結晶・非晶質によらず選んだ元素まわりの構造可視化に成功 ~蛍光X線ホログラフィー・X線異常散乱複合計測装置を開発~(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年12月26日
- BL47XU(マイクロCT)
2024年12月26日
高輝度光科学研究センター
名古屋工業大学
高輝度光科学研究センター 田尻寛男主幹研究員、小原真司客員研究員(物質・材料研究機構グループリーダー)、名古屋工業大学 林好一教授(高輝度光科学研究センター客員研究員)らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8※1のBL47XUを用いて、以下に成功しました: 【論文情報】 |
【研究の背景】
近年のナノテクノロジーの進歩によって原子レベルでの材料作製が可能となり、多くの機能性材料が生み出されてきました。それに伴って、機能性材料をより高度化・高性能化するために、“材料のどの部分が得られた機能に関わっているかを原子レベルで可視化したい”、という要望がますます増えています。それを実現する放射光実験手法はいくつか知られています。例えば、結晶内に形成される局所構造(例えば半導体で代表的な添加不純物まわりの局所構造)を可視化するには蛍光X線ホログラフィーが、ガラスに代表される非晶質の特定元素まわりの局所構造を解析するにはX線異常散乱が活用されています。一方で、この二つの測定手法で解析を行うには別々の実験装置・ビームラインで実験を実施する必要があり効率的とはいえませんでした。なにより、材料開発の視点からは、両手法で観察できる対象物質を大きく拡大させることが求められていました。
【研究内容と成果】
研究グループは、結晶内に形成される局所構造と非晶質(ガラス)内の規則構造という一見相反する物質相のどちらの局所構造も解析できる蛍光X線ホログラフィー・X線異常散乱複合計測装置を開発しました(図1)。実験はオープンハッチスペースで装置全体のシステムを容易に搬入出できるBL47XUで行われました。
蛍光X線ホログラフィー実験においては、これまで計測の難しかったゼオライト(スコレサイト)についてカルシウム周りの局所構造の可視化に成功しました(図2)。ゼオライトは一般に明瞭なホログラムが形成されず蛍光X線ホログラフィーでの像再生に難がある材料の一つでした。本装置ではゼオライト結晶からのBragg反射※5をX線異常散乱で利用する検出器軸を活用して測定することで、容易にかつ精密にゼオライトの結晶方位を決定することが可能となり、より精度の高いホログラム取得を可能としました。これは、2つの計測手法を1つの装置にまとめたことによる相乗効果といえます。さらに、装置全体の剛性や回転軸の精度を向上させたことで、集光素子との組み合わせにより、これまで不可能であった大きさ10μmほどの微小試料に対しても蛍光X線ホログラフィーによる構造計測の道がひらけました。
X線異常散乱実験では、高輝度アンジュレーター光に加え、フッ化リチウムを分光結晶とするエネルギー分解計測システムを3連装化することによって、非晶質中の規則構造を元素選択的かつハイスループット(高精度、かつ3倍以上高速)に抽出できるようになりました(図3)。X線異常散乱法は、注目する元素のX線吸収端近傍の2つのエネルギーのX線を用いてそれぞれのX線散乱パターンを測定し、その差分をとることで注目元素に関連する情報のみを抽出します。本装置は、分光結晶による散乱X線のエネルギー分解計測を採用しているため、これまで問題となっていたコンプトン散乱や共鳴ラマン散乱など余計な成分を取り除いた、弾性散乱のみを取り出した高精度計測が可能です。本研究では、SPring-8 の世界最高性能の放射光を利用することで、銀(Ag)元素を対象としたX線異常散乱実験を実施しました。もちろん、X線異常散乱においても集光素子と組み合わせた微小領域計測が可能となっています。
【今後の展開】
蛍光X線ホログラフィーとX線異常散乱のいずれの手法も放射光の波長選択性を効果的に活用することで元素選択的な構造解析を可能としている点が共通の特色といえます。研究グループはこの点に着目し、結晶や非晶質(ガラス)という物質相にとらわれない装置開発を行いました。その結果、従来の実験装置では実現できなかった計測が可能となるなど局所構造計測に大きな飛躍をもたらし、両手法で解析できる対象物質が大きく拡がりました。今後、多くの結晶と非晶質(ガラス)の機能性材料の解析・研究開発に活用されることが期待されます。さらには、機能性材料における局所構造と機能の関係を物質相にとらわれずに統一的に理解する道を探るプローブとしての役割が見込まれます。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業・学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」 (20H05878, 20H05880, 20H05881)の一環として行われました。
図1: 蛍光X線ホログラフィー・X線異常散乱複合計測装置と局所構造の可視化
図2: ゼオライト(スコレサイト)の結晶構造(左)と蛍光X線ホログラフィーで再生された原子像(右)
図3: X線異常散乱による元素選択的な短・中距離構造解析
【用語解説】
※1: 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※2: 結晶と非晶質(ガラス)
ガラスは原材料物質を高温で加熱して生成した融液を急速に冷却し、結晶化せずに固化することで得られます。原子が規則的に並んだ「結晶」に対し、周期的な繰り返し構造(長距離構造)をもたない固体は「非晶質」と呼ばれ、その一部がガラスに分類されます。
※3: 蛍光X線ホログラフィー
ホログラフィーは物体を三次元的に可視化する光学技法であり、紙幣やクレジットカードの偽造防止など身の回りで活用されています。物体に散乱された光(物体波)と散乱されずに通過した光(参照波)との干渉パターンを記録したものはホログラムと呼ばれ、得られたホログラムに光を照射すると、元の物体があたかもそこにあるかのような三次元像を再生することができます。蛍光X線ホログラフィーは、この技術を原子レベルのスケールに応用したものです。
※4: X線異常散乱
照射X線が、試料中に含まれる元素固有のエネルギー(X線吸収端)に近いとき、試料のX線散乱能力はその元素に対して選択的に大きく変化します(異常分散効果と呼ばれる)。X線異常散乱は、この異常散乱効果を活用し、選んだ元素まわりの構造情報を選択的に抽出できる実験手法です。
※5: Bragg反射
結晶などの原子が規則正しく配列した物質にX線が入射したとき、原子によって散乱されたX線がお互いに干渉して特定の方向で強め合ったり弱め合ったりする回折現象が知られています。これはX線の波としての性質によるものです。このうち、強め合って起こす反射のことをBragg反射と呼びます。
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