大量の情報を伝送する光ファイバー製造に必要な 最適圧力を実験で確認 ─ 情報化社会でさらに高速・大容量を伝送できるファイバー開発に朗報 ─(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年02月21日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2025年2月21日
国立大学法人東北大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人島根大学
●光の透過性を高めるため、シリカガラス(注1)の透明度向上に必要な圧力が予測値の約5分の1で済むことを、初めて実験で実証しました。
●圧縮によるシリカガラスの透明度向上の鍵が、中距離の秩序構造の消失であることを明らかにしました。
●工業的な大量生産化や光学材料・先端技術分野での応用が期待されます。
人工知能(AI)の急速な普及とデジタル革命の進展により、情報爆発の時代を迎えています。この情報伝達の要となるのが光通信ファイバーであり、その主材料であるシリカガラスの透明度を高めることで、より多くの情報を効率的に伝送することが可能となります。これまで、溶融状態のシリカガラスを0.2万気圧で圧縮し、急冷により固めると透明性が向上することは知られていました。しかし、それ以上の圧力をかけた場合にガラスがどのような構造になるのか、また透明性がどのように変化するのかを実験的に明らかにした例はこれまでありませんでした。計算による予測では、圧力を4万気圧まで上げることで、ガラスの構造が変化し、透明度が最も高くなるものの、それ以上の圧力では透明度が逆に低下すると予測されていました。 |
研究の背景
現代の情報通信社会は、世界中に張り巡らされた光ファイバー網によって支えられています。光ファイバーは主にシリカガラスから作られているため、シリカガラスの光の伝搬損失を抑制できれば、より少ない数の光信号増幅機でより遠くまで情報の伝搬が可能な光ファイバーを開発できる可能性があります。
シリカガラスが光を損失する原因の8割以上は、レイリー散乱(注2)によるものです。レイリー散乱は空が青く見えたり夕焼けが赤く見えたりする原因としてよく知られていますが、シリカガラスの場合、ガラスのネットワーク構造のゆらぎがこのレイリー散乱を引き起こします。これまでの実験では、1800℃の溶融状態のシリカガラスに0.2万気圧まで圧力をかけ、急冷により固めると、レイリー散乱が抑制されることが分かっていました。
レイリー散乱の測定には数cm以上の大きさの試料が必要ですが、この条件の試料を作製することが困難だったことから、計算による予測しかありませんでした。コンピュータによる分子動力学シミュレーションでは、4万気圧の圧力でガラス構造が変化し続け、最も透明になると予測されていました。透明度の向上は「トポロジカルプルーニング」と呼ばれるガラス構造のネットワークのつなぎ変えによる最適化現象によるものだと示唆されていました。
今回の取り組み
東北大学大学院工学研究科応用物理学専攻の小野円佳教授は、北海道大学の田邊泰人氏(研究当時)、高輝度光科学研究センター(JASRI)の山田大貴主幹研究員や島根大学の尾原幸治教授らと協力し、世界に2台しかない超高圧熱間等方圧加圧(超高圧HIP)装置(注3)を用いて、1800℃下で最大0.98万気圧までの圧力を印加し、その後急冷することで最大で直径3 cm長さ8 cmのガラスを作製しました。このガラスについて、密度、屈折率、屈折率の分散、ラマン散乱(注4)スペクトル、レイリー散乱分析、大型放射光施設SPring-8(注5)のBL04B2を用いたX線散乱分析(注6)などの様々な測定を行い、圧力を印加し作製したガラス内部の短距離(4~5 Å程度)や中距離(8~10 Å)のネットワーク構造がどのように変化し、どのスケールの構造がレイリー散乱に影響を与えているかを詳細に解析しました。
これまでも、ガラス内部のネットワーク構造にはわずかな「ゆらぎ」が存在し、それが光散乱(レイリー散乱)の主な原因であることが明らかになっており、圧力を加えることで、このゆらぎを引き起こす「空隙(すき間)」が減少し、光散乱が抑えられることが分かっていました。今回、圧力の範囲を広げて作製したガラスに対して、さまざまな測定を組み合わせて行った結果、この空隙の消滅と、ガラスを構成する原子ネットワークの中距離の秩序構造の消滅が同時に起こることを見出しました。中距離秩序構造の消滅に伴って、ネットワーク構造内の不安定な小さいリング構造の抑制が起こり、全体の構造がより秩序だったものになる現象が観測されました。この現象は、余分なネットワークの剪定である「トポロジカルプルーニング」として予測されていた構造の変化によく合致していました。この現象が実験により観測されたのは初めてです。
