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三角形構造に隠れた電子の複雑な役割の解明 ~怠けているように見える電子の重要性~(プレスリリース)

公開日
2024年11月18日
  • BL43IR(赤外物性)

2024年11月18日
愛媛大学
大阪大学
高輝度光科学研究センター

このたび、愛媛大学大学院理工学研究科 山本貴准教授の研究グループは、理化学研究所、高輝度光科学研究センター(JASRI)、大阪大学大学院理学研究科、東京理科大学、分子科学研究所、ソウル大学校の共同チームによる研究にて、超伝導になり易い磁性半導体の中に、磁性に直接寄与しない価電子が半数程度あることを発見しました。これらの価電子は量子性が強いため、磁性や伝導性に重要な役割を果たすことを突き止めました。
なお、本研究の成果は、Physical Review Bに掲載され、令和6年11月12日にオンライン公開されました。

論文情報
雑誌名: Physical Review B
題名 :Charge and Valence Bond Orders in the Spin-1/2 Triangular Antiferromagnet
著者:Takashi Yamamoto, Takashi Fujimoto, Yasuhiro Nakazawa, Masafumi Tamura, Mikio Uruichi, Yuka Ikemoto, Taro Moriwaki, HengBo Cui & Reizo Kato
DOI:10.1103/PhysRevB.110.205126

≪序≫

研究グループは、有機―無機複合分子であるパラジウムジチオレン錯体分子*1 Pd(C3S5)2を二次元的に並べた分子結晶において、分子の並べ方をわずかに変えるだけで、電気伝導性や磁性が大いに異なる*2ことに着目し、分子の並び方と電子同士の及ぼし合う力との関係性を探ってきました。二個の錯体分子 [Pd(C3S5)2]2は、一個の分子のようにくっ付いて二量体を形成し、その二量体が三角形の頂点を形成するように二次元平面を埋め尽くしています(図1)。二量体一個あたり、一個の価電子が割り当てられますが、実際の価電子の割り振り方は、電子同士の及ぼし合う力の条件により異なります。


図1 パラジウムジチオレン錯体分子が作る三角形構造。
一個一個の円は二個の錯体分子[Pd(C3S5)2]2から成る二量体で、それぞれが三角形の頂点に位置する。

例えば、二量体が正三角形の頂点に配置する結晶(C2H5)(CH3)3Sb[Pd(C3S5)2]2では、磁性が定まらない性質(スピン液体)を示し、また、超伝導になりにくいことが知られています*3。一方、二量体が正三角形から僅かにずれた条件に該当する結晶(C2H5)(CH3)3As[Pd(C3S5)2]2では、磁性を示す半導体とみなされており、しかも、三角形を歪めるだけで容易に超伝導になります。過去の研究では、各二量体に拘束された一個一個の価電子から生じる磁場の方向が、規則性を持って並ぶ(反強磁性*4)ことで、価電子は動けず半導体になると考えられ、また、超伝導も反強磁性に由来すると考えられてきました。しかし、このような議論の前提となる、価電子の並び方や割り振りを調べた例はありませんでした。


≪実験内容、および、成果≫

研究グループでは、磁場を使って磁石としての性質を直接調べるという従来の研究手法ではなく、赤外光と可視光を使った方法で、近くにある価電子同士が及ぼし合う反発力や引力を特定することで、反強磁性の成り立ちを調べる研究を始めました。まず、価電子の及ぼす電気的・磁気的な力が熱による運動でかき消されないように、5Kという低温で調べました。その結果、価電子同士(=二量体同士)が規則的に等間隔に並ぶという反強磁性に合致する箇所(図2の緑色)だけではなく、価電子同士(=二量体同士)が近寄る箇所(図2の桃色)も存在することを突き止めました。近寄る箇所では、近い位置にある二個の価電子が互いに出す磁場により、二個の棒磁石をくっ付けたようにキャンセルされ、磁性は失われます。一般的に磁性を失った電子のペアは、互いの拘束力が強いため、電気伝導性に貢献できません。ところが、今回研究した物質(C2H5)(CH3)3As[Pd(C3S5)2]2では、二量体二個分(=錯体分子は四個)という広い空間に価電子二個が弱く拘束されます。この価電子のペアは、2008年にプレスリリースした研究で用いたBEDT-TTFという有機分子からなる超伝導体における価電子のペアに類似していました*5。一方、2017年にプレスリリースした(C2H5)(CH3)3Sb[Pd(C3S5)2]2の研究では、一個の二量体という狭い空間に価電子二個が強く拘束されるペアが部分的に生じました*6。両者の物質の比較から、超伝導になり易い物質と、超伝導になり難い物質の違いは、価電子のペアが拘束される領域と強さの違いによることが示唆されます。このような価電子のペアについては、P. W. Andersonの研究以来、理論物理の研究者が様々な予想を行ってきました。本実験では、ペアの拘束力には幅があることが明らかになり、拘束力の違いによって物質の個性(電気伝導性や磁性の違い)が現れることが判明しました。


