新規窒化物強誘電体薄膜について、 水素含有ガス中の熱処理に対する高い耐久性を発見 -低コスト化による次世代強誘電体メモリの実用化を加速-(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年07月19日
- BL13XU(X線回折・散乱 I)
- BL19B2(X線回折・散乱 II)
2024年7月19日
東京工業大学
キヤノンアネルバ株式会社
高輝度光科学研究センター
○スカンジウムアルミニウム窒化物薄膜が、従来の強誘電体より熱・水素雰囲気下における耐久性が高いことを発見。
○半導体プロセスに必要とされてきた保護膜が不要となり、プロセスの簡素化と低コスト化が可能に。
○高い強誘電性を生かした高集積強誘電体メモリデバイス開発の加速に期待。
東京工業大学 物質理工学院 材料系のSun Nana(スン・ナナ)研究員、岡本一輝助教、舟窪浩教授らとキヤノンアネルバ株式会社の恒川孝二取締役、高輝度光科学研究センターの坂田修身常務理事、小金澤智之主幹研究員の研究グループは、窒化物強誘電体であるスカンジウムアルミニウム窒化物((Al,Sc)N)の薄膜について、600℃までの水素含有ガス中の熱処理後でも強誘電性がほぼ劣化せず維持されることを見出した。 |
強誘電体は、自発分極と呼ばれる、外部からの電圧の印加によって反転が可能な電気分極を有する材料であり、この性質は強誘電体を用いた半導体メモリデバイス=[強誘電体メモリ]に応用されている。例えば、読み書き時以外は消費電力がゼロで高速動作可能という特性を生かし、超低消費電力で動作するメモリとして交通系カードで広く実用化されている。
高度情報化社会において、今後もデジタル情報量は爆発的に増加していくことが予想され、それに伴い情報通信機器が消費する電力も飛躍的に増加すると考えられる。そのため、超低消費電力で高速動作可能な強誘電体メモリへの期待は大きい。
強誘電体材料もメモリの進化に付随して進化しており、従来の複雑な結晶構造を有する複合酸化物強誘電体※1に代わって単純酸化物強誘電体※2である酸化ハフニウム系強誘電体が2011年に発見され、大きな注目を集めてきた。しかし、半導体のプロセスで不可欠な水素含有ガスの雰囲気での熱処理により材料が劣化することが知られており、高い特性を有するメモリデバイスの作成には、水素含有ガス対策用の保護膜の作製が不可欠とされてきた。この保護膜作成の必要性が、メモリ作製工程の複雑化、高コスト化に加えて、高集積化を阻害している要因となっている。
このような背景から、水素含有ガスに高い耐久性を有する強誘電体材料の発見が期待されてきた。
本研究では、酸素を含まない窒化物強誘電性体として、5年前に発見されたスカンジウムアルミニウム窒化物((Al,Sc)N)の特性について調査した。(独)産業技術総合研究所が基本特許を有するこの物質は、現在の研究で主流となっている酸化ハフニウム(HfO2)系強誘電体に比べて5倍以上大きなデータ保持能力(残留分極値)を有することで大きな注目を集めている(図1)。しかし、水素を含有する高温のガス雰囲気での安定性は明らかになっていなかった。
図1. 従来のペロブスカイト構造に代表される複合酸化物強誘電体(Pb(Zr, Ti)O3)、酸化ハフニウム(HfO2)系強誘電体および窒化物強誘電体((Al,Sc)N)の強誘電特性の比較。窒化物強誘電体が大きな強誘電性を示すことが分かる。
今回の研究では、窒化物強誘電体を水素含有ガス雰囲気下で種々の温度で熱処理した際の、熱処理前に対する強誘電性(自発分極値)の変化量を比較した。その結果、複合酸化物強誘電体(Pb(Zr,Ti)O3やSrBi2TaO7)や酸化ハフニウム系強誘電体では処理による強誘電性の劣化が報告されているものの、窒化物強誘電体では600℃までの処理温度では、強誘電特性の劣化がほとんど認められないことが明らかになった(図2、図3)。
図2. 種々の温度の水素を含有するガス雰囲気下で熱処理した窒化物強誘電体の残留分極値の変化。抗電界(分極の方向が反転する電界)で規格化した単位長さあたりの電圧に対する値を示している。
図3. 水素含有ガス雰囲気下で種々の温度で熱処理した際の、熱処理前に対する強誘電性(自発分極値)の変化量。