また、トポロジカルプルーニングが起こり、シリカガラスの構造が安定となってシリカガラスの透明度が最も向上する圧力は、計算から予想された値の約5分の1の約0.8万気圧であることも分かりました。この最適な圧力が工業的に実現可能な範囲であることから、光の損失が低い超透明な光ファイバーの実用化に向けた重要な一歩となると考えられます。
今後の展開
この成果は、光ファイバーの母材として広く利用されているシリカガラスのネットワーク構造を制御することで光散乱を抑える新たな手法を提示しており、透明度の向上が産業応用につながる可能性を示唆しています。本研究で明らかにした構造を持つシリカガラスを光ファイバーに応用できれば、光信号増幅機を用いずにデータを伝送できる距離を飛躍的に伸ばすことが期待されるほか、量子通信が現実味を帯びてくると考えられます。
図1. (a) ラマン散乱スペクトル(挿入図)のD2と呼ばれるピークの強度を印加圧力(横軸)に対してプロットしたもの。D1、D2はシリカガラスネットワーク構造中の不安定な小さいリング構造である4員環、3員環の数密度をそれぞれ表し、これらのリング構造はガラス構造が不安定になると増加することが知られている。黒点が室温での測定結果。□は未処理のガラス、〇は超高圧HIPで作製したガラス、▲は固体のマルチアンビルセル(注7)を使って圧力を印加して作製したガラスのデータ。色付き点はそれぞれの測定温度に対応する。圧力が1 GPa(≈1万気圧)付近で3員環の数が極小値となり、数密度の温度変化も最も小さく、熱的な安定性も極大になっていることが示唆される。(b)レイリー散乱係数の印加圧力(横軸)依存性を示したもの。白色は以前0.2万気圧まで求めたデータで、今回新たに超高圧HIP装置を用いて作製したガラスのデータは200から1000 MPaの範囲に示された黒色の四角である。1万気圧以下に極小値があることが分かる。
図2. 本研究概要を示した図。シリカガラスは酸素とケイ素の元素からなるネットワーク構造を持つが、原子のない空隙が多数あり、常圧下ではレイリー散乱を引き起こす。圧力によって空隙が縮小し、同時に3員環、4員環のような不安定な構造が減少する。0.8万気圧程度でこの安定化が最も起こりやすく、さらに印加圧力が増えると不安定構造が再び増加し、レイリー散乱も増大すると考えられる。このような圧力に対するシリカガラスの構造変化は計算から予測された「トポロジカルプルーニング現象」によく一致していた。
【謝辞】本研究はJSPS科研費 JP20H05880、JP21H01835、JP21K19016、JP24K01371の助成を受けたものです。また、SPring-8 課題番号2020A1698、 2021A1189、および 2022A1261による研究です。また、本研究成果に関する論文は、「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」の支援を受けました。
【用語解説】
注1. シリカガラス:
普通のガラスには、さまざまな成分が混じっているのに対し、ほぼ二酸化ケイ素(シリカ:SiO2)だけでできているガラス。結晶構造を持たず、SiO4の正四面体を単位として不規則に結合している。高透光性、耐熱性、耐薬品性が高いなどの特徴がある。さらに、複屈折がなく、結晶石英よりも低い屈折率を有する。不純物が極めて少ない高純度のシリカガラスは、半導体製造装置や光ファイバー、光学実験などに利用される。
注2. レイリー散乱:
光の波長よりも小さいサイズの粒子による光の散乱現象のこと。散乱される光の波長の4乗に反比例して散乱の効率は大きくなるため、光の波長が短くなればなるほどよく散乱されることになる。太陽光が大気で散乱されて、空が青くみえるのはレイリー散乱によるためである。
注3. 超高圧熱間等方圧加圧(超高圧HIP)装置:
株式会社 超高温材料研究センターが所有するもので、圧力と温度との相乗効果を利用して加圧する加圧処理装置。ガス圧を利用して被処理体に等方圧を加えるため、被処理体に均一に圧力が作用し、加圧後の形状は初期の被処理体の形状と大きく変わらず相似的に収縮する。
注4. ラマン散乱:
物質へ光を入射させた時、散乱された光の中に入射光と異なる波長の光が混じる現象。入射光と散乱光の波長差は物質を構成する分子の振動や回転などを励起するエネルギーに相当する。入射光としてレーザー光などの単色光を用いるとラマン散乱光は物質を構成する原子構造に固有の波長を持つので、物質の同定や構造解析に利用される。
注5. 大型放射光施設SPring-8:
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注6. X線散乱分析:
試料に対してX線を入射することで、散乱したX線を検出器で得る手法。散乱する角度により、オングストローム(100億分の1メートル)からナノメートル(10億分の1メートル)の原子の配置に関する情報を非破壊で得ることができる。
注7. マルチアンビルセル:
複数のアンビル(くさび状の部材)を組み合わせて試料に超高圧を加えることのできる実験装置。
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