パセリ油の不飽和脂肪酸が黄色ブドウ球菌の病原因子を阻害するメカニズムを解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年05月21日
- BL41XU(生体高分子結晶解析 I)
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
2024年5月21日
国立大学法人 京都工芸繊維大学
公立大学法人大阪 大阪公立大学
国立大学法人 京都大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立大学法人 筑波大学
発表のポイント:
● 黄色ブドウ球菌※1の病原因子「リパーゼ(SAL)」とパセリ油の主成分であるペトロセリン酸(PSA)の複合体の立体構造を世界で初めて解明した。
● 不飽和脂肪酸※2PSAのSALへのIC50※3値が3.4 μMと非常に強いことを明らかとするとともに、不飽和脂肪酸の二重結合が酵素の活性部位に結合することを見出した。
● PSAのようなSAL阻害剤は、既存の抗菌薬の効かないMRSA感染症※4や、黄色ブドウ球菌により引き起こされるアトピー性皮膚炎などの治療薬になることが期待できる。またヒトのリパーゼへの阻害の可能性も示唆されることから、抗肥満薬への適応も期待される。
京都工芸繊維大学分子化学系の北所健悟准教授らの研究グループは、大阪公立大学大学院生活科学研究科の神谷重樹教授、京都大学大学院医学研究科医学研究支援センターの奥野友紀子特定准教授、理化学研究所放射光科学研究センター利用システム開発研究部門の引間孝明研究員、山本雅貴部門長、筑波大学医療医学系の広川貴次教授らとの共同研究により、黄色ブドウ球菌が産生する病原因子の1つである「リパーゼ(SAL)」とパセリから抽出される不飽和脂肪酸のペトロセリン酸(PSA)との複合体の立体構造をX線構造解析※5の方法を用いて、世界で初めて解明しました。
不飽和脂肪酸「PSA」が既存のSAL阻害剤と同等のレベルでSALの活性を阻害することを発見しました。更に、SALとPSAとの複合体の構造を原子レベルで解析することによって、PSAによる阻害のメカニズムを解明することに成功しました。 本研究成果は、構造情報を元にしたSALに対する薬剤の理論的な開発に役立つと考えられ、より有効性が高く副作用の少ない治療薬の探索・設計が可能になると期待されます。特に、SALが黄色ブドウ球菌の増殖に関与していることから既存の抗菌薬の効かないMRSA感染症や、黄色ブドウ球菌によって引き起こされるアトピー性皮膚炎などの治療薬の発展が期待されます。また不飽和脂肪酸による酵素の阻害メカニズムが解明されたことから、PSAによるヒトリパーゼへの阻害の可能性と抗肥満薬への適応の可能性が示唆されました。なお、本研究成果は、2024年5月16日付けで「FEBS OpenBio」のオンライン版 (https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/2211-5463.13808) に掲載されました。 発表雑誌: |
研究の背景
世界中の病院において、既存の抗菌薬が効かない細菌である「スーパーバグ」が確認され、その流行が危惧されています。MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)はスーパーバグの代表例で、各種の抗菌薬に抵抗性を示すため、MRSA感染症という院内感染が問題となっています。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus;以下、SA菌)は、化膿した傷口や皮膚表面に存在する常在菌で、けがの傷口から体内に侵入し、多くの病原因子を産生して種々の病気を引き起こします。多種多様な細菌が存在する皮膚表面でSA菌が異常に増えると、アトピー性皮膚炎が発症することがわかっています。SA菌が産生する病原因子の1つである「リパーゼ(SAL)」はSA菌の増殖と相関があり、免疫応答由来の殺菌効果を持つ脂質を分解し、菌の生存率を向上させて生体防御を破壊することがわかっています。このことからSAL阻害薬は抗MRSA薬の標的のみならずアトピー性皮膚炎の薬として注目されています。
また健康ブームで度々注目されるオレイン酸やリノール酸、EPAなどの不飽和脂肪酸が人体にどのような影響を与えているかなどの分子レベルでのメカニズムの解明はよくわかっていません。
そこで本研究では、より高い効果を持つ副作用の少ない新しい薬の探索・設計に貢献するため、これまで大型放射光施設「SPring-8」の強い放射光を用いたX線構造解析の経験を活かし、SALと阻害剤である不飽和脂肪酸との複合体の立体構造の解明を試みました。
研究内容
研究を始めるにあたりSALの立体構造については、すでに研究グループで決定しておりました。韓国の研究グループがSALに対するPSA(図)の阻害があることを発表していたことから、研究グループは、PSAという不飽和脂肪酸がSALに対して、3.2 µMというIC50値で阻害することを決定しました。PSAの阻害活性は、研究グループがすでに発表した抗肥満薬オルリスタット※6と同等の強い阻害活性を持つことがわかりました。
