セシウムはどのように土に吸着するのか? ―高精度なシミュレーションと実験が解き明かすナノスケールの世界―(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年02月06日
- BL01B1(XAFS I)
- BL39XU(X線吸収・発光分光)
2025年2月6日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人 東京大学 大学院理学系研究科
国立大学法人 東京大学 アイソトープ総合センター
● 原子力発電所の事故から放出された放射性セシウム(Cs)は土壌表層に固定されています。これは土壌表層に含まれる粘土鉱物にCsが強く吸着したことが原因と考えられています。しかし、粘土鉱物へのCsの吸着反応は複雑なため、未解明な点が多く残されています。
● 本研究では、高精度な実験とスーパーコンピュータによるシミュレーションを駆使することで、「Csが粘土鉱物にどのように吸着するのか?」を1ナノメートル(1メートルの10億分の1)のスケールで捉えることに成功しました。
● さらに、Csはその吸着状態において、イオン結合による比較的弱い結合状態であるにも関わらず、粘土鉱物に挟まれたナノスケールの構造の影響で、強く吸着することを明らかにしました。
● 今回の発見により、Csの地球環境での動態をより正確に予測できるようになります。さらに、Csや粘土鉱物が関わる放射性廃棄物の処理をより安全に進めるために役立つと期待されます。
本研究では、非放射性のセシウムを使用して実験を行っています。
本研究では、セシウム(Cs)がどのように粘土鉱物に吸着していくのか、吸着反応の様子をナノスケールで捉えることに成功しました。さらに、その吸着状態においてCsがイオン結合による比較的弱い結合状態であるにも関わらず、まわりの粘土鉱物の原子構造の影響で強く吸着することを明らかにしました。 |
粘土鉱物は主に風化などで生成されるため、地球表層に豊富に存在しています。そして粘土鉱物は多くの陽イオンを吸着することができるため、さまざまな陽イオンの環境中の挙動に大きな影響を与えています。例えば、原子力発電所の事故から放出された放射性セシウム(Cs)は土壌表層に固定されましたが、この原因は、Csが土壌表層に多く含まれる粘土鉱物に強く吸着したためと考えられています。また、粘土鉱物は、その高い吸着能力を活かし、さまざまな分野で利用されています。例えば、放射性廃棄物の地層処分においては、廃棄物を格納した容器の周囲を粘土鉱物で容器を囲うことによって、Csをはじめとするさまざまな放射性元素を吸着して閉じ込めることが検討されています。このように、さまざまな分野で重要な粘土鉱物の吸着反応ですが、粘土鉱物が複雑な構造を持つため、未解明な点がまだ多く残されています。
粘土鉱物はケイ素(Si)などの酸化物からなる四面体が連なる四面体シートと、マグネシウム(Mg)などの酸化物からなる八面体層が連なる八面体シートが組み合わさることで層構造を形成しています(図1)。本研究で着目した粘土鉱物は、八面体シートを二つの四面体シートが挟む形の層を形成し、層と層の間(層間)には主にカリウム(K)やナトリウム(Na)を吸着しています。そしてCsを含む溶液中にこの粘土鉱物を懸濁させると、層間のKやNaをCsが置換し、粘土鉱物にCsが吸着すると考えられています。しかし、その層間の様子は一様ではなく、主に水和したイオンを吸着した膨潤部分と、脱水したイオンを吸着した収縮部分、そして両者をつなぐほつれたエッジ(FES: Frayed Edge Site)があると考えられています。Csが吸着する際、低濃度であればFESに、高濃度であれば収縮した層間に吸着すると考えられてきましたが、中程度の濃度における構造や、吸着サイトがどのように移り変わるのか、などは明らかにされていませんでした。
図1. 粘土鉱物の構造と複数の吸着サイト
Cs濃度に依存した吸着サイトの変化は、吸着反応を理解する上で重要な課題でしたが、従来の実験では高濃度でCsが吸着した試料が用いられており、環境中で見られる低濃度から中濃度の領域でCsが吸着した粘土鉱物における吸着サイトの変化がわかっていませんでした。この課題を解決するために、本研究では比較的低濃度の試料でも高精度な実験が可能な広域X線吸収微細構造(EXAFS)を駆使して、さまざまな濃度における吸着サイトの変化を系統的に調べました。
さらに本研究では、粘土鉱物に吸着したCsがどのような結合をしているのかを明らかにしました。Csが粘土鉱物に強く吸着することは知られていたものの、それがイオン結合なのか共有結合なのか、そして吸着サイトによって変わるのかどうかは明らかになっていませんでした。結合性を明らかにすることができれば、Csが粘土鉱物に強く吸着する理由も明らかにできると考えました。
本研究ではまず、1.0×10-9 mol/Lから1.0×10-1 mol/Lまで、幅広い濃度範囲のCs溶液を作製し、それぞれに粘土鉱物を懸濁させることで、さまざまな濃度でCsを吸着した粘土鉱物試料を作製しました。この粘土鉱物試料について、X線回折(XRD)測定を行い、粘土鉱物の層間距離を観測しました。その結果、Cs濃度が低い場合の主要な層間距離は約1.4 nmで層間が膨潤していることを示す一方で、Cs濃度が高い場合の主要な層間距離は1.0 nmで層間が収縮する様子が見られました(図2)。このことは、これまで考えられてきた「高濃度では収縮した層間にCsが吸着する」という知見と整合します。そして、収縮した層間が形成される過程には、2つのシナリオが考えられます。1つめは、FESの少し広がった部分にCsが吸着して層間が収縮するシナリオ、2つめは、膨潤した層間の片側にCsが吸着して層間が収縮するシナリオです(図2)。
図2. 考えられる2つのシナリオ
どちらのシナリオが正しいかを明らかにするため、スーパーコンピュータを用いた第一原理計算によるシミュレーションおよびEXAFSによる微細構造観測を実施しました。シナリオ1とシナリオ2の大きな違いはCsが吸着する部位の層間距離の大きさです。シナリオ1では層間がわずかに広がっているのに対して、シナリオ2では層間が大きく広がっています。そこで第一原理計算では、層間距離をわずかに広げた場合と大きく広げた場合で、Csの吸着様態がどのように変化するかを調べました。その結果、層間距離がわずかに開いた状態ではCsが層間の中心に存在するのに対し、層間距離が大きく開くとCsが片側の層に寄って存在することがわかりました(図3)。そして層間がわずかに開いた状態ではCsと酸素原子の距離(Cs–O)が広がる一方で、層間が大きく開いた状態ではCs–Oが小さくなることがわかりました。
図3. 第一原理計算のモデルと計算結果
そして、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL01B1でのEXAFS測定によって、実際のCs–Oを調べたところ、Cs濃度が増加するにしたがってCs–Oが広がっていくことがわかりました(図4)。このことは、シナリオ2と反し、シナリオ1の方がより確からしいことを示しています。
図4. EXAFS測定から得られたCs–Oの距離
さらに本研究では、X線を用いてCsの結合性評価も行いました。ここでは、X線吸収端近傍構造(XANES)におけるピークシフトに着目しました。XANESとは電子の様子を反映したX線吸収スペクトルのことで、XANESのピークシフトは一般的に、対象元素の価数や結合性の変化を反映します。Csは1価のイオンにしかならないため、CsのXANESのピークシフトは、結合性の変化を反映すると考えました。
これまで、XANESを用いた価数評価は行われてきましたが、結合性評価はより微細な違いを検出する必要があるため定量的に利用されてきませんでした。本研究では、従来のXANESよりもシャープなスペクトルが得られる高分解能蛍光検出(HERFD)-XANES測定を行うことで、この問題を克服し、XANESによる結合性評価を可能にしました。複数のCs化合物の測定と第一原理計算から、XANESのピークシフトが高エネルギー側であればイオン結合性が高く、低エネルギー側であればイオン結合性が低いことがわかりました(図5、図6)。
さまざまな濃度でCsを吸着させた粘土鉱物中のCsのHERFD-XANES測定をSPring-8のビームラインBL39XUにて行ったところ、ピーク中心のエネルギーは高エネルギー側にシフトし、Csは吸着サイトに関わらず主にイオン結合で粘土鉱物に結合していることを示しました(図6)。さらに第一原理計算でも、粘土鉱物に吸着したCsの結合性を評価したところ、整合する結果が得られました。
図5. 従来のXANESとHERFD-XANESの違い
図6. HERFD-XANESスペクトルにおけるピーク中心のエネルギー
Csが粘土鉱物に強く吸着することは以前から知られており、その原因として、共有結合の影響などが議論されてきました。一方、これまでの我々のグループの研究では、この原因はCsのイオン半径と水への溶けにくさから説明できるということを示しました。しかし、Csの強い吸着機構を明確に示す実験は存在しませんでした。本研究で示した「Csがイオン結合で吸着する」という知見は、はじめてこの機構を解明し、我々のグループの解釈が正しいことを示しました。
【今後の展望】今回の発見は、Csがどのように粘土鉱物に吸着していくのか、吸着反応の様子をナノスケールで明らかにし、さらにその吸着機構を解明した成果です。この発見は、放射性物質の除染や放射性廃棄物の地層処分など、社会的に重要な課題の解決に貢献すると期待されます。
【各機関の役割】
<原子力機構 システム計算科学センター>
山口瑛子(研究員): 実験、解析、理論計算、考察
奥村雅彦(研究主幹):考察、指導監修
<高輝度光科学研究センター>
河村直己(主幹研究員): 実験、指導監修
<東京大学>
高橋嘉夫(教授): 指導監修
本研究は科研費 スタート支援「実験とシミュレーションによるラジウムの粘土鉱物への吸着構造の解明」(課題番号:19K23432)、基盤研究(B)「元素組換え雲母を利用した放射性セシウム土壌‐植物間移行制御機構の解明」(21H02090)、挑戦的研究(萌芽)「粘土鉱物により放射性核種は還元されるか? -放射性廃棄物地層処分と関連して-」(21K18917)、若手研究「XANESとシミュレーションによる風化黒雲母の吸着反応の原子スケールからの理解」(23K17034)の助成を受けたものです。
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