微小な有機半導体の複雑な分子構造を解明 -次世代電子デバイスと医薬品の開発を加速する革新的技術-(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年02月06日
- クライオ電子顕微鏡
2025年2月6日
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立研究開発法人産業技術総合研究所
国立大学法人東京大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
・従来の手法では解析が不可能だった微小結晶の構造解析を可能にする新しい技術を開発しました。
・開発した3次元電子回折技術を用いて有機半導体の隠れた構造を解明しました。
・本技術は次世代電子デバイス・新薬の開発を加速する技術基盤となります。
有機半導体は、次世代の電子デバイスの材料として有望視されています。 論文情報 |
研究の背景
有機半導体は、柔軟性、低エネルギーで合成や加工ができる環境への優しさといった利点をもち、次世代の電子デバイスの材料として有望視されています。これらの材料は、フレキシブル・ディスプレイや高効率太陽電池からウェアラブル・エレクトロニクスに至るデバイスを実現し、暮らしや社会をより良いものに変革する可能性を秘めています。
従来のX線結晶構造解析法は、有機半導体の分子構造を解明する強力な解析手法ですが、10マイクロメートル(µm、1µmは1,000分の1ミリメートル)以上の大きさの整然とした結晶を必要とします。残念ながら、多くの有機半導体はこれより小さい結晶や薄膜しか形成しないため、既存の手法では解析が困難でした。さらに、有機半導体の中には、多形(同じ分子が異なる結晶系を示す結晶多形、および結晶内で異なる形状をとるコンフォメーション多形)と呼ばれる複雑な挙動を示すものが知られていましたが、解析例が極めて少なく、その詳細は不明のままでした。
微細ではあるが機能・特性に大きく関わるコンフォメーション多形を理解することは、有機材料の特性を予測し制御するために不可欠です。そのため、既存の解析法の限界を超える、新たな構造解析法の開発が望まれていました。
今回の取り組み
研究チームが2024年に合成を報告した有機半導体antiC10(図1左)は厚さ数百ナノメートル(nm、1nmは100万分の1ミリメートル)以下の薄い結晶(図1中央)が形成される試料です。このため、通常のX線回折装置はもちろんのこと、放射光施設を利用したX線自由電子レーザーを用いても構造決定に至りませんでした。電子線はX線に比べ格段に試料と強く相互作用するため、はるかに小さな結晶を扱うことができます。そこで、共同研究チームは、クライオ電子顕微鏡(注2)を用いて高品質の電子回折データの取得に成功しました(図1右)。しかしながら、既存のデータ解析手法では構造同定には至りませんでした。
図1.(左)antiC10の化学構造。(中央)antiC10結晶をクライオ電子顕微鏡観察用のグリッドに載せた写真。(右)antiC10結晶の電子回折像。
この課題を克服するために、分子置換と呼ばれる作業を安定な部分構造を基に二段階で適用する新しい手法を開発しました(図2)。分子置換法は類似のタンパク質の立体構造を使って構造情報を得るというタンパク質の結晶構造解析で頻繁に用いられる手法ですが、構造の知られていない有機分子の構造解析にはほとんど利用されていませんでした。この手法には以下が含まれます:
1. 初期探索モデルの作成:計算化学的手法を用いて、構造の剛直な部分に焦点を当てながら、解析対象分子の3次元構造モデルを理論計算により化学構造のみから作成しました。
2. 二段階の分子置換法:上記のantiC10構造モデルを探索モデルとして複数のコピーを結晶中の単位胞(結晶を構成する空間格子の最小の繰り返し単位)に配置する逐次探索を行い、初期構造を得ることに成功しました。
3. 精密化とモデル構築: その後、初期構造を精密化し、分子グラフィックスプログラムを使って構造を完成させました。
図2.(左)化学計算的手法によりantiC10のモデル構造を作成。得られた電子線回折データに対して二段階の分子置換法を実施。(右)得られた構造は8分子、2層からなり、各層に平行な2分子が逆並行で会合した構造。
このアプローチにより、研究チームはantiC10の構造を解明し、結晶中の複雑な配置を明らかにすることができました。その結果、分子が平行および反平行に配置された2層構造であることを見出しました(図2右)。
