10 億分の1 秒の原子運動を見る放射光技術を開発 ─ 材料開発や生命現象の機構の理解に大きく貢献へ ─(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年06月18日
- BL35XU(非弾性・核共鳴散乱)
2024年6月18日
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
住友ゴム工業株式会社
●10億分の1秒(ナノ秒)程度で起こる原子・分子・ナノ構造の運動は、産業材料の機能や特性、生命現象のメカニズムの理解に特に重要な運動の1つです。しかし、放射光ではその観測が大きく制限されていました。
●本研究グループは、0.1ナノ~100ナノ秒という1ナノ秒を含む広い時間で、原子運動を高精度で測定可能な新しい放射光技術を開発しました。
●次世代2次元X線カメラを用いることで、詳細な原子の構造も同時に測定でき、タイヤなどの産業材料開発、生命現象理解が大きく加速します。
ナノ秒程度で起こる原子・分子の運動は、物質の硬さや壊れやすさなど、多様な物質の特性や生体機能の最も基本的な起源の1つです。分光型と呼ばれる従来の原子運動の測定装置では、運動を観測できる時間範囲は装置性能から決まるある1つの時間(時間分解能)の近辺に制限されてしまうことなどから、放射光ではナノ秒程度の原子運動の観測はこれまで大きな制限がありました。 |
研究の背景
高分子材料や生体材料の内部では、様々な大きさの原子・分子の集団が、それぞれ固有の時間スケールで運動しています。例えば高分子材料の内部では、小さな塊が素早く動いたり、相対的に大きな塊がよりゆったり動いたりしています。この原子・分子集団の構造や運動の時間は、材料の硬さや脆(もろ)さなど様々な物質特性に反映されます。そのため、どのくらいの大きさの集団が、どのくらいの時間で動いているかを知ることが、物質の理解、ひいては産業材料の開発や生命現象の理解に必要不可欠です。
物質の原子レベルの構造を調べる顕微鏡として放射光は強力な道具であり、東北大学青葉山新キャンパスに整備された3GeV(ギガ電子ボルト)高輝度放射光施設(愛称:Nano Terasu(ナノテラス))が2024年4月に稼働を始めるなど、放射光科学は発展を続けています。しかし、原子の運動となるといまだ完全な理解には程遠い状態です。特に多くの材料の特性理解に重要な “ナノ秒”近辺の時間は、原子・分子・ナノ構造体の運動測定が困難な時間域で、測定対象にも大きな制限がある時間でした。
今回の取り組み
本研究グループは、SPring-8 BL35XUにおいて核モノクロメーター※3と分光器を用いることで、X線領域で図1に示すような櫛型のスペクトル構造※4を作り出し、これを用いることで原子運動の時間を従来の分光型実験の常識を超えた広い時間域で調べる新しい技術を生み出しました。
図1. 放射光で櫛型のスペクトル構造を作り出し、原子・分子の運動を広い時間で観測。©️Makina Saito
様々な波長(色)が混ざった放射光のうち、いくつかの特定の波長だけを取り出し、分光器を使ってその波長分布を観測する場合、それぞれの波長のピーク(切り立った山の山頂のような部分)が連なり、歯が複数ある櫛のような形に見えます。図中の虹色のギザギザはその様子を図示したもので、横軸は波長を、縦軸は観測される放射光の強さを表します。従来法では、例えてみると櫛の歯が一本しかないスペクトル構造を測定に用いていました。この時、歯の固有の幅が原子運動の時間の測定分解能を、すなわち原子の運動を測ることができる時間域を決めていました。今回研究グループは、X線領域でスペクトルの櫛型の構造を作りだすことで、新しい測定系が、櫛の歯の幅から決まる時間分解能だけでなく、櫛全体の幅から決まる新しい別の時間分解能をもつことに気づきました。さらに歯が沢山あることで、櫛の歯の幅から決まる時間分解能の測定も、歯の数が多い分だけ効率的に行えることにも気が付きました。
そこで、2つの分解能をもつ新技術を開発し、この手法が0.1ナノ秒から100ナノ秒という、従来法に比べてとても広い時間領域において、原子・分子運動の効率的な観測が可能であることを、典型的な高分子材料(ゴム)に対して実証しました。従来の放射光技術では、1つの測定に何週間もかかるために実質的に計測不可能であった原子ダイナミクス測定が、今回開発した技術によって100倍高効率に測定できるようになり、その測定が現実的になったのです。また、精密な原子・分子構造の同時測定の実現は、大型放射光施設SPring-8※5の加速器を駆動させる高周波周期と高速X線2次元検出器の露光周期を100万分の10以下で精密に合致させる高精度同期システムの開発が基礎となっています※6。
【今後の展開】
これまで、ナノ秒近辺での原子・分子・ナノ構造の運動性の測定は、中性子という放射線を用いて行われてきましたが、同位体置換が必要など、測定する物質に特殊な条件が必要な場合があり、広範な材料に対する研究が妨げられていました。今回放射光を用いて開発した新技術により、ゴム、電池、金属ガラス、液晶、化粧品など多様な産業材料や生体系において重要な原子・分子運動を、内部まで、非破壊で、特殊な条件を課すことなく調べることが可能となりました。これにより、今後の材料開発や生命現象の機構の理解が大きく加速します。
【謝辞】
本研究は科学技術振興機構(JST)CREST JPMJCR2095 および理化学研究所のSACLA/SPring-8基盤開発プログラム 2022–2023によってサポートされています。
【用語解説】
※1. 放射光X線
電子を光速近くまで加速して曲げることで発生する、明るく、指向性が高い(進行方向がそろった)X線。
※2. 2次元高速X線カメラCITIUS
理化学研究所が開発した、画素サイズ72.6マイクロメートル、フレームレート17.4kHzの高性能 X線カメラ。
※3. 核モノクロメーター
原子核のある種の励起現象を用いて、X線領域のある特定の波長の光を超精密に切り出す装置。(図1の赤い直方体。)
※4. スペクトル構造
分析器(図1の黄色い円盤)を通過させるX線エネルギーを変えながら、その後の検出器(図1の水色立方体)でX線の強さを調べたもの。この構造変化を通じて原子運動の時間を決定できる。
※5. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来している。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※6.
詳細は次の論文を参照のこと。Haruki Nishino, et.al., Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment, Vol.1057 (2023) 168710. (https://doi.org/10.1016/j.nima.2023.168710)
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