イリジウム添加による鉄-コバルト合金の磁気特性の増強メカニズムを解明 ~放射光計測と高品質薄膜技術で磁性材料の精密評価を実現~(プレスリリース)
- 公開日
- 2025年03月21日
- BL25SU(軟X線固体分光)
- BL39XU(X線吸収・発光分光)
2025年3月21日
東京理科大学
高輝度光科学研究センター
兵庫県立大学
➢ 鉄(Fe)-コバルト(Co)-イリジウム(Ir)合金は優れた磁気特性を有することが知られていますが、その特性の起源については未解明のままでした。
➢ 組成傾斜を有する高品質な単結晶薄膜(Fe75Co25)100-xIrx(x = 0 ~ 11%)を作製し、軟X線と硬X線(*1)を用いたX線磁気円二色性(XMCD)(*2)測定により、各元素の磁気モーメントを評価しました。
➢ XMCD測定により、Ir添加がFeやCoの軌道磁気モーメント(*3)を増強することで、スピン軌道相互作用(*4)を強化することを明らかにしました。また、第一原理計算(*5)により、Ir添加が電子の局在化を促進し、5d重元素と3d遷移金属が強く相互作用することで磁気モーメントが増強されることを明らかにしました。
➢ 本研究成果のさらなる発展により、高効率モーターや磁気センサーなど、高性能なデバイス開発の設計指針を提供し、磁性材料分野の進展に大きく貢献することが期待されます。
東京理科大学 研究推進機構 総合研究院の山崎 貴大助教、同大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻の河崎 崇広氏(2024年度 修士課程2年)、同大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の小嗣 真人教授、物質・材料研究機構の岩崎 悠真主任研究員、桜庭 裕弥グループリーダー、高輝度光科学研究センターの河村 直己主幹研究員、兵庫県立大学の大河内 拓雄教授らの共同研究グループは、軟X線と硬X線を用いたX線磁気円二色性(XMCD)測定により、鉄(Fe)-コバルト(Co)-イリジウム(Ir)合金が優れた磁気特性を引き起こすメカニズムを解明することに成功しました。本研究成果は、磁性材料の理解を深めるだけでなく、磁気特性向上の新たな指針を示し、高効率モーターや革新的な磁気センサーなど次世代技術の実現に貢献する基盤となることが期待されます。 |
高い磁気特性を持つ磁性体は、不揮発性メモリ、磁気センサー、高密度ストレージなど広範な分野の発展において不可欠な材料です。特に、Fe75Co25合金は、3d遷移金属の中でも優れた磁気特性を持ち、高いキュリー温度や優れた相安定性を備えていることから、有望な磁性材料の一つとして注目されています。次世代デバイスの開発には、これらの特性を深く理解し、精密に制御することが重要な鍵となります。
これまでの研究から、一部の磁性材料に5d重元素を添加することで、磁気特性を制御できることが明らかになっています。例えば、Fe-Co合金にIrを添加した単結晶Fe-Co-Ir薄膜は、異方性磁気抵抗効果(AMR)(*8)、異常ホール効果(AHE)(*9)、異常ネルンスト効果(ANE)(*10)などの興味深い性質を示すことが知られています。しかし、これらの現象のメカニズムに対しては、依然として十分な理解が得られていません。
そこで本研究では、Fe-Co-Ir合金に注目し、優れた磁気特性を引き起こすメカニズムを詳細に解明することを目的としました。具体的には、組成傾斜を有する単結晶(Fe75Co25)100-xIrx (x = 0 ~ 11 at%)合金膜を作製し、軟X線と硬X線を用いたXMCD測定により、Ir添加が磁気特性に与える影響を調査しました。
【研究結果の詳細】
室温アルゴン雰囲気下で、MgO基板上に厚さ30 nmの均一な(Fe75Co25)100-xIrx (x = 0 ~ 11 at%)層を成膜しました。成膜後、真空中でポストアニール処理を施し、さらに、Fe-Co-Ir層の酸化を防ぐため、上部に2 nmのルテニウム(Ru)層を作製しました。蛍光X線分析により、幅7 mmの範囲でFe75.4Co24.6から(Fe76.1Co23.9)89.0Ir11.0までの組成傾斜を有することが確認されました。
作製した合金膜について、XMCD測定を用いて元素ごとの磁気モーメントを詳しく評価しました。その結果、スピン磁気モーメントと軌道磁気モーメントをFe75Co25と比較した場合、Feではそれぞれ1.07倍、1.44倍、Coでは1.18倍、1.12倍となりました。このことから、Ir添加によりFeとCoの軌道磁気モーメントが増強されること、特に軌道磁気モーメントの寄与がスピン磁気モーメントを上回ることが明らかになりました。
