大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 43号(2009.1月号)

研究成果・トピックス

~彗星に眠る太陽系形成の謎~

彗星から新たな発見

 太陽系はどのように形成されたのだろうか?これは、科学者だけでなく、多くの人々の興味をかきたてる話題です。これまで研究者たちによって、惑星・小惑星などの天体観測、地球に飛来する隕石などの分析、計算機シミュレーションの結果から、少しずつ形成過程が明らかにされてきました。
 まだ完全な解明には至っていませんが、それでも、研究者の間で最も事実に近いだろうとされる太陽系形成モデルがありました。ところが、ある一つの研究成果により、このモデルが大きな変更を迫られることになりそうです。太陽系外縁部からやってきた彗星のダスト(塵ちり)から、従来のモデルでは説明できない物質が発見されたからです。それが「コンドリュール」と呼ばれる隕石に多く含まれる岩石成分です(表紙図)。

表紙図 表紙図

ないはずのものが存在した

 初期の太陽系では、太陽を中心に大量のガスやダストが円盤状に分布していました(図1)。その頃、太陽に近い円盤の内側は高温状態であったと考えられています。その結果、内側にあったダストは溶けて性質が変化します。約1500℃以上に暖められ、それが急速に冷却されるとコンドリュールが生成されます。
 ダストは次第に集まって大きくなっていき、直径数km程度の微惑星を数多く形成します。それらが衝突合体を繰り返し、惑星や小惑星などに成長していきます。
 そうすると、太陽に近い天体はコンドリュールを含むはずで、実際に小惑星帯からの隕石を調べるなどして証明されています。一方、太陽から遠く、極低温であった円盤の外側にはコンドリュールは存在しないはず。しかし今回、天王星より遠いところを回っていたヴィルト第2彗星(図2)からコンドリュールが発見されたのです。

図1. 太陽系形成モデル 図1. 太陽系形成モデル。
初期の太陽系は、ガスとダストが円盤状に分布(原始惑星系円盤)していた。
ガスとダストは徐々に集まり、小惑星や惑星に成長していったと考えられる。
天王星軌道より遠くには、成長せずに取り残されたダストのかたまりが多数分布しており、これをカイパーベルトと呼んでいる。
(出典:中村准教授が所属する初期太陽系進化学研究室ホームページ)
図2. ヴィルト第2彗星と主な惑星の軌道。 図2. ヴィルト第2彗星と主な惑星の軌道。
ヴィルト第2彗星は木星とカイパーベルトの間の軌道を回っていたが、1974年9月、
木星に接近したため軌道が変わり、地球の近くにやってくるようになった。

世界トップのチームワーク

 彗星のコンドリュール発見に大きく寄与したのは、九州大学の中村智樹准教授。「もともと太陽系内と系外の物質に起こるインタラクション(相互作用)に興味を持ち、宇宙塵うちゅうじんを研究対象としてきました」そのためダストの解析において、「私たちの実験装置・技術者ネットワークは、世界トップクラスと自負しています」と中村准教授。
 ヴィルト第2彗星からばらまかれるダストを回収し地球に持ち帰る「スターダスト計画」においても精力的な解析を行い、世界に先んじて重大な成果をあげることに成功しました。
 解析は、まず非破壊試験から行います。中村准教授がX線回折実験をSPring-8のビームラインBL37XUと高エネルギー加速器研究機構の放射光施設を用いて行いました。これにより、ダストを構成する結晶(鉱物)の種類やその存在比がわかります。続いて大阪大学大学院理学研究科の土`山(つちやま)明教授が中心となり、X線CTで内部構造を可視化しました。これはSPring-8 のビームラインBL47XUを用いて行いました。
 試料に直接ふれる試験は後戻りができません。だから非破壊の段階で、可能な限り精密に内部情報を探ることが重要になってくるのです。ダストは直径5~30μmしかありません。このような極小の試料を精密測定するために、SPring-8の高輝度放射光は欠かせないのです。
 続いて破壊試験です。まずダストをエポキシ樹脂で固めます。測定中ばらばらにならないようにするためです。固めたら2つに割ります。半分は0.1μmに薄くスライスし、それぞれ透過型電子顕微鏡で詳しい内部構造を観察します。これは茨城大学の野口高明准教授が行いました。
 残り半分は走査型電子顕微鏡による分析と二次イオン質量分析計による同位体測定を行い、ダストの構成元素や構造を測ります。走査型電子顕微鏡による分析は、中村准教授が東京大学や大阪大学の機器を用いて行いました。同位体測定は、ウィスコンシン大学の二次イオン質量分析計を用いて、牛久保孝行さんと木多紀子さんの協力を得て、中村准教授が行いました。
 一連の測定には、ずいぶん多くの人の手がかかっているのです。

