ガラスは温度の上下を繰り返すと若返る? ―金属原子の並び方と振動の変化―(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年12月17日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
- BL35XU(非弾性・核共鳴散乱)
2024年12月17日
島根大学
熊本大学
東北大学
九州シンクロトロン光研究センター
高輝度光科学研究センター
●金属ガラスに液体窒素温度と室温の間を繰り返して上下させる「極低温若返り効果」を起こすことで原子配列が変化することが、放射光X線を用いた実験で詳しく明らかになりました。
●ガラス中の構造の不均質性も、元素によって大きく変化することがわかりました。
●X線非弾性散乱実験よりミクロな弾性的性質の不均質さも変化することが見出されました。
●この研究は、国内、国際を問わず、幅広い研究者の協力によって達成されたものです。
島根大学材料エネルギー学部の細川伸也研究員、尾原幸治教授および先端マテリアル研究開発協創機構のイェンス・シュテルホルン講師は、熊本大学、東北大学、九州シンクロトロン光研究センター、高輝度光科学研究センター、茨城大学、理化学研究所、およびハンガリー、フランスの研究者と協力して、金属ガラス(注1)を対象として、液体窒素温度(およそ摂氏マイナス196度)と室温の間を繰り返し上下させることによる若返り効果(注2)によって、構成する原子の並び方やその運動が大きく変化することを、大型放射光施設SPring-8(注3)(BL04B2、BL35XU)の放射光X線(注4)を用いて明らかにしました。 |
ガラスは一般的に静かに放置すると、例えば体積を減少させてエネルギー的に低い安定な状態へとゆるやかに変化します。これを緩和と言います。一方、外部からの刺激を与え続ければ、エネルギー的に高い状態へと戻ります。これを若返り効果と呼びます。若返りは、力を繰り返し加えてひずみを起こすことで生じることがよく知られています。最近、温度の上下を繰り返すことで若返り効果があることが知られるようになりました。この現象は通常、液体窒素の低温と室温を繰り返すことによって実験的に検討されますので、「極低温若返り」効果と呼ばれます。この現象はガラスが不均質であれば、部分によって熱膨張の大きさが異なり、その結果生ずるひずみによってガラスのエネルギー状態が不安定になると考えられていますが、そのような簡単な論理で若返り効果が説明できるかどうかは、まだ解決していません。また、極低温若返り効果によってミクロな原子配列や振動状態の変化があるかどうかも重要な議論の対象となっています。
■研究の成果
今回の研究では原子配列や弾性的性質に不均質性が大きいと考えられているGd65Co35金属ガラスを対象としました。東北大学金属材料研究所が所有する装置を用いて、銅製の水冷ロール上に高温の液体試料を吹き付けてリボン状の金属ガラスを作製しました。およそ摂氏マイナス196度の液体窒素中と室温のエチルアルコール中を1分おきに40回繰り返してつけることにより温度を上下させ、試料に極低温若返り効果を起こしました。放射光X線を用いた高エネルギーX線回折およびX線異常散乱法によって得られた実験結果を、逆モンテカルロ法(注8)を用いて解析し、各構成元素のまわりの個別な原子の並び方を求めました。また、X線非弾性散乱法を用いて、金属ガラス中に縦波音波を生じさせるエネルギーとそのピーク信号の幅を求め、ガラスの弾性的な性質の不均質性が極低温若返り効果によってどのように変化するのかを検討しました。
図1は上から下に、高エネルギーX線回折で求めた全構造因子S(Q)、X線異常散乱によって求めたGdおよびCoの差構造因子ΔkS(Q)を○印で示しています。温度変化の繰り返しの前後をそれぞれ青、赤で区別しています。図を見やすくするために0.5のかさ上げを赤のデータに施しました。実線はそれぞれのデータに逆モンテカルロ法によるフィットを行った結果を示していますが、いずれの結果もよく一致しています。
図1:温度変化の繰り返しの前(青)と後(赤)の(○)高エネルギーX線回折で求めたS(Q)、X線異常散乱で求めたGdおよびCoのΔkS(Q)、および(実線)逆モンテカルロ・フィットの結果