図2 (C2H5)(CH3)3As[Pd(C3S5)2]2の二次元の三角形構造における価電子の配置される様子。一個一個の円は二個の錯体分子[Pd(C3S5)2]2から成る二量体。桃色の二量体からなる楕円は、二個が近寄ることでできた四量体。緑の二量体は四量体を形成しない二量体。緑の二量体は磁性に寄与するが、桃色の四量体は磁性に寄与しない。緑の二量体の二個の分子には、一個の価電子が等確率で存在する。四量体の四個の分子では、二個の価電子は異なる確率で存在する。

今度は、価電子二個のペアが形成される様子を、温度を変えながら追跡しました。室温付近では電子は比較的自由に運動できます。230Kでは、陽イオン[(C2H5)(CH3)3As]+の回転運動が止まるのに連動して、弱く拘束された価電子のペアが検知できるようになりました。更に温度を下げると、ペアの数が増加し、より低温の23Kでは約半数の価電子がペアになって飽和しました。これと同時に、ペアになれなかった残り半数の価電子によって、反強磁性が形成されることが判明しました。

本研究では、価電子が何らかの運動ができるのか、できないのかという境界領域に相当する物質を対象にしています。そのような境界領域では、電子の量子的性質を研究するのに適しています。本研究では、SPring-8(BL43IR)の赤外ビームを用いて、価電子が分子に存在する確率を調べることができました。四量体においては、二個の価電子は四個の分子の間を移動できますが、各分子に見出せる価電子の確率は異なることが分かりました。一方、反強磁性を形成する二量体のほうでは、価電子は二個の分子に等確率で見出されました。つまり、性質の異なる電子が同じ三角形構造に共存することで、量子的な状態が実現していると考えられます。

現時点では、四量体と二量体がよく混ざるのか、それとも、四量体が続く領域と二量体が続く領域がモザイク状に存在するのか、未解明です。空間分解能に優れたSPring-8の赤外光などを用いて、研究を継続する予定です。

≪成果の意義と波及効果≫

この結果は、これまで反強磁性と考えられてきた物質であっても、半数程度の価電子が必ずしも反強磁性に寄与する必要は無いことを意味しています。従って、超伝導だけでなく、磁場で電気伝導性をコントロールできる反強磁性体のように磁性と伝導性が絡む物質*7や、電子の出す磁場のみが変動して伝わる物質*8でも、磁性に貢献しない価電子による隠れた特性を探索できる余地があることが分かりました。特に、三角形構造をもつ様々な超伝導体において、磁性に貢献しない価電子の隠れた役割を明らかにすることで、磁性に縁のない超伝導体と、磁性と関係があるとされる超伝導体のミッシングリンクに迫る研究が促進されることでしょう。
磁性物質の量子性に関する挙動を、磁場を用いない方法で検知できました。赤外光や可視光などを用いた分光学的研究手法は磁気的手法による研究を補完する役割があることが分かりました。本研究により、様々な磁性物質において、電子による意外な形態を発見するための道筋を示すことができました。

【備考】

本研究は、文部科学省 科学研究費補助金(課題番号:No. 15K05478, 19K05405, 16H06346, and 23K04691)、SPring-8ユーザー課題(課題番号: 2012B1263)、自然科学研究機構 分子科学研究所 ナノテクノロジープラットフォームプログラム、愛媛大学超高圧材料科学研究ユニット、愛媛大学有機超伝導体研究ユニットの一環として実施したものです。


【用語解説】

*1.
この錯体分子からなる結晶は、柔らかいという有機物の特性と、様々な価数を取るという遷移金属化合物の特性を兼ねている。

*2.
半導体、より電気を流しやすい金属、さらに電気抵抗のない超伝導になるなど伝導性が様々に発現するとともに、磁性をもつ伝導体やスピン液体などと呼ばれる不思議な状態ができる。

*3.
磁性が定まらない性質(スピン液体)だからといって、超伝導になりにくいとは限らない。超伝導になり易いスピン液体の物質も存在する。

*4.
本文で述べたように、反強磁性は電子の出す磁場の向きが規則性を持って並ぶ状態であり、特定の方向には磁石の性質を示すが、別の方向では磁石の性質を示さない。磁石にならないという意味ではないことに注意。「反」という字は日本語に翻訳する際につけられた。反強磁性の半導体には、磁場をかけることで電気伝導性が大きく変化する物質が存在する。このような物質は、ノーベル賞とも関係しており、記録媒体としても利用されている。

*5.
プレスリリース「電荷の不均一状態がキッカケとなる超伝導現象を有機材料で発見」理研 2008年4月23日

*6.
プレスリリース「分子結晶におけるスピン液体の起源を解明」愛媛大・理研・JASRI (SPring-8) 2017年10月

*7.
巨大磁気抵抗効果を示す物質などが該当する。

*8.
スピントロニクス材料、とよばれる。



本件に関するお問い合わせ先
(研究に関すること)
愛媛大学 大学院理工学研究科理工学専攻(愛媛大学理学部理学科化学コース)
愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター
准教授 山本 貴

大阪大学 大学院理学研究科化学専攻
教授 中澤 康浩

(報道に関すること)
愛媛大学 総務部広報課
E-mail: kohostu.ehime-u.ac.jp
TEL:089-927-9022

大阪大学 理学研究科庶務係
E-mail: ri-syomuoffice.osaka-u.ac.jp
TEL:06-6850-5280

高輝度光科学研究センター 利用推進部普及情報課
E-mail:kouhouspring8.or.jp
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
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