本研究では、SALにこのPSA分子が結合した複合体の立体構造を、X線結晶構造解析の手法を用いて原子レベルで解明するため、まず大腸菌でのSALの大量生産系を構築しました。純度の高いSALを精製し、SAL単体の結晶とPSAと共に共結晶化した結晶を作成しました。X線回折実験およびデータ収集は、大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL41XUならびにBL44XUで行いました。また詳しい阻害メカニズムを検証するために、SALの活性触媒残基であるS116A変異体を作成し、活性の無い不活型のSAL-S116A変異体とPSAの複合体の構造についても同様の方法で実験を行いました。
PSA分子はSALの活性部位である「鍵穴」に対して、「鍵」分子としてぴったりはまり込んでいることがわかりました(図)。またPSAは芋虫のような細長い分子で、SALの触媒残基である116番目のセリン残基の酸素原子とPSAの二重結合を形成する炭素原子が共有結合していました。この芋虫のようなアルキル鎖が活性部位のポケットに疎水性相互作用する形で存在していることがわかりました。不活型変異体であるS116A-SALは活性触媒のセリン残基をもたないにも関わらずPSAが活性部位に結合していました。セリン酵素によくみられるオキシアニオンホール※7と呼ばれるプラス電荷の穴の部分に二重結合が位置して、二重結合の電子が穴に収まる形で構造が安定化されていました。これらの結合様式によって、PSAはSALに対して高い選択的親和性を示すことが示唆されました。この成果によって、ドラッグデザインによる薬剤開発を進めるための基礎的知見が確立しました。不飽和脂肪酸の二重結合の位置が酵素阻害においてはとても重要であることがわかりました。オレイン酸ではSALを阻害しないのは、オレイン酸とペトロセリン酸の二重結合の位置が全く異なるからであって(図)、酵素の阻害に二重結合の位置が重要であることがわかりました。
今後の展開
PSAとSALの相互作用から、薬のデザインのための構造基盤が構築されました。MRSAはほとんどの抗菌薬に耐性があり、新生児や老人などの免疫力の弱い患者を死に至らしめることがわかっています。MRSAに対する抗菌薬以外の薬の探求は重要で、SALの阻害剤は、MRSA感染症への新規な作用機序の薬として期待されます。本研究の結果は、SALを標的としてMRSAや皮膚病などの疾患に対して、その構造情報を基にした創薬(Structure based drug design)も可能にすると期待できます。またPSAは天然から取れるパセリ油の主成分であることから、パセリ油のアトピー性皮膚炎への効果や、抗肥満作用も期待できると考えられます。
【用語解説】
(注1)黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus;SA菌)
ヒトの鼻腔などに存在する常在菌で、化膿した傷口の膿の部分に多く存在し、感染症の原因となる多くの毒素タンパク質や酵素などの病原因子を産生します。病原性が強い菌で、基礎疾患のある人など、免疫力の低下した患者に対して、肺炎、敗血症、骨髄炎、関節炎などの重篤な感染症を引き起こします。
(注2)不飽和脂肪酸
カルボン酸を末端に持つアルキル基のうち、分子内に二重結合を持つものの総称です。オリーブオイルに含まれるオレイン酸が有名ですが、健康に良いとされているそのメカニズムは不明な点が多いです。
(注3)IC50値 (half maximal (50%) inhibitory concentration;50%阻害濃度または半数阻害濃度)
化合物の生化学的な阻害作用の有効度合いを示す値です。数値が低いほど阻害が有効であることを表します。数値として示した濃度で薬物が、標的とする酵素の半数の働きを阻害できることを示しています。
(注4)MRSA (Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)感染症
メチシリンなどのペニシリン剤やβラクタム剤など多くの抗生物質が効かない耐性を持った黄色ブドウ球菌によって引き起こされた感染症で、幼児や高齢者など免疫力が低下した患者が感染すると、多くの種類の抗菌薬が効かないために、治療が進まずに重症化し、死に至るケースがあります。
(注5)X線構造解析
タンパク質の立体構造を決定する手法で、ターゲットとなるタンパク質を結晶化し、大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」などの強いビームを使って、X線照射して得られた回折データから、タンパク質の原子レベルでの立体構造を解析します。
(注6)オルリスタット
抗肥満薬として大正製薬からAlliとして発売された治療薬で、ヒトの脂肪分解酵素である胃や膵臓のリパーゼを不活性化し、脂肪吸収を阻害する効果があります。
(注7)オキシアニオンホール
セリンプロテアーゼなどの加水分解酵素によく見られる窒素などプラス電荷を持った原子によって構成された構造上のポケットのことで、酸素原子などマイナスの電荷を持つ原子を捉えて反応過程を安定化する働きがある穴のこと。今回では二重結合にある電子がこの穴に入ることで構造を安定化していました。
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