●期待される波及効果
今回の成果は、以下に述べる波及効果が期待できる。
a) 強誘電体メモリの高い信頼性の確保、作製コストの低減による強誘電体メモリの高集積化の加速
今回の成果でスカンジウムアルミニウム窒化物((Al,Sc)N)は水素含有ガス対策用保護膜が不要であることが明らかになった。実用化における課題であった特性劣化がなくなり、高い信頼性が確保できる。また、保護膜の作製が不要になること、強誘電性向上のためのデバイス構造が単純化できることから、大幅なコスト削減が期待できる。さらに窒化物強誘電体は、ハフニウム酸化物と比較して5倍以上の大きなメモリ能力(残留分極値)を有し、高集積化したメモリの作成が期待できる。
b) 新規強誘電体メモリの実用化の加速
窒化物強誘電体(Al,Sc)Nは20万分の1ミリメートル(5 nm)まで薄膜化しても強誘電性の特性の劣化がないことがすでに確認されているため、大きな強誘電性を生かして強誘電体のトンネル電流を用いた新たなメモリ(強誘電体トンネルジャンクション、Ferroelectric Tunnel Junction(FTJ))※3の実用化が期待できる。理論的には1万倍以上のオン-オフ比が可能となり、磁性体を凌駕する性能が期待される。
c) 圧電MEMSのNEMS化の加速
今回、水素含有ガスに対する高い耐久性が確認された窒化物強誘電体は、電気的なエネルギーを機械的なエネルギーに変換する特性(圧電性)※4を用いて、スマートフォン等で高周波フィルタとしてすでに広く実用化されている。シリコンの加工技術を用いたマイクロメータサイズの電気機械システム(Micro Electromechanical System, MEMS)の作製もSi基の半導体プロセスを用いており、水素ガス含有雰囲気での高耐久性が要求される。今後、より微細なナノメータサイズの電気機械システム(Nano Electromechanical System, NEMS)の要求が高まることを考えると、今回の成果で、高い耐久性が確認できたことは、この材料がNEMSにも対応できることを示した結果と言え、圧電体を用いたNEMS実用化の加速が期待できる。
●付記
今回の研究の一部は、文部科学省の次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(JPJ011438)、データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2312)、および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(21H01617、22K18307、22K20427)の助成を受けた。また放射光の実験は、大型放射光施設 SPring-8※5のBL13XU and BL19B2 (課題番号2022A1266、2023B1892)で行われた。
【用語解説】
※1. 複合酸化物強誘電体
2種類以上の陽イオンが異なる結晶の位置を占める酸化物強誘電体。Pb(Zr,Ti)O3やSrBi2Ta2O9が代表的な材料。
※2. 単純酸化物強誘電体
1種類の陽イオンと酸素から構成される酸化物強誘電体。HfO2がその代表例。
※3. 強誘電体トンネルジャンクション
強誘電体を電極で挟んだ構造のメモリ。強誘電体を薄膜化することで実現するメモリで最も理想的なメモリと考えられてきたが、従来の複合酸化物の強誘電体は薄膜化すると特性を失う“サイズ効果”があるため、不可能と考えられてきた。近年酸化ハフニウム系強誘電体や窒化物強誘電体では薄膜化しても強誘電性が劣化しないことが明らかになり、大きな注目を集めている。
※4. 圧電性
電気的なエネルギーを機械的なエネルギーに変換する特性。
※5. 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の実験施設。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用など幅広い研究が行われている。
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