向上させることにより、冷却に必要な莫大なエネルギーを低減できるため、社会的なインパクトは大きくなります。
※4. 大型放射光施設SPring-8
世界最高性能のX線を利用できる大型実験施設。X線の強度が通常の装置よりも何桁も強いため、ホログラムのような微弱なシグナルを精度よく観測するのに大いに役立っています。本研究で蛍光X線ホログラフィー測定を行ったビームラインBL39XU(実験当時の担当者:河村 直己、鈴木佳孝、水牧仁一朗)はナノビームを利用することが可能で、1辺1000Å程度の微小領域の測定が可能です。
※5. Å(オングストローム)
長さを示す単位。1cm の1億分の1の長さで、おおよそ原子の大きさのスケールに対応します。
※6. 固溶体
完全に混ざり切ってしまった均一な固相を指します。多くの合金は固溶体となっています。
※7. X線吸収微細構造法
特定元素のX線吸収スペクトルにおいて吸収端よりわずかに高いエネルギーで見られる振動構造を指し、その振動構造を解析することにより特定元素周辺の局所構造の情報を得ることができます。固体だけでなく、液体や気体まで測定できることを特徴とします。
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