このantiC10の層間は互いに入り組んだ複雑な構造をとります(図3左)。さらに、結晶中に同じ分子が少しずつ異なる形で共存しているコンフォメーション多形と呼ばれる現象を発見しました(図3右)。コンフォメーション多形は分子の機能と特性に大きな影響を及ぼすと考えられます。さらに本結晶は180°回転した同じ結晶が重なった状態の双晶であることが詳細な構造解析の結果わかりました。この双晶は結晶が生成する途中の過程と深く関係があり、非常に複雑な分子構造が形成されるに至ったことが予測されます。
このような微細な構造の違いを見分けることのできる解析法は、これらの有機半導体材料の設計指針を得るために極めて重要です。本研究は、構造解析が非常に難しい物質に対して、以前は達成できなかった精度の高い解析手法を提供するものです。
本研究の構造解析手法の開発およびデータの解釈は東北大学の研究者が実施しました。電子回折実験および初期解析は理化学研究所の研究者が実施しました。産業技術総合研究所の研究者は材料開発および試料調製に、東京大学の研究者は連携体制の構築およびデータの解釈に重要な貢献がありました。
図3.(左)antiC10の2層構造。層間は互いに入り組んだ複雑な構造をとる。赤い破線は各層の境界を示す。(右)得られた8分子を比較するために重ね合わせたもの。同じ結晶中であるが異なる構造をとる現象が発見された。
今後の展開
今回開発された構造解析技術は、さまざまな有機材料・薬剤の開発に新たな可能性を開く技術基盤を提供します。
1. 材料開発の加速:解析困難な材料の詳細な構造情報を提供することで、有機半導体の設計、開発を加速することが期待されます。これにより、より効率の高い太陽電池や、より性能の高いフレキシブル・ディスプレイ、新しい電子デバイスが生まれる可能性があります。
2. 構造-物性相関の理解向上:コンフォメーション多形を詳細に解析できるようになることで、分子構造が材料特性にどのような影響を与えるかをより深く理解できるようになります。得られた知見は、特定の用途向けに材料を設計する上で極めて重要です。
3. 製薬研究への応用:本技術は小さい結晶しか得られない新規薬剤の解析、さらには同じ分子が異なる結晶系を示す結晶多形の解析に威力を発揮します。結晶多形は薬剤の効能に大きな影響を与える可能性があります。従来は困難であった結晶多形の検出や高精度かつ効率的な構造解析が可能になります。
このように本研究は、次世代エレクトロニクスから医薬品に至るまで、さまざまな分野の技術革新を促進する技術基盤です。物質のナノスケールの世界と機能性部品材料のマクロスケールの世界のギャップを埋めるこの研究は、我々の日常生活を一変させる次世代技術の開発に繋がる可能性が考えられます。
【謝辞】
この研究の一部はJSPS科研費挑戦的研究(萌芽)(研究代表者:黒河博文JP23K18001)、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業探索加速型「超原子座標構造の可視化による創薬の革新(研究代表者:米倉功治、JPMJMI23G2)」および日本医療研究開発機構 生命科学・創薬研究支援基盤事業」(研究代表者:米倉功治、JP23ama121006)の支援を受けたものです。
本研究に関連する論文は『東北大学 2024 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業』によりOpen Access となっています。
【用語解説】
注1. 3次元電子回折法(電子線3次元結晶構造解析法):
微小で薄い結晶試料に電子線を照射して、その回折パターンから3次元の立体構造を決定する手法。電子線はX線に比べて数万倍も強く物質と相互作用するため、X線結晶構造解析に適さない微小で薄い単結晶試料を使用できる。電子の散乱特性からは、電荷に関する情報が得られる。Electron 3D crystallography、3D ED、マイクロEDとも呼ばれる。
注2. クライオ電子顕微鏡:
タンパク質などの有機分子を電子線による損傷を最低限に抑えて電子顕微鏡で観察するために開発された装置。分子量の大きなタンパク質の分子像を得る単粒子解析法や、微小結晶からの3次元電子線回折法などに利用される。
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