まだら模様が決定打

 図3は、彗星ダストの断面図です。まだら模様になっていることがわかるでしょうか。これが、彗星のダストにコンドリュールが含まれている決定的な証拠です。丸い部分がかんらん石、それを取り囲んでいるのが輝石です。太陽からの放射で1500℃付近まで熱せられると、融点の高いかんらん石は溶けずに丸いまま残り、融点の低い輝石は溶けるため、冷えた後このようなまだらになるのです。
 中村准教授のグループは、これまでに70個近い試料をX線CTにかけました。そのうち解析対象として有望な15個をスライスし、さまざまな測定を行いました。その結果、6個からコンドリュールを発見したのです。これだけの成果が短期間に得られたのは、SPring-8の放射光が高輝度なため、精度の高い解析ができたからです。
 ただ、コンドリュールにはいくつかのタイプがあります。酸素同位体比を測定することによってどのタイプか調べることができ、太陽系のどこで形成されたコンドリュールなのか知ることができます。すると、6つのうち5つの試料が小惑星に存在する炭素質隕石のコンドリュールに近いことがわかりました(図4)。これは、小惑星帯の中心から外側部分に多く分布します(図5)。

図3. 彗星ダスト「Torajiro」の電子顕微鏡写真。 図3. 彗星ダスト「Torajiro」の電子顕微鏡写真。
かんらん石と輝石のまだら模様が確認できる。エアロジェルはダストを捕獲するための物質で、
捕獲時のエネルギーにより溶けてダストに付着したもの。
図4. 彗星ダストの酸素同位体比を測定することで、太陽系内における起源や変遷を調べることができる。 図4. 彗星ダストの酸素同位体比を測定することで、太陽系内における起源や変遷を調べることができる。
赤丸と緑の三角で表される測定値(右図)は、いずれも炭素質コンドリュール付近に収まっている。
酸素同位対比は、もっとも存在比が高い16Oに対する17Oや18Oの比で表す。
CCAMは、炭素質コンドライト無水鉱物の酸素同位体組成を示す。左図のダストの黒い穴はイオンビームを当てた跡。
図5. コンドリュールを含む炭素質コンドライト隕石は、小惑星帯の中心から外側の領域、地球より3~5倍ほど太陽から遠い距離に多く分布しているC、P、Dタイプの小惑星を母天体とする。 図5. コンドリュールを含む炭素質コンドライト隕石は、小惑星帯の中心から外側の領域、
地球より3~5倍ほど太陽から遠い距離に多く分布しているC、P、Dタイプの小惑星を母天体とする。
一方、ヴィルト第2彗星はカイパーベルト(30~50天文単位)で形成されたと考えられる。
彗星のコンドリュールは、太陽からの距離が全く異なる環境で形成された小惑星のコンドリュールに酷似している。
天文単位は、太陽から地球までを1とする距離の尺度。

期待される新たな太陽系形成モデル

 ヴィルト第2彗星のダストは、過去のある時期1500℃という高温にさらされました。小惑星帯くらい太陽に近いところでの出来事だったと考えられます。それが天王星よりも遠いところにあったとは、どういうことなのでしょうか。
 中村准教授は「太陽系初期の円盤の中で、コンドリュールの移動が起こった可能性があります」と言います。これは現在の太陽系形成モデルで部分的には説明できますが、完全ではありません。新たな太陽系形成モデルの構築が望まれます。中村准教授は「統計的に確かなことを言うためには、20試料の分析が必要です。今後、さらに多く解析して、精度を高めたい」と語ります。さらに、「彗星のコンドリュールの年代測定をして、いつ移動が起こったのかを追求していきたいと考えています」。
 2010年に、小惑星探査衛星「はやぶさ」が地球に帰還します。この受け入れ準備にも関わる中村准教授。小惑星イトカワから採取した試料の解析でも、いかんなく力を発揮してくれることでしょう。

コラム 旅のお供に寅次郎

 「ときどき、朝目覚めたときに自分がどこにいるかわからないことがあるんですよ」と中村准教授は苦笑します。ダスト解析のため本拠地の福岡、兵庫、大阪、茨城、東京、それに米国など世界中を飛び回り、研究会なども含めると「年に120日は出張しています」とのこと。九州大学にいるときはあまり研究に没頭できず、授業や学生指導で手一杯です。
 学生のころからレーシングカートが趣味で、「直角コーナーを曲がるときの、体にかかるG(重力)がたまりませんね」とのめり込んでいます。「でも最近は忙しくて、あまり乗ってません」と寂しそう。代わりに「飛行機には年間60回くらい乗ってます」と中村准教授。
 ストレスは『男はつらいよ』で解消しています。彗星ダストに「Torajiro」とニックネームをつけるほどの大ファン。DVDを持ち歩き、移動中にBGMのように聴いているそうです。

