大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

マルテンサイト変態に基づく柔らかい塩化物の発見(プレスリリース)

公開日
2024年09月05日
  • BL10XU(高圧構造物性)

2024年9月5日
北海道大学
東京大学
豊橋技術大学
東京都立大学
広島大学
高輝度光科学研究センター

ポイント

・塩化物におけるマルテンサイト変態の発見。
・相変態による機械的な性質の劇的な変化の提案。
・非酸化物における機械的性質の変換指針。

北海道大学大学院工学研究院の三浦 章准教授、忠永清治教授、同大学大学院総合化学院修士課程(研究当時)の牧紘太郎氏、東京大学の村岡恒輝助教、豊橋技術科学大学の引間和浩助教、東京都立大学の水口佳一准教授、広島大学の森吉千佳子教授、大阪公立大学の中島 宏特任准教授、科学技術振興機構の大池広志研究員、ミシガン大学のスンウェンハオ助教らの研究グループは、三元系ナトリウム塩化物であるNa3YCl6マルテンサイト変態*1とその特異的な柔らかさを発見しました。
塩化ナトリウム(NaCl)などの塩化物はイオン結晶であり、一般的には脆い機械的性質を備えています。機械的性質は結晶構造中の結合様式に依存するため、機械的性質を大きく変えることは困難と考えられていました。本研究では、単斜晶と菱面体晶の構造を持つ塩化物であるNa3YCl6において、応力によって大きな体積膨張を伴う単斜晶から菱面体晶へのマルテンサイト変態を発見し、その結晶相の変態によって特異的な柔らかさを発現することを提案しました。マルテンサイト変態は結晶相が別の相へ変化する相転移の一種であり、鉄鋼材料や部分安定化ジルコニアの機械的特性を向上させることが知られています。本研究でのマルテンサイト変態と特異な機械的性質は、約半世紀前に発見されて現在実用化されている部分安定化ジルコニアの相変態と機械的特性の変化に類似しており、これまで着目されてこなかった非酸化物材料の機械的特性を向上させる新たな指針を提供します。
なお、本研究成果は2024年9月1日(日)公開のJournal of the American Chemical Societyに掲載されました。

論文情報
雑誌名: Journal of the American Chemical Society
題名 :Stress-Induced Martensitic Transformation in Na3YCl6(応力によって引き起こされるNa3YCl6のマルテンサイト相変態)
著者名 三浦 章1*、村岡恒輝2*、牧紘太郎3(研究当時)、河口沙織4、引間和浩5、武藤浩行5、松田厚範5、山根伊知郞3、島田敏宏1、井藤浩明3、水口佳一6、森吉千佳子7、中島 宏8、森 茂生8、大池広志9、中山 哲2、Wenhao Sun10、Nataly Carolina Rosero-Navarro1、11、忠永清治11北海道大学大学院工学研究院、2東京大学大学院工学系研究科、3北海道大学大学院総合化学院、4公益財団法人高輝度光科学研究センター、5豊橋技術科学大学大学院工学研究科、6東京都立大学理学研究科、7広島大学大学院先進理工系科学研究科、8大阪公立大学大学院工学研究科、9科学技術振興機構、10ミシガン大学工学部、11Instituto de Ceramica y Vidrio、*責任著者)
DOI:10.1021/jacs.4c09476


Na3YCl6の相変化。異方的な圧力によって単斜晶(Monoclinic)から菱面体晶(Rhombohedral)へ相変化する。
密度の高い単斜晶が相変化することで、非常に柔らかい機械特性を示すことを提案した。

【背景】

 ユニークな特性を持つ相変態は、科学の重要な進歩に貢献します。約半世紀前、ガーヴィらは、"Ceramics steel?" [Nature 258, 703-704 (1975)] において、セラミックスの相変態による高靭性を報告し、部分的安定化ジルコニアの例外的な靭性は、準安定な正方晶カルシウムドープ酸化ジルコニウムからのマルテンサイト変態に起因することを発見しました。加えられた応力によって引き起こされた著しい体積膨張を伴う相変態は、セラミックス中のクラックの伝播を妨げ高靭性を発現します。このメカニズムは、歯科や機械的コーティングなど幅広い用途に利用されています。しかし、他のジルコニウム類似の酸化物材料については、半世紀にわたる研究にもかかわらず、部分安定化ジルコニア以外は実用化されていません。