図2は、逆モンテカルロ計算から得られた、部分二体分布関数gij(r)を示します。青および赤は温度サイクル処置の前後をそれぞれ示しています。Gd原子半径はCoのそれと比較して非常に大きいため、図からよくわかるようにGd-Gdの部分原子間距離はおよそ0.36 ナノメートル(nm、10-9 m)で、Co-Coのおよそ0.28 nmと比較すると非常に大きくなっています。Gd-Coはそれらの平均ではなく、Co-Coとほぼ同じ0.28 nmとなっていますので、Gd-Co間は単純な剛体球ではなく、何らかの引力が働いていると考えられます。
図2:逆モンテカルロ計算から得られた、温度サイクル前(青)と後(赤)のgij(r)
さて、温度サイクル前後で見られる大きな違いは、Co-Coの第一近接の分布が遠距離側に大きくシフトしています。またGd-Gdのピークと同じ長さに小さなピークが成長しています。ピークの成長はGd-Coのgij(r)にも見ることができます。したがって、温度サイクルによって、Co原子が遠距離側に大きく変化していると結論づけることができます。また、Gd-GdおよびGd-Coのピークの高さはわずかに減少しています。
図3は、温度サイクル(a)前と(b)後のGdを中心とした原子配列の模式図を示します。温度サイクルによりCo原子が0.28 nm付近から0.36 nm付近に移動した結果、破線で示したようにやや長い距離のCo-Co結合が生じたと考えられます。その結果新しくて長いGd-Co結合も生じています。
図3:温度サイクル(a)前と(b)後のGdを中心とした原子配列の模式図
図4に、X線非弾性散乱測定で得られた温度サイクル(a)前と(b)後の動的構造因子S(Q,ω)を対数表示で示します。○印が実験結果、実線は緩慢調和振動子(DHO)モデルを用いたフィットの結果です。実験結果はモデルとよく一致しています。中心のピークは準弾性散乱を示していて、原子の拡散の情報が入っていますが、この試料はガラスですのでほぼ装置の分解能関数と一致しています。右および左のピークは縦波音響音波による励起信号で、それぞれストークスおよび反ストークス・ピークと呼ばれているものです。ピーク位置は波数Qによって移動しており、これを分散関係と呼びます。モデルにより、それぞれの励起エネルギーωQとその幅ΓQを求めることができます。
図4:X線非弾性散乱測定で得られた温度サイクル(a)前と(b)後のS(Q,ω)
図5に、温度サイクル前(青)と後(赤)のDHOモデルによって得られた(a)ωQと(b)ΓQのQ変化を示します。(a)で明らかなように、ωQの平均値は若返りによって変化しない、つまりガラスの弾性の大きさの平均は変わらないことがわかりました。しかしながら、(b)ΓQの結果では、Qが6 nm-1を超えると、温度サイクルによっておよそ20%も大きくなることがわかります。これは、弾性の大きさに幅が生じる、すなわち温度サイクルによってガラス中の弾性の不均質性が大きくなることを示しています。差が6 nm-1を超えると現れるのも意味があり、弾性の不均質さが大きくなるのは、2π/6 ~ 1 nm以内、すなわち数原子間距離の範囲で起こっていることを示しています。
図5:温度サイクル前(青)と後(赤)のDHOモデルによって得られた(a)ωQと(b)ωQのQ変化
本研究の成果により、温度の上下を数10回繰り返すだけで、不均質性が大きいとされる金属ガラスの原子配列や弾性的な性質の不均質性が大きく変化することがわかりました。このことは、ガラスはそのミクロな構造、弾性不均質性がその熱履歴によって大きく変化する若返り現象を起こすものであるという、結晶物質では全くあり得ないことを実験的に明らかにすることができました。このことはランダム系の科学に新しい見地を提示することができたと考えています。
原子配列が変化すれば、それに応じて電子状態も変化するのではないかと考えることができます。私たちはすでに、放射光を用いた光電子分光、軟X線吸収、発光分光あるいは逆光電子分光実験を、極低温若返りを起こす前後のGd65Co35金属ガラスを対象として行っています。その結果、原子配列が大きく変わるCoの3d電子状態に大きな変化が起こることを見出しています。この結果は近日中に論文発表を行う予定です。
若返り現象はガラスにのみ見られるランダム系に密接な現象です。今回の研究成果がすぐに何かの応用に結びつくとはとても考えられません。しかし、ランダム系に関係する多くの研究者の、ガラスを見るミクロな視点を大きく変化させるダイナミックな内容を含んでいることが重要ではないかと思います。今後数多くある金属ガラスに同様な若返り現象が見出され、ガラスの科学に新たな指針が提案されることを期待します。
本研究は文部科学省科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「超秩序構造科学」および基盤研究(C)、科学技術振興機構CREST、および東北大学金属材料研究所GIMRT共同利用システムの支援を受けて実施されたものです。
【用語解説】
(注1)金属ガラス
ある種の合金の液体を急速に冷却すると、液体のランダムな原子配列がそのまま凍結されてガラス状態を作り、金属ガラスになります。当初は、水冷した銅の回転ドラムに液体金属を吹き付けるなど、薄いリボン状のものだけが作製可能で、その応用範囲はトランスの芯などに限られていました。しかしながら、1980年代のPd40Ni40P20の登場により、液体金属を水で急冷する程度で数多くのバルク状の金属ガラスを作製できることがわかり、硬くて磨耗しない小さな金属部品を金属加工ではなく鋳造で作製できるなど応用が広がりました。ガラス形成能の良い金属ガラスを用いることにより、ゆっくりと金属部品が作製できるようになり、より複雑な形状のものを作ることができるようになります。
(注2)若返り効果
前述したように、ガラスは液体を急冷凍結してそのランダムな原子配列が固体となっても凍結されることによって作られます。図6は、ガラス形成の温度(Temperature)と体積(Volume)の関係の模式図を示しました。図の右上の高温の液体(Liquid)を急冷しますと、破線のようにゆっくりと冷却したときの融点(Tm)より低い温度になっても過冷却液体(Supercooled liquid)となって連続的に体積を減少させていきます。温度がガラス転移点(Tg)を下回ると傾きはやや小さくなってガラス(Glass)として凍結されます。ガラスはしばらくの間、焼鈍(Anneal)しておきますと、より体積の小さな状態へと変化します。これが一般的なガラスの「焼きなまし」と呼ばれる変化で、ガラスの持つエネルギーもより低くなります。
図6:ガラス形成の温度(Temperature)と体積(Volume)の関係の模式図
この安定したガラスに外部から刺激を与えて、反対にエネルギーの高い状態に戻すのが「若返り(Rejuvenation)」です。これまでの若返りの研究は、ガラスを押しつぶすあるいはひねるなど、力を加えてエネルギー状態を高くする方法で起こす多くの研究があります。
この研究では、その効果が最近見出された温度サイクルによる若返り効果、「極低温若返り」効果に着目しました。その大きな特徴は、ガラスには部分によってその原子配列や弾性的な性質が一様でない「不均質性」が、その若返り効果を生み出す原点となっていることです。すなわち、温度を上下させることにより、ガラスの膨張、収縮の大きさに部分的な違いが起こり、その結果ガラス内にひずみが生じてエネルギーが高くなっていくというのがその若返りのメカニズムとなっています。もしガラスが均質であれば、温度を上下させても単純に膨張収縮を繰り返すだけで、ガラス内にひずみは生じません。このガラスの不均質性と若返りの関係を実験的に深く追求したのが本研究のテーマとなっていますので、それによりガラス分野の研究者の興味を強くひく内容になっています。
余談ですが、温度を上下させることで状態の変化を観測しているので、一般社会では「劣化」あるいは「老化」現象と言うのではないかと私どもも思わないわけではありませんが、ここでは研究の歴史を踏まえて「若返り」という言い方をあえて保持しています。
(注3)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
(注4)放射光X線
光速に近い速さで進む電子が、その進行方向を磁石による磁場などで変えられるときに、その接線方向に発生する電磁波を放射光と呼びます。放射光は、電子のエネルギーが高いほど明るく指向性が良くなり、電子が進む方向の変化が大きいほどX線などのより高いエネルギーで波長の短い電磁波を含みます。放射光には、次に示すような特徴があります。
1. 極めて明るい。
2. 細く絞られ拡がりにくい。
3. X線から赤外線までの広い波長領域を含む。
4. 偏光している。
5. 短いパルス光の繰り返しである。
これらの特徴を活かしたさまざまな実験研究に用いることができます。
(注5)高エネルギーX線回折
SPring-8などの大型放射光源から発生する放射光には、100 keVにおよぶエネルギーのX線が含まれますので、これを新しい研究に用いることが可能となりました。その利点として、
1. 非常に広い波数(Q)範囲にわたるX線回折実験が可能となるため、そのフーリエ変換によって得られる原子配置の情報の誤差が非常に小さくなります。
2. 試料によるX線の吸収が非常に小さくなるため、例えば、この研究のようにX線吸収の大きな重金属を含んでいても1/10 mm程度の厚い試料を用いることができます。
3. この研究とは無関係ですが、液体など容器が必要とする試料であっても、その吸収の補正や回折の除去などの補正が非常に簡単になります。
(注6)X線異常散乱
通常のX線回折では、用いるX線のエネルギーを変えても全く新しい情報は得られません。ところが構成元素に関係するX線の吸収端、すなわち最も強い引力で原子核と結びついている1s電子を外部に叩き出すエネルギーの近くに用いるX線のエネルギーを定めると、その元素からのX線の散乱が数%弱くなる異常(異常分散効果)があることが知られています。その結果、目標の元素にのみ限定された散乱情報のコントラストを得ることができます。これを利用した実験法をX線異常散乱と呼びます。
(注7)X線非弾性散乱
図7にX線非弾性散乱の原理を示します。波数ki、エネルギーEiで入射した光が2Θ方向に散乱すると、方向とエネルギーが変化して波数kf、エネルギーEfとなります。ここで波数の変化Q = kf – kiの大きさはQ = 4πsinΘ/λで、ここでλはX線の波長を示します。またエネルギーの変化はℏω = Ef – Eiで、ここではℏはプランク定数を2πで割ったデラック定数、ωは振動数を示します。
図7:非弾性散乱の原理
X線あるいは中性子が試料によって散乱すると、最も簡単な場合(格子振動が1種類のとき)には図8のような信号が得られます。エネルギーが変化しない中央のピークは、エネルギーが変化しない弾性散乱を示し、原子の瞬間的な配置および拡散についての情報を与えます。一方、物質はX線あるいは中性子よりある一定のエネルギーを得て格子振動を起こす(エネルギー変化が+側)、あるいは物質の格子振動が止まってそのエネルギーをX線あるいは中性子に与える(-側)ことが起こります。これが格子振動による非弾性散乱です。したがって、中央からの左右のピーク信号のエネルギー変化が格子振動のエネルギーとなります。また、そのエネルギーの広がりは、格子振動の寿命を与えることがわかっています。
図8:IXSデータの模式図
IXS実験が技術的に難しいのは、前述のように、入射する20キロ電子ボルトのエネルギーのX線を、数ミリ電子ボルトまでのエネルギーの選り分けを行って、中心の弾性散乱のピークのすそが格子振動の信号を決して覆い隠してしまわないようにエネルギー幅を小さくすることが重要です。これを行うためには、不断の努力により精巧に設計された装置と強力な放射光源が必要となります。現在、このような実験ができる施設は世界に5カ所しかありません。その中でも、(Ⅹ線強度、エネルギー分解能において)世界最高の施設が日本のSPring-8にあります。
(注8)逆モンテカルロ法
通常は回折実験の実験データにフーリエ変換と呼ばれる数学的な解析を行って原子配列を求めますが、この手法では逆に原子配列をあるモデルとして立ててから実験データを再現しようとする「逆問題」の立場で解析を行います。原子の位置を少しずつ変化させ、実験データにより合うときは採用、合わないときも一定の割合で採用するという、メトロポリスのアルゴリズムを使って、モデル原子配列が全ての実験データをより再現するまで繰り返しを行います。
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