また、汎関数理論計算によって、Ir添加が電子の局在化を促進し、スピン軌道相互作用を増大させることが示唆されました。特に、Irの5d電子とFe、Coの3d電子との相互作用が主要な要因であることが確認され、FeとCoの電子状態が低いエネルギー準位へシフトすることで、軌道成分が磁気モーメントへ与える影響が増大することが明らかになりました。さらに、B2秩序構造の磁気モーメントはA2無秩序構造の磁気モーメントよりも大きく、B2秩序構造が磁気特性の増強に寄与していることが示唆されました。
本研究を主導した東京理科大学の山崎 貴大助教は、「磁性材料は、データストレージデバイスや高効率モーター、精密磁気センサーなど、現代社会を支える重要な技術に広く応用されています。本研究では、高効率かつハイスループットな材料評価のワークフローと理論解析手法を確立し、未踏の磁性材料探索や効率的な材料設計を可能にする基盤を構築することができました。本研究成果は、環境負荷を低減する高効率モーターや次世代高密度ストレージ技術の開発を促進し、情報社会の進化と持続可能な社会の実現に大きく寄与することが期待されます」と、コメントしています。
※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(No. 23K13636, 22K14590, 22K14590, 21H04656)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業のCREST(No. JPMJCR21O1)、ACT-X(No. JPMJAX22AL)の助成を受けて実施したもので す。また、XMCD測定は大型放射光施設SPring-8のビームラインBL25SUとBL39XUで行われました(課題番号: 2024B1266, 2023B1421, 2023A1008, 2023A1179, 2022B1113, 2022B1004, 2022A1407, 2022A1027)。
【発表者】
山崎 貴大 東京理科大学 研究推進機構 総合研究院 助教
河﨑 崇広 東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻 修士課程2年
小嗣 真人 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
岩崎 悠真 国立研究開発法人物質・材料研究機構 マテリアル基盤研究センター 材料設計分野 データ駆動型材料設計グループ 主任研究員
桜庭 裕弥 国立研究開発法人物質・材料研究機構磁性・スピントロニクス材料研究センター 磁気機能デバイスグループ グループリーダー
河村 直己 公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室・動的分光イメージングチーム 主幹研究員
大河内 拓雄 兵庫県立大学 高度産業科学技術研究所 教授
【用語】
*1. 軟X線と硬X線
X線は波長により分類され、波長が0.1~10 nmのものを軟X線、0.001~0.1 nmのものを硬X線と呼ぶ。軟X線はエネルギーが低く、鉄(Fe)やコバルト(Co)などの遷移金属のL殻電子を励起するのに適している。一方、硬X線はエネルギーが高く、イリジウム(Ir)などのより深い内殻であるL殻電子の励起に適している。このように、ターゲットとする元素や電子殻に応じて適切なエネルギーのX線を選択することで、特定の電子状態や構造情報を得ることが可能である。
*2. X線磁気円二色性(XMCD)
磁性体に円偏光X線を照射すると、材料の磁化方向と円偏光の方向に依存して、X線の吸収が変化する。この現象を利用し、元素ごとのスピンおよび軌道磁気モーメントを調べる分析手法である。
*3. 軌道磁気モーメント
電子が原子核の周りを周回(軌道運動)することによって生じる磁気モーメント。
*4. スピン軌道相互作用
電子の軌道角運動量とスピン角運動量の間の相互作用であり、物質の磁気的性質やエネルギー準位の分裂に影響を与える。
*5. 第一原理計算
物質の基礎的な性質を量子力学に基づいて計算する手法。実験データに依存せず、物質の構造や物性を理論的に予測できるため、新材料の開発や物理現象の解明に広く応用されている。
*6. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*7. スピン磁気モーメント
電子のスピン(固有の角運動量)によって生じる磁気モーメント。
*8. 異方性磁気抵抗効果(AMR)
外部磁場により物質の電気抵抗が変化する現象。
*9. 異常ホール効果(AHE)
外部磁場を加えたとき、電荷キャリアがローレンツ力を受けることで、電流の方向と垂直な方向に電圧(ホール電圧)が発生する現象をホール効果という。強磁性材料では、電流を流した際に、外部磁場がなくても、電流の方向と垂直な方向に電圧が生じる。これを異常ホール効果という。
*10. 異常ネルンスト効果(ANE)
磁性体に温度勾配が存在するときに、材料自身の内部磁化と温度勾配の両方に垂直な方向に起電力が生じる現象。
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