次世代燃料電池向け電解質材料の新設計コンセプト ~100℃以上の高温・低湿度で良好な伝導率実現、PFAS規制に対応~(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年12月11日
- BL40B2(SAXS BM)
2024年12月11日
名古屋大学
高輝度光科学研究センター
・100℃以上の高温・低湿度環境で良好な伝導率注1)を示す電解質注2)の新設計コンセプト
・120℃、20%RH注3)で従来材料の4倍の伝導率を実現
・PFAS規制注4)に対応した、炭化水素注5)スペーサー注6)を持つホスホン酸ポリマー注7)
・さらなる材料改良により、脱炭素に資する次世代燃料電池注8)の開発に大きく寄与
名古屋大学大学院工学研究科の野呂 篤史 講師(未来社会創造機構 マテリアルイノベーション研究所および脱炭素社会創造センター兼務)らの研究グループは、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が実施する「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」において、次世代燃料電池における100℃以上の高温・低湿度環境でも良好な伝導率を示す電解質材料の新しい設計コンセプトを発表しました。
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燃料電池(図1)は、水素と酸素の電気化学反応で電気を生成し、反応生成物が水のみのため、クリーンな発電システムです。高分子電解質膜を組み込んだ固体高分子形燃料電池は、すでに燃料電池車(FCV注10))や家庭用コージェネレーションシステム(エネファーム)で実用化され、最近では重機やトラックなどの大型車(HDV注11))への導入も進められています(図2)。
図1.燃料電池の模式図.
図2.燃料電池を搭載した大型車(HDV)の模式図.
電解質膜としては、パーフルオロスルホン酸ポリマー注12)からなる膜(図3a)が広く知られ、70~90°Cの高湿度環境で高い伝導率を示し、水にも溶解しない特性を持ちます。しかし、パーフルオロスルホン酸ポリマーはパーフルオロアルキル化合物(PFAS)でもあり、分解されにくく、環境に長期間残留して生物蓄積することでさまざまな健康問題を引き起こす恐れがあるため、米国や欧州、日本などでの規制が進められています。
図3.(a) パーフルオロスルホン酸ポリマー,(b) スルホン化ポリスチレン,(c) リン酸をドープしたポリベンズイミダゾール,(d) ポリスチレンホスホン酸の分子鎖の模式図.紫色の紐はフッ素系,黒色の紐は炭化水素系であることを表し,SO3Hはスルホン酸基,H3PO4はリン酸, PO3H2はホスホン酸基を表す.
そこでフッ素を含まない炭化水素ベースのポリマー膜の開発が進められており、たとえばスルホン酸基注13)を有するスルホン化ポリスチレン注14)など(図3b)を挙げることができます。しかし、こうしたポリマーも100°C以上かつ低湿度下では水分がほとんど存在しないため、スルホン酸基及びポリマーが分解しやすく、伝導率も非常に低くなります。
100°C以上の高温、低湿度下でも分解しにくく、良好な伝導率を示す電解質膜として、リン酸注15)をドープしたポリベンズイミダゾール注16)膜((図3c))が挙げられ、無加湿下、190°Cで良好な伝導率が確認されています。しかしポリマーとリン酸とが化学結合注17)されていないため、燃料電池反応で生じる水との接触によりリン酸は溶出してしまいます。
こうした溶出を防止するには、リン酸のような電解質をポリマーに直接化学結合させる必要があります。100℃以上の高温、低湿度下でも高い化学的安定性を示すポリマーとして、ホスホン酸基を持つポリスチレンホスホン酸注18)(図3d)などが候補として挙げられますが、スルホン酸基を持つポリマーと同様に低湿度下ではプロトン注19)の移動が制約され、伝導率が低くなります。また、ホスホン酸基の高い親水性のために、水が十分に存在する高湿度環境ではポリマーが完全に溶解してしまうため、膜としての使用には課題がありました。
水に対する不溶性に加え、100°C以上の高温・低湿度環境でも優れた化学安定性及び良好な伝導率を実現するため、ホスホン酸基間でのプロトン移動を容易とする設計を採用しました。具体的には、ポリマー主鎖注20)とホスホン酸基の間に疎水性注21)スペーサーを設け、高温・強酸性の条件下で分解することがないように、エーテル結合注22)やエステル結合注23)を排除した設計としました(図4)。
図4.今回新たに設計したポリマー分子鎖の模式図.
このようなポリマーからなる開発膜は、疎水性スペーサーを有さないホスホン酸ポリマーの膜(A膜)や市販の架橋スルホン化ポリスチレン膜(B膜)と比較して、温水に浸漬した際の不溶性が高く、120 °C、20%RH条件下での伝導率は1.1 mS/cmを示し、A膜の0.027 mS/cmや、B膜の0.26 mS/cmより、それぞれ40倍、4倍高い値を示しました。疎水性スペーサーを組み込む本設計コンセプトにより、100°C超の温度、低湿度環境でもホスホン基の移動の自由度を大きくし、ホスホン酸基間でのプロトン移動がスムーズに生じて良好な伝導性を示したと考えられます(図5)。なお、開発膜の測定・評価解析には、大型放射光施設SPring-8注24)のBL40B2ビームラインを利用しています。
図5.(a) 従来ポリマーをベースとした電解質膜中でのプロトン伝導メカニズム,(b)今回新たに設計したポリマーをベースとした電解質膜中でのプロトン伝導メカニズム.
NEDO燃料電池・水素技術開発ロードマップ注25)において、2035年頃の燃料電池の運転条件は、現在よりもはるかに厳しい条件(120℃の高温及び30%RHの低湿度)が定められています。今回発表した、電解質膜の新たな設計コンセプトは、脱炭素に資する次世代燃料電池の開発に大きく寄与するものであり、本研究発表と関連した材料について、名古屋大学は日本国、並びに海外の4つの国及び地域への特許出願を行っており、引き続き研究を進めていきます。
本研究は、2020年度より始まったNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が実施する「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」の支援のもとで行われたものです。また文部科学省 科研費も受けて研究を実施しました。
【用語説明】
注1) 伝導率:
イオンの移動のしやすさ、輸送のされやすさ。イオンの伝導のしやすさ。数値が大きいほど高いイオン伝導性を示す。
注2) 電解質:
溶媒(特に水)に溶解した際に、陽イオンと陰イオンに電離する物質のこと。ひも状分子であるポリマー(高分子)が電解質である場合、高分子電解質と呼ばれる。
注3) RH(Relative Humidity):
相対湿度を表す単位。ある温度での飽和状態の水蒸気量に対する水蒸気量の割合。
注4) PFAS規制:
PFASとは、炭素とフッ素からなる有機フッ素化合物のうち、パーフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物をまとめて記したもの。PFAS規制とは、PFASの製造や輸入、製品への使用禁止に関する規制のこと。
注5) 炭化水素:
炭素原子と水素原子から成り立っている化合物の総称。炭素原子、水素原子以外の原子を含んでいてもよい。
注6) スペーサー:
ある官能基(特定の化学構造を持つ基、原子団。)と別の官能基の間に挟みこまれる化学的な活性を有さない官能基。直鎖の炭化水素官能基であるアルキレン基(化学構造としては-(CH2)n-)など。アルキレン基は疎水性スペーサーとして用いられる。
注7) ホスホン酸ポリマー:
中程度の酸性を示す官能基であるホスホン酸基(-PO3H2)を有したポリマー(分子量の大きなひも状の分子)。
注8) 燃料電池:
水素と酸素を電気化学的に反応させて電気を発生させる装置。反応時に水を生成する。二酸化炭素は生成しない。燃料電池自動車や家庭用燃料電池コジェネレーションシステム(エネファーム)等に用いられている。固体高分子形燃料電池(PEFC)や固体酸化物形燃料電池(SOFC)など、いくつかの種類がある。燃料電池は英語ではfuel cellと記すため、略してFCと呼ばれる。
注9) mS/cm:
伝導率の単位。ミリジーメンスパーセンチメートル。
注10) FCV:
燃料電池自動車のこと。英語ではfuel cell vehicleと記すため、FCVと略される。
注11) HDV:
重機やトラックなどの大型車のこと。英語ではheavy duty vehicleと記すため、HDVと略される。
注12) パーフルオロスルホン酸ポリマー:
ポリマー鎖上の炭素原子に直接結合している水素原子をすべてフッ素原子に置き換えたポリマーで、かつスルホン酸基を有しているポリマー。代表的なものにDuPont社により開発されたナフィオンが挙げられる。
注13) スルホン酸基:
強酸性を示す官能基。化学構造は-SO3H。燃料電池に用いられる高分子電解質膜を構成するポリマーは、一般的にスルホン酸基を有している。
注14) スルホン化ポリスチレン:
プラスチックのお箸やDVDケース、発砲スチロール等に使用されるポリスチレンに対し、スルホン酸基を化学的に組み込んだポリマー。一般には架橋されたポリスチレンに対し、厳しい条件を用いて化学反応によりスルホン酸基を組み込んでいる。
注15) リン酸:
無機酸の一種。化学構造式はH3PO4。中程度の酸性を示す。水と混ざりやすく、通常、水と混ざった状態で存在し、常温では液体。
注16) ポリベンズイミダゾール:
剛直な化学構造骨格を有し、高耐熱性のポリマー。スーパーエンジニアリングプラスチックの一種。
注17) 化学結合:
原子と原子をつなぐ結合で、通常は共有結合(原子同士がお互いの不対電子を共有して形成される結合)のことを指す。
注18) ポリスチレンホスホン酸:
ポリスチレンに対し、ホスホン酸基を化学的に組み込んだポリマー。一般的には、ポリスチレン骨格に直接ホスホン酸基が共有結合したもののことを指し、疎水性スペーサーを有さないものを指す。
注19) プロトン:
プラスの電荷を帯びた水素原子。水素陽イオン。高分子電解質膜中ではプロトン移動(輸送)が生じる。
注20) 主鎖:
ひも状分子であるポリマーの幹となる骨格のこと。一方、主鎖から枝分れした骨格のことを側鎖と呼ぶ。
注21) 疎水性:
水との親和性が低いこと。水に溶けにくく、水と混じりにくい性質。油が示す性質。
注22) エーテル結合:
1個の酸素原子に2個の炭化水素基が結びついている時、酸素原子と炭素原子の間に見られる共有結合(C-O-C)。強酸と反応し、エーテル結合は開裂しうる。
注23) エステル結合:
アルコール(-OH)とカルボン酸(-C(=O)-OH)が脱水縮合してできた結合(-C(=O)-O-)。水と触れることで結合が切断されて加水分解し、アルコールとカルボン酸を生じる。
注24) 大型放射光施設SPring-8:
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注25) NEDO燃料電池・水素技術開発ロードマップ:
NEDOが策定している燃料電池・水素技術開発に関する大まかな時系列での目標・計画、ロードマップ。2005年に第一版が作成されており、これまでに複数回の改訂がなされている。
URL:https://www.nedo.go.jp/library/battery_hydrogen.html
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