ニッケル酸ビスマスの圧力誘起電荷非晶質化を発見 —熱膨張問題を解決する新たな負熱膨張材料の開発に期待—(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年03月05日
- BL22XU(JAEA 重元素科学I)
- BL39XU(X線吸収・発光分光)
2025年3月5日
東京科学大学
神奈川県立産業技術総合研究所
総合科学研究機構
愛媛大学
高輝度光科学研究センター
熊本大学
京都大学
量子科学技術研究開発機構
生産開発科学研究所
科学技術振興機構(JST)
○ペロブスカイト型酸化物ニッケル酸ビスマスの特異な温度圧力変化を解明。
○低温で加圧すると、Bi3+とBi5+の秩序配列が消失し、非晶質化することを発見。
○温めると縮む、新しい負熱膨張材料の開発につながると期待。
BiNiO3の高圧・低温でのBi3+/Bi5+電荷グラス転移と、高圧・高温での負熱膨張を伴うBi-Ni間電荷移動のイメージ
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院の西久保匠特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授、国立台湾大学の陳威廷(チェン・ウェイティン)研究員、英国エジンバラ大学のJ. Paul Attfield(ポール・アットフィールド)教授らの研究グループは、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3という電荷分布(用語1)を持つペロブスカイト型(用語2)酸化物ニッケル酸ビスマス(BiNiO3)を低温で加圧すると、電荷非晶質(電荷グラス。Biイオンの並び方に秩序がなくなり、ランダムに存在する)状態になる、特異な温度圧力変化を示すことを明らかにしました。 |
ペロブスカイト酸化物は、強誘電性や圧電性、超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導といった多彩な機能を持つため、盛んに研究されています。その一種であるBiNiO3(ニッケル酸ビスマス)は、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3という特徴的な電荷分布と、Bi3+とBi5+が柱状に秩序配列した結晶構造(図1左下)を持ち、4 GPa(ギガパスカル)に加圧すると、Bi3+Ni3+O3の高圧相(図1右上)に電荷移動転移することが報告されていました。
図1 今回解明したBiNiO3の圧力―温度状態図
この際にはペロブスカイト構造の骨格を作るNi-O結合が収縮するため、約3%の体積収縮が起こります。さらにBiNiO3のNiを一部Feで置換したBiNi1-xFexO3は、温めると収縮する負熱膨張を示すことから、位置決めのずれや異種材料接合界面の剥離といった熱膨張問題の解決につながると期待されており、東京工業大学(当時)の特許をライセンスした日本材料技研株式会社から負熱膨張材料として販売されています。
一方で、BiNiO3には低温・高圧環境でさらなる新しい電子相が出現する可能性が指摘されていますが、これまで詳しく研究されていませんでした。
●研究成果
今回の研究では、BiNiO3の高圧・低温環境での振る舞いを詳しく調べるために、大型放射光施設SPring-8(用語5)のビームラインBL22XUでの圧力下放射光X線粉末回折実験(用語6)と、BL39XUでの放射光X線吸収分光(用語7)に加え、英国ラザフォードアップルトン研究所での圧力下中性子回折実験(用語8)によって、BiNiO3を250 K以下の低温で圧縮した場合の原子の配列の変化を調べました。その結果、圧縮後のBiNiO3では、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3の電荷分布を保ったまま、Bi3+とBi5+の秩序配列が消失し、3価のビスマスと5価のビスマスがランダムに存在する「電荷グラス」状態になることが分かりました(図1右下)。さらに、この電荷グラス相を圧力を保ったまま昇温すると、Bi3+Ni3+O3相への電荷移動転移が起こり、体積が収縮する(負熱膨張する)ことが確認されました(図2)。
図2 放射光X線回折で測定した、BiNiO3の4.3GPaでの単位格子体積の温度変化。温めると縮む負熱膨張が起きていることが分かる。
同様の圧力誘起非晶質化はシリコンやSiO2、GeO2でも観測されています。そうした物質で見られる、原子配列が不規則になる非晶質化と、今回BiNiO3で発見した電荷配列が不規則化する電荷非晶質化にはどのような相関があるのか検討していきます。
●社会的インパクト
従来知られているBiNiO3のBi3+0.5Bi5+0.5NiO3結晶相からBi3+Ni3+O3相への電荷移動転移とそれに伴う負熱膨張は、BiNi1-xFexO3という負熱膨張材料として活かされています。
今回電荷グラス相からBi3+Ni3+O3相への転移でも負熱膨張が起こることが見つかったことから、このメカニズムを用いた新しい負熱膨張材料の開発が期待されます。
結晶構造解析から、BiNiO3の電荷グラス相は強誘電性を持っていることが示唆されており、Niの持つ磁性との相関の解明に興味が持たれます。また、BiNiO3同様にBi3+とBi5+またはPb2+とPb4+を両方含む類似の化合物の高圧高温/高圧低温環境での振る舞いも明らかにしていきたいと思います。
●付記本研究の一部は、JST-CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」(代表:東正樹 東京科学大学教授)、地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 実用化実証事業「次世代半導体用エコマテリアルグループ」(グループリーダー:東正樹 東京科学大学教授)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号17105002、18350097、22244044、JP18H05208、JP19H05625、JP22KK0075、JP24H00374)、東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 共同利用研究の支援のもと実施されました。
【研究者プロフィール】
東 正樹(アズマ マサキ) Masaki AZUMA
東京科学大学 総合研究院 教授
研究分野:固体化学
【用語説明】
(1)電荷分布
ビスマスは3価と5価、ニッケルは2価、3価、4価を取ることができる。それらの価数の組み合わせを電荷分布という。
(2)ペロブスカイト型
一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。
(3)負熱膨張
通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負の熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。
(4)秩序配列
原子の配列が整然としていて、繰り返し周期があること。
(5)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
(6)放射光X線回折実験
物質の構造を調べる方法のひとつ。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
(7)放射光X線吸収分光
物質の電子状態や局所構造を元素選択的に調べる方法のひとつ。放射光X線を試料に照射し、吸収のエネルギー依存性を測定する。
(8)中性子回折実験
試料に中性子を当てて、回折された中性子から対象物質の構造を調べる方法。中性子は、物質中の原子核と強く相互作用するので、物質中の電子と相互作用するX線回折とは異なる情報が得られる。酸素や水素などの軽元素を含む物質や、磁性を持つ物質の構造解析などに威力を発揮する。
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