大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 News 2号(2002.4月号)

目次

研究成果・トピックス
タンパク分子にひそむ究極のスイッチ機構

行事報告
第2回JASRI-PAL シンポジウム

行事一覧

SPring-8 見学者
2~3月の施設見学者

SPring-8 Flash
SPring-8の加速器模型がベルリンの展示会へ
実験動物感謝祭

今後の行事予定

フラジェリン分子の立体構造(ステレオ図)
フラジェリン分子の立体構造(ステレオ図)
左右の目で両方の絵をじっと見つめたまま25cmほどまで近づけると、
目の焦点が定まる中央に立体的に浮き上がって絵が見えます。

研究成果・トピックス

タンパク分子にひそむ究極のスイッチ機構 ~立体構造解明に成功~

科学技術振興事業団 ERATO プロトニックナノマシン
プロジェクト統括責任者
大阪大学大学院生命機能研究科教授
(財)高輝度光科学研究センター
放射光研究所客員主席研究員(非常勤)
難波 啓一

べん毛モーターは精巧なナノマシン

 細菌が動き回る様子を紹介したビデオを見たことのある人は多いでしょう。そして、あんな微生物が、どのような仕かけで動いているか疑問に思う人も少なくないと思います。サルモネラ菌、大腸菌、ピロリ菌などは、数本のムチのようなしっぽ(べん毛)をもっています(4ページの写真参照)。このべん毛は、実はコイルバネのような形のらせん型スクリューで、細菌はこれを毎秒200~400回も回転させ、1秒間に体長の20倍ほどの距離をらくらく移動します。実は、微生物の動きは究極の省エネ機関ともいえる器官によって制御され、そこには21 世紀を支えるナノテクノロジーのヒントがたくさんつまっているのです。細菌の運動器官であるべん毛が、回転モーター、軸受け、回転シャフトなど、人工の推進機関そっくりの機能とデザインをもつべん毛モーターによって高速回転しているというのは大きな驚きです。自然が長い試行錯誤の末に組み上げた精巧なナノマシン(分子機械)なのです。
 べん毛繊維は直径20ナノメートル(nm、1nmは1mm の千分の1のそのまた千分の1)、長さ10数マイクロメートル(μm、1μm は1mmの千分の1)で、素繊維と呼ばれる11本の細長い繊維が円筒状の束になってできています(図1)。この素繊維を形づくるのがフラジェリンという分子量約5万のタンパク質分子で、今回、ついにその立体構造を突きとめることができました。
 フラジェリン分子が全て同じ大きさと形であれば、直線状の繊維にしかならないはずです。ところが、周期長の異なる2種類の素繊維構造が、11本の中にある割合で同時に存在するため、べん毛全体としてゆるやかにねじれた左巻きらせん構造になるのです。また、べん毛モーターが急反転してべん毛繊維にねじれの力が加わると、何本かの素繊維では周期長が切り替わってらせんのねじれを右巻きに反転させます。これによって細菌は反対方向に運動を変えることができるのです。X線繊維回折法による精密な測定から、切り替わる前後の2種類の繊維構造がそれぞれ5.19nm と5.27nm の周期長をもち、わずか0.08nm という周期差がべん毛らせんの急反転に関わることがわかってきました。すなわち、素繊維は原子の大きさ(約0.1nm)の10分の1以下の精度で働く究極のスイッチ機構をもっているといえるのです。

極微小試料で分子構造を決定

 立体構造を原子レベルで決めるためには、分子が整然とならんだ結晶試料が必要です。しかし、フラジェリン分子は重合して長い繊維状になりやすく、結晶にすることはできません。そこで、サルモネラ菌のべん毛からフラジェリン分子(分子量51,500)を取り出し、繊維構造の安定化する部位をほぼ全部切り取りました。こうして、繊維形成能力を失ったフラグメント(分子量約41,000。F41と略記)をかき集め、これをもとにして良質の結晶試料を作ることができました。でも、得られた結晶試料の大きさはせいぜい数μm、とても一般のX線装置にかけてデータ収集できるようなしろものではありませんでした。そこで、第3世代放射光源であるSPring-8の高輝度X線がその威力を発揮するわけです。この微小な結晶試料を凍結させ、理研ビームラインBL45XUにおいて多波長異常分散法と呼ばれる手法により、高精度のX線回折データを得ることに成功しました。
 構造決定されたF41は3 つの領域D1、D2、D3からできあがっています(表紙参照)。D1領域は3本の長いアルファヘリックスと1本のベータヘアピンで構成され、D2領域とD3領域のほとんどはベータストランド注1でできています。結晶構造のある方向に沿ったフラジェリン分子の配列の繰り返し周期は5.19nm で、素繊維の繰り返し周期の1つと同じであることがわかりました(図1右図2左)。そこで、その方向に沿ったフラジェリン分子の配列を取り出し、電子顕微鏡観察などで得られたべん毛繊維の低分解能電子密度マップと照らし合わせたところ、分子全体の大まかな形状や分子の並びが見事に一致したのです。べん毛繊維では素繊維11本が同じ向きに並んで束になっていますが、結晶中では素繊維がその向きを互い違いにしてシートを作り、このシートが積み重なって結晶になっていることもわかりました。

図1:11 本の素繊維から成るべん毛繊維。図1:11本の素繊維から成るべん毛繊維。素繊維の周期長は約5.2nmですが、右巻きらせんと左巻きらせんではその長さが0.08nmだけ異なります。つぶつぶはフラジェリン分子を表します。

コンピュータシミュレーションでスイッチ作用を再現

 次に、素繊維のスイッチ機構を調べるため、構造決定されたフラジェリン分子に力を加え、その構造がどのように変化するかをコンピュータシミュレーションしました。このためには、フラジェリン分子3個からなるモデル素繊維を作り、一番上のフラジェリン分子を動かないように固定しました。そして、一番下のフラジェリン分子を0.01nmずつ下方に移動させながら中央の分子の構造変化をコンピュータ上でじっと観察しました。最初のうちしばらくは構造全体が徐々に伸びていきましたが、あるところで、D1領域にあって、フラジェリン分子同士が繊維軸方向に接触する部位(図2左の黒枠部分)のベータヘアピンが、わずかに、しかし急激に構造変化したのです(図2右)。このことは、異なる周期構造間を切り替わるスイッチが、このヘアピン部分に存在することを示しています。0.08nm という原子1個分(約0.1nm)以下の微小な変位を実現するスイッチ作用は、フラジェリン分子内のこの微小な構造変化によって起こっていたのです。

図2:スイッチ作用のコンピュータシミュレーション。図2:スイッチ作用のコンピュータシミュレーション。左図は素繊維軸に沿った二つのフラジェリン分子の接触状況を、全ての原子をつぶつぶで示してあります。右図は左図中の黒枠部分(二分子の接触部分)の拡大図で、全ての原子間結合を棒で表しました。二本の点線は二分子の境界位置を示すものです。下のフラジェリン分子を0.45nm(淡色)から0.47nm(濃色)移動させたとき、上のフラジェリン分子のベータヘアピン(二つの三角マークがその両端を示す)のみが急激な構造変化を見せ、ここにスイッチ作用があることを示しています。構造変化は、色違いの二つの構造が大きくずれていることからわかります。

生物はナノテクノロジーのヒントの宝庫

 今回の成果は、タンパク質の柔軟な基本構造の中に、精巧な力学的スイッチをもつフラジェリン分子の立体構造を明らかにしたものです。このことは、フラジェリン分子のみが特別なタンパク質であることを示すものではありません。水素結合という弱い結合から成ることで生じる立体構造の柔軟性と、原子一つ一つを部品として組み上げることにより精巧な動作機構を併せもつというタンパク質の大きな特徴を実証しているのです。
 ナノテクノロジーは、いろいろな原子を組み合わせ積み重ねて、ナノスケールの機能素子や複雑な機能をもつナノマシンの構築を目指す分野です。タンパク質はナノスケール、サブナノスケールで動作するナノマシンといえます。生命を支えるしくみの中には、私たちが未だ理解していない、あるいは想像をはるかに超える原理を含め、ナノテクノロジーのお手本になるものが豊富にひそんでいるのです。

サルモネラ菌のべん毛の電子顕微鏡写真サルモネラ菌のべん毛の電子顕微鏡写真

注1
タンパク質の立体構造を作るための基本的な構成要素で、2次構造と呼ばれる。アミノ酸は一列に結合してペプチド鎖を作る。これがらせん状に巻いて連なった構造をアルファヘリックス、直線的につながる平板型構造をベータストランドと呼ぶ。また、ベータストランドの折り返し構造をベータヘアピンと呼ぶ。折りたたまれたペプチド鎖間ではNH基とCO基が水素結合を作る。このため、これらの2次構造は安定かつ規則的な構造になる。