【研究手法及び研究成果】

 研究グループは、三元系塩化ナトリウム、単斜晶Na3YCl6において、一軸加圧によって引き起こされるマルテンサイト変態を発見しました。そのメカニズムを、ダイヤモンドアンビルセル*2を用いた大型放射光施設SPring-8*3のBL10XUにおける放射光XRD実験と、超格子モデルを用いた計算によって調査しました。その結果、相変態は長距離原子拡散を伴うことなく進行し、等方的な圧力ではなく異方的な応力によって引き起こされること、及び相変化に伴い巨大な異方的な体積膨張が起こることを明らかにしました。インデンテーション試験*4により圧粉体の機械的性質を調査した結果、単斜晶Na3YCl6は塩化ナトリウム(NaCl)や有機金属ペロブスカイト(CH3NH3PbCl3)よりも著しく柔らかいことが分かり(図1)、上記のマルテンサイト変態によって特異的な機械的性質が発現していることを提案しました。


【今後への期待】

 本研究で発見された相転移と機械的性質は、半世紀前に発見された部分安定化ジルコニアのメカニズムと類似していますが、高いイオン性を持つ塩化物でこのような相変態や機械的特性を示すことは驚きでした。本発見は、高いイオン性を持つ結晶や単斜晶などの複雑な構造を持つ非酸化物材料もマルテンサイト変態による優れた機械的特性を示す材料となりえることを示唆しており、本研究で提示した計算化学のフレームワークを用いることで材料探索を効率的に行えることが期待できます。また、ハロゲン化物材料は、高効率の太陽光発電や次世代の全固体電池として盛んに研究されており、これらの機械的特性の改善の新たな指針となります。


【謝辞】

 本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(JP20KK0124、JP21K20551、JP22K14751)、JSTさきがけ(JPMJPR21Q8、JPMJPR21Q2)、JSTGteX(JPMJGX23S5)日本学術振興会国際共同研究事業の補助を受けて行われました。


【参考図】


図1.二種類のNa3YCl6ペレットのヤング率と圧痕。m- Na3YCl6の大きな圧痕は変形のしやすさを示している。


【用語解説】

※1. マルテンサイト変態
元素の長距離拡散を伴わないで別の結晶相へ変化すること。マルテンサイト変態より鉄や安定化ジルコニアの力学特性の向上が理解されている。

※2. ダイヤモンドアンビルセル
ダイヤモンドアンビルセル(Diamond Anvil Cell, DAC)は、二つのダイヤモンド間に試料を挟み、力を加えることで試料を超高圧状態にすることができる装置。本研究では、SPring-8でのBL10XUビームラインを用い、高輝度X線を利用した試料のX線回折測定を行うことで、一軸圧力下と等方圧力下での相変態を調査した。

※3. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※4. インデンテーション試験
微小な試験片を用いて、圧子の圧入、除荷を行い、圧痕の観察をしたり、理論式に基づいて解析したりすることで、マイヤ硬度やヤング率などの重要な力学物性を得ることが可能。



本件に関するお問い合わせ先
北海道大学大学院工学研究院 准教授 三浦 章(みうらあきら)

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610  FAX 011-706-2092  メール jp-pressgeneral.hokudai.ac.jp
東京大学大学院工学系研究科広報室(〒113-8656 文京区本郷7丁目3番1号)
TEL 03-5841-0235  FAX 03-5841-0529  メール kouhoupr.t.u-tokyo.ac.jp
豊橋技術科学大学総務課広報係(〒441-8580 豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1)
TEL 0532-44-6506  FAX 0532-44-6509  メール kouhooffice.tut.ac.jp
東京都立大学企画広報課広報係(〒192-0397 八王子市南大沢1-1)
TEL 042-677-1806  FAX 042-677-1830  メール infojmj.tmu.ac.jp
広島大学広報室(〒739-8511 東広島市鏡山一丁目3番2号)
TEL 082-424-3749  FAX 082-424-6040  メール kohooffice.hiroshima-u.ac.jp
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)利用推進部普及情報課
(〒679-5198 佐用郡佐用町光都1-1-1)
TEL 0791-58-2785  FAX 0791-58-2786  メール kouhouspring8.or.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp