SPring-8 News 18号(2005.1月号)
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シアノバクテリアの生物時計発振メカニズムと
KaiAタンパク質の立体構造。 |
研究成果・トピックス
生物時計の振動発生に関わるタンパク質の構造とそのメカニズム
理化学研究所播磨研究所速度論的結晶学研究チーム
京都大学大学院薬学研究科
加藤 博章
サーカディアン(概日)リズムと生物時計
地球上に生息する多くの生物は、地球の自転により生じる24時間周期の昼夜交代に伴い、体内の様々な活動状態を自律的に変動させています(図1)。この約24時間周期の変動は、サーカディアン(概日:約1日の意味)リズムと呼ばれており、昼夜交代や温度など周囲の環境を一定に保っていても継続する自律的変動です。この周期変動を発振させる細胞内機構が生物時計です。現在までに様々な生物で生物時計の研究が行われ、いくつかの時計遺伝子、時計関連遺伝子が発見されました。そして、時計遺伝子から翻訳されてできたタンパク質がもとの遺伝子の発現を抑えることによって作られるフィードバック制御*によって、サーカディアンリズムが生じていると考えられています。しかし、それらの遺伝子から翻訳されたタンパク質の具体的な働きなど、24時間周期の発振の分子機構は未解明のままです。
機械式の時計では、ゼンマイや振り子、歯車など特徴的な形の部品が決まった順序と位置関係で正しく機能することによって、正確な時を刻むことができます。同様に、生物時計もこうした部品の役割を果たす特徴的な形(立体構造)の時計タンパク質や時計関連タンパク質が、各々の役割を適切な時間に適切な組み合わせで果たすことで、正確な時を刻むものと考えられます。すなわち生物時計は、タンパク質という生体部品によって構成される精巧な分子機械だと考えることができます。したがって、時計タンパク質の形や機能を原子レベルで解明することが、生物時計の分子機構を解明する手掛かりになります。
生体内の生理的な活動は約24時間(サーカディアン)周期でリズムを刻むように変動している。変動の大きさを振幅という。
シアノバクテリアの生物時計
シアノバクテリアは、約30億年前に地球上(海洋)に現れた最初の光合成生物であり、大気中の酸素を初めに生成したとされている細菌です。そして、生物時計の存在が知られているもっとも下等な生物でもあります。シアノバクテリアでは、時計遺伝子クラスター*kaiABCが生物時計の遺伝子です。時計遺伝子クラスターkaiABCは2つのオペロン*kaiA及びkaiBCより構成されています。kaiBCオペロンの発現は、時計タンパク質KaiAにより促進され、もう一つの時計タンパク質KaiCにより抑制されます。これが、シアノバクテリアの生物時計におけるフィードバック制御であり、時計の発振の本質であろうと考えられています(図2)。また、KaiCはリン酸化*されることが知られており、リン酸化によって寿命が調節されているようなのです。実は、このKaiCのリン酸化はKaiAによって促進されることが判明しています。そこで、我々は、まず時計タンパク質KaiAの原子レベルでの立体構造を解明して、生物時計装置の働く仕組みを明らかにすることにしました。もちろん、KaiA、KaiB、KaiC、それぞれのタンパク質がどの様な形をしており、時計の発振機能の鍵がどこにあるのかは全く分かっていませんでした。
KaiAタンパク質は、KaiBとKaiC遺伝子のプロモータ*PkaiBCを活性化して、mRNAへの転写を促進する。一方、KaiCタンパク質は、PkaiBCを抑制して、自分自身の生産を減らす。これによって、KaiCタンパク質の量的周期変動が生じることになる。また、KaiAは、KaiCに作用してKaiCのリン酸化を促進する。リン酸化は、KaiCの寿命を調節している可能性がある。
KaiAの原子構造と働く仕組みの重要部位
分子生物学的な実験からKaiAは、リズムの振幅を増強するアミノ(N)末端の振幅増幅ドメイン、周期を約24時間に調節する中央部の周期調節ドメイン、時計の発振を司るカルボキシ(C)末端の時計発振ドメインの、3つのドメインから構成されることが明らかになりました(図3)。また、時計の発振そのものに必須な機能は、全てC末端時計発振ドメインに局在していました。そこで立体構造解析の標的を、C末端の時計発振ドメインに絞りました。X線結晶構造解析によりタンパク質の立体構造を決定するためには、タンパク質を高純度に精製し、結晶化する必要があります。そこで、耐熱性が高い別府温泉産の好熱性のシアノバクテリアから得たKaiAのC末端時計発振ドメインを用いて解析を行なったところ、1.8Å(1Å=10-10m)という高い分解能でのX線結晶構造の決定に成功しました。その際、SPring-8の高性能なX線(BL26B1, BL26B2)を用いた多波長異常分散法の利用が解析実現のカギとなりました。全く新規な構造の解析でしたが、データ測定から構造決定までわずか3日で済みました。
KaiAにおけるC末端時計発振ドメインの全体構造は二量体(図4)であり、凹レンズ状の構造でした。凹面のほぼ中央に位置するN末端から270番目のヒスチジン残基は、その側鎖をKaiA分子の外側に突き出しており、何らかの機能を担っていると予想されました(図4)。そこで、このヒスチジン残基をアラニン残基に置換した変異体を作製したところ、変異型KaiAではKaiCとの結合能やKaiCリン酸化促進能が著しく低下し、生物時計は全く発振しなくなりました。この結果より、このヒスチジン残基がKaiAの時計発振機能に必須であることが初めて明らかになりました。
また、KaiAには、現在までに生物時計の周期や振幅に影響を与える多数の変異が報告されています。今回決定した立体構造に基づいてこれらの変異の位置と影響を解析した結果、構造に大きく影響を与える変異は、リズムに大きな影響を与えて周期が無くなったり周期が延びたり、リズム振幅の低下などを引き起こし、構造にあまり影響を与えない変異は、時計の発振自体にはほとんど影響を与えず、わずかに周期が延長されるのみであることが分かりました。
Aはリボンモデルで描いた図。KaiAは、二量体であり、それぞれのサブユニットを、紫色と黄色で示した。
Bは空間充填モデルで描いた図。アミノ酸配列が判明している13種類のシアノバクテリアで保存されているアミノ酸残基は、
緑色で示した。ただし、時計発振機能に必須な270番目のヒスチジン(His270)は、赤色で示した。
今後の展開
今回の成果により、KaiAにおけるC末端時計発振ドメインの立体構造と機能との関係を原子レベルで解明することができました。今後、さらに生物時計装置の分子機構について原子レベルでの解明を進めたいと考えています。今回明らかにしたKaiAの立体構造とそれに基づいた解析は、今後の生物時計装置における原子レベルでの研究に新しい方向性を示したといえます。生物時計装置の解明により、生体リズムの不調による不眠症などの治療、薬物の最も効果的な投与時間の解明、植物の発生や成長を制御することによる生産性の向上などが可能になると考えられます。
この成果は、米国の科学雑誌『Nature Structural & Molecular Biology』の2004年7月号に掲載され、月刊最優秀論文(the article of the month)に選ばれました。〈Uzumaki T.,“Crystal structure of the C-terminal clockoscillator domain of the cyanobacterial KaiA protein”, Nat. Struc. Mol. Biol., 11, 623 - 631 (2004)〉
本研究は、主に理化学研究所の中津亨研究員(京都大学大学院薬学研究科助教授)、名古屋大学遺伝子実験施設の宇津巻竜也研究員、石浦正寛教授と共同で行われました。また、名古屋大学の研究は、主に独立行政法人生物系特定産業技術研究支援センターの「新技術・新分野創出のための基礎的研究推進事業(PROBRAIN)」により支援されました。
用語解説
●フィードバック制御
入力と出力のあるシステムで、出力に応じて入力を変化させる制御機構のこと。生体内では、ホルモンなどが過剰に生産されると、その最終的な生産物がその生産過程の最初の反応を抑えるように働く。
●遺伝子クラスター
複数の遺伝子が非常に狭い範囲に並んでいる状態のもの。
●オペロン
遺伝子発現において、同一のプロモータによって発現調節を受けている一連の遺伝子群のこと。多くの場合、同一オペロンに属する遺伝子群は機能的にお互いに関連している。
●プロモータ
DNAの遺伝情報からメッセンジャーRNA(mRNA)への転写開始を制御する遺伝子DNA上の領域。プロモータにRNA合成酵素が結合することで下流に位置するオペロンの転写すなわち鋳型DNAと相補的なmRNAの合成が開始される。
●タンパク質のリン酸化
生体内のタンパク質は、酵素の働きでリン酸化される(リン酸基が付加される)ことにより、その機能や活性が変化するものがある。すなわち、リン酸化の有無によって、非常にたくさんのタンパク質の働きが調節されている。
行事報告
第8回SPring-8シンポジウム
10月18日、19日の両日、第8回SPring-8シンポジウムが開催されました。毎年SPring-8ユーザーの皆さんとスタッフとが意見を交換する場として、SPring-8利用者懇談会とJASRIの共催で行われています。
昨年まではユーザーの方々の実験が行われない期間、つまりSPring-8の運転停止中に開催されてきました。しかし今年は台風16号18号による蓄積リング棟屋根被害復旧のために、運転スケジュールが大幅に変更になり運転期間中の開催という異例の形になりました。このような状況にもかかわらず230名の方々に参加いただき、運営方法や利用実験課題選定方法などのSPring-8の利用に関わる諸問題が活発に討論されました。同時に利用技術に関するワークショップも開催され、今年は多くのユーザーの方々に共通する問題として各種の実験用検出器の話題を取り上げ、こちらも活発な議論が交わされ、盛況のうちに閉幕しました。(ビームライン・技術部門)
第9回三極ワークショップ開催
第9回三極ワークショップが11月9日-10日の2日間SPring-8で開催され、ESRF(フランス)から20人(W.G. Stirling所長ほか)、APS(アメリカ)から18人(J. M.Gibson所長ほか)が来所し、SPring-8からは吉良理事長ほか多数が参加しました。
この会議は世界のトップレベルにあるESRF・APS・SPring-8の3つの大型放射光施設が、より研究成果を挙げるために研究及び運営に関する共通の問題を議論し情報交換を行うもので、いわば、大型放射光施設のサミットです。1994年に第1回がESRFで開かれて以来毎年3施設の回り持ちで開かれています。
今回のワークショップはSPring-8の主催で開催し、先端的利用のための特定のキーワードを提示することで、より密度の濃い議論が可能となるよう工夫を凝らしました。
1日目は、前半で施設の現状に関する概要説明や運営管理方法などについて、後半で光源の高度安定化に関する工夫などについて3施設から報告がなされ活発な議論が展開されました。2日目の前半では、主に光源を有効に利用する立場における現状や発展について発表があり、後半では、各施設の長期展望についての説明が行われました。しめくくりに大型放射光施設としての各セクションにおける横断的な連携についてパネル討論の場を設け、有意義な意見が交わされ会期を終了しました。来年は、ESRFで開催する予定です。(研究調整部)
November 2004, SPring-8, Japan
行事一覧
●11月 9日~10日 第9回三極(APS-ESRF-SPring-8)ワークショップ
●11月14日~16日 The 2nd PICS Workshop on High Energy Spectroscopies in and Electron Systems
●11月17日~19日 第3回国際放射光安全ワークショップ
●12月16日 SPring-8ワークショップ「放射光による磁気材料評価技術」
●12月22日~23日 SPring-8研修会「薄膜の構造評価」
SPring-8 見学者
11月~12月の施設見学者数 3,896名
■主な施設見学者
11月11日 長野工業高等専門学校2年生サイエンス班 14名
11月11日 (社)日本防衛装備工業会 25名
11月12日 日本カム工業会 20名
11月26日 ニューカーボンフォーラム 24名
12月3日 中国科学院高能物理研究所 4名
12月9日 兵庫県製薬協会 28名
SPring-8 Flash
第2回ひょうごSPring-8賞受賞者発表
ひょうごSPring-8賞は、SPring-8の認識と知名度を高める目的で、兵庫県が平成15年度より設置した賞です。社会経済全般の発展に寄与することが期待される研究成果をあげた研究者に顕彰されます。
10月14日に今年度の受賞者が兵庫県公館にて表彰されました。受賞したのは、新機軸の粉末回折法の開発により物質科学分野に貢献したJASRI利用研究促進部門Ⅰ主席研究員の高田昌樹氏、多数の古代中国・日本の青銅鏡の不純物成分による分類を試みた泉屋博古館(京都市)の古代青銅鏡放射光蛍光分析研究会(樋口隆康代表)、SPring-8蓄積リングのビーム性能の向上において、光源チームの中心として活躍したJASRI加速器部門副主席研究員の田中均氏の3組です。SPring-8の特徴を全面に活かした優れた個々の業績を高く評価されました。
高田昌樹氏
(JASRI) |
樋口隆康氏
(泉屋博古館古代青銅鏡放射光蛍光分析研究会代表) |
蓄田中均氏
(JASRI) |
北村英男氏(理化学研究所播磨研究所)が平成16年度兵庫県科学賞を受賞
理化学研究所播磨研究所主任研究員/JASRIビームライン・技術部門主席研究員の北村英男氏が、平成16年度兵庫県科学賞を受賞しました。SPring-8での優れた挿入光源と、その他新たな装置の開発への取り組みを通じて、科学技術の向上と産業界の発展に尽くした功績が讃えられ表彰されたものです。表彰式は、11月8日に兵庫県公館で執り行われ、科学賞、文化賞、スポーツ賞、社会賞の四賞の受賞者(24名、3団体)と共に、北村氏に表彰状とブロンズ像が授与されました。
西畑保雄氏(日本原子力研究所放射光科学研究センター)が第4回山崎貞一賞を受賞
材料科学技術分野において、実用的効果につながる優れた創造的業績を挙げた人材に贈られる山崎貞一賞を、日本原子力研究所放射光科学研究センター副主任研究員の西畑保雄氏が受賞しました。「自己再生型排ガス浄化用自動車触媒の研究と実用化」の業績をダイハツ工業株式会社と共同で讃えられたものです。贈呈式は、11月29日にマツヤサロン(東京都千代田区)にて開催されました。
今後の行事予定
●1月31日~2月1日 播磨国際フォーラム「Smart Polymer and Smart Surface in Medicine and Industry」(兵庫県上郡町)
●2月23日~2月25日 nano tech 2005 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議出展(東京)