行事報告

第2回 JASRI-PAL シンポジウム

第2回 JASRI-PAL シンポジウム

 (財)高輝度光科学研究センター(JASRI)は、韓国で初の第3世代放射光施設であるPLS(Pohang Light Source)を建設・運営している浦項加速器研究所(PAL)と平成11年10月25日に放射光利用について互いに協力する覚書を取り交わしました。この覚書に基づき、双方の技術や成果を報告する合同シンポジウムが開催されました。
 第1回は、覚書が取り交わされた平成11年12月にPALで開催され、約70名(SPring-8からは6名参加)が参加して、相互の施設の報告や研究成果の発表及び活発な意見交換が行われました。
 第2回になる今回はSPring-8が会場となり、平成14年1月30日と31日の2日間にわたって開催され、PAL からSung Gi Baik 所長をはじめとする15名を含め、約50名の参加者を数えました。
 初日は、SPring-8及びPLSの施設の現状報告に続いてSPring-8 の施設見学を行い、今回の報告の対象となる施設・ビームラインの紹介を行いました。2日目は、ビームライン・加速器の最新の技術情報や研究成果について交互に発表がなされました。ビームラインのセッションでは、X線イメージング・高圧材料実験・タンパク構造解析・挿入光源など放射光研究の広範な分野にわたり報告されました。加速器のセッションでは、現在の重要な課題であるビーム軌道の安定性の改善や制御システムなどが報告されました。夕方の懇親会では、今後とも、研究者の交流が活発に行われ、放射光研究が発展するよう双方の協力について再確認されました。(企画調査部)

行事一覧

●1月30~31日 第2回JASRI-PAL シンポジウム
●2月1日 平成13年度実験動物感謝祭
●2月5日 第8回SPring-8 医学利用研究検討会
●2月12日 平成13年度第3回ビームライン検討委員会
●2月22日 第20回諮問委員会
●2月27~28日 サイエンスアドベンチャースクール(SAS)開催
●3月5日 SPring-8-PF 懇談会
●3月6~8日 国際テクノロジー総合展・技術会議に出展(幕張メッセ)
●3月7日 第25回理事会・第14回評議員会
●3月20日 特定利用課題中間評価の特定利用分科会
●3月25日 トライアルユース成果速報会

SPring-8 見学者

2~3月の施設見学者数:2,298 名


■主な施設見学者
2月4日 中華人民共和国国家知識産権局 6名
2月5日 放射光応力評価研究分科会(日本機械学会) 30名
2月22日 浦項工科大学(韓国)  4名
2月27日 上海放射光施設  4名
3月8日 シェルドン・L・グラショー ボストン大学物理学教授 (1979 年ノーベル物理学賞受賞) 3名
3月8日 原子力委員会 3名
3月14日 BESSY(ドイツ)、他 2名
3月19日 スラナリー工科大学(タイ) 8名
3月25日 エソンヌ県(フランス) 3名
3月29日 原子力委員会 1名

SPring-8 Flash

SPring-8の加速器模型がベルリンの展示会へ

SPring-8の加速器模型がベルリンの展示会へ

 SPring-8の放射光普及棟に展示してある線形加速器の進行波模型(サーフィンモデル)が昨年12月にドイツハンブルグの高エネルギー物理学の研究所であるDESY※に送られ、DESY主催のベルリンでの展示会に出展されました。この展示会はDESYの将来計画であるTESLA※計画を宣伝するため、ベルリンのブランデンブルグ門からほど近いウンターデンリンデン通りにあるフォルクスワーゲン社のオートフォーラムで1月16日から2月17日まで1ヶ月間開かれました。
 事の発端はDESYの研究者がSPring-8を訪問した際、この模型のすばらしさに感動したことにあります。設計者である原雅弘氏が招待され、1月末から2月始めにベルリンの展示場を訪問しました。2月2日の土曜日には夕方6時から深夜2時まで特別なイベントが行われ、展示の合間に開かれたサイエンスショーや演奏会を大勢の人々が楽しみました。テーマは「TESLA 未来の光 物質の起源を探る旅」というものでした。周到に準備され、展示物も実際に使用されている装置や測定器を手で触って動かしてみられるように工夫した物が多くありました。

※DESY:Deutsche Elektronen-Synchrotron
※TESLA:Tev-Energy Superconducting Liner Accelerator

実験動物感謝祭

実験動物感謝祭

 SPring-8では、科学的・動物福祉の観点から、マウス、ラット、ウサギ等を用いた動物実験が円滑かつ適切に実施されるように「SPring-8動物実験委員会」が設置されており、また、委員会では定期的に実験動物感謝祭を開催しております。
 平成13年度は、平成14年2月1日に委員会を開催し、これまでの実験内容が確認され、委員会終了後、SPring-8 での生命、生物に関する研究開発の推進に寄与した実験動物に感謝し、その供養を目的とした実験動物感謝祭が開催されました。

今後の行事予定

●4月27日 第10回SPring-8 一般公開
●4月30日~5月4日 ICFA第24回次世代光源に関するワークショップ
●4月~11月 播磨産業リレーフェアに出展
西播磨テクノポリス圏域(4市10町)の産学官の総力を挙げて産業振興イベントを開催
【連絡先】 播磨産業リレーフェア実行委員会事務局
(中播磨県民局地域振興部商工課)千家、佐川
TEL 0792-81-9260
●5月15日 日本・ハンガリーセミナー「光科学の最前線」
●5月17日 SPring-8 トライアルユース成果報告会
●5月25日~26日 相生ペーロン祭り参加
●6月12日 第26回理事会・第15回評議員会

最終変更日