休日には「男はつらいよ」のロケ地を観光する。 休日には「男はつらいよ」のロケ地を観光する。
第43作「男はつらいよ 寅次郎の休日」の舞台に
なった店は、今は閉まっている(大分県日田市豆田町)。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 吉戸智明

用語解説

コンドリュール
 マグネシウム(Mg)、ケイ素(Si)、酸素(O)を主成分とする岩石に少量の金属鉄が混ざったものが、溶けて急速に冷えたもの。

スターダスト計画
 NASAは1999年に彗星探査「スターダスト」を打ち上げ、7年後の2006年1月に地球にダスト試料を持ち帰った。

二次イオン質量分析計
 試料に一次イオンビーム(Cs)を当て、その衝突エネルギーにより飛び出したイオン(二次イオン)の質量を測る。二次イオンは電場によって測定部分に運ばれ、その量をパーセントで表したものを二次イオン透過率と呼ぶ。ウィスコンシン大学の装置は、透過率が70~80%で世界一を誇る。

新たな太陽系形成モデル
 ジェットと呼ばれる、磁場の影響で太陽系中心から外側へのプラズマの強い流れがあったとする提案が過去にされている。しかしこのモデルでは、彗星のコンドリュールが特定の小惑星のコンドリュールに似ていることを説明できないので、新たなモデルが必要になる。


この記事は、九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門の中村智樹准教授にインタビューをして構成しました。SPring-8 NEWS 33号の研究成果・トピックス「SPring-8で小さなかけらから太陽系のなぞを探る」もご参照ください。

ミニトピックス

X線自由電子レーザー施設 ~4/26 SPring-8施設公開で初公開~

「X線自由電子レーザープロジェクト」

 (独)理化学研究所と(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)は、2006年度に国家基幹技術に認定されたX線自由電子レーザー(以下、XFEL)施設の建設プロジェクトを合同で進めています。SPring-8サイト内に新たに完成するXFELはX線領域のレーザーという次世代の光として注目を集めています。

「4回目を迎えたシンポジウム」

 昨年12月12日(金)、東京国際交流館(お台場)にて、第4回X線自由電子レーザーシンポジウム「世界が注目する日本の技術・コンパクトX線レーザー」を開催しました(要旨集はこちら)。公的研究機関、民間企業、大学などから384名のご参加をいただきました。講演の一つに、この3月25日(水)に加速器棟・光源棟が竣工予定のXFELの建屋にまつわる説明やコンピュータグラフィック動画による施設完成イメージの紹介があり会場から注目をあびました。

坂田東一 文部科学審議官 坂田東一 文部科学審議官

「建物を安定させる基礎」

 XFELの施設は1.加速器棟(414m)2.光源棟(234m)3.ビーム輸送トンネル(165m)4.実験研究棟(56m)の4つの建物から構成されています。建物を安定した地盤に支持させるためにいろいろな工夫がなされました。加速器棟の地盤は盛土により形成されていたため、最大長さ52m、直径1.5~1.6mの太さの杭を136本打ちました。一方、光源棟は、中硬岩が現れる最大深さ16mまで掘削し、粒度調整砕石を締め固め、人工岩盤を作り上げ、その上に建物を施工しました。建設現場の様子はこちら

「マシンを設置する床精度」

 XFEL施設の建設工事では、床レベル精度を全長約650mに渡り、±5mmで平らに施工されています。また、床レベル精度を特に要求するマシンが設置される床は、数十ミクロン(1ミクロン=1/1000ミリメートル)の精度が必要であり、建設工事後に床を磨くことで床をさらに平らにします。これらは、光はまっすぐ進む性質があり、個々のパーツがいかに優れていても、全てを高精度に並べないとほんの少しのギャップがマシンを正確に動かさなくするためです。

私たちが建てています 私たちが建てています!
左から上野さん【三機工業(株)】、帯刀田さん【(株)きんでん】、
酒井さん【(株)鴻池組】、大塚さん【(独)理化学研究所】、荒川さん【(株)竹中工務店】、
加島さん【(株)きんでん】、大池さん【(株)朝日工業社】

「地球はやっぱり丸かった」

 建屋は重力に沿って建てられているため、加速器棟に収納されている400mの加速器トンネルは入り口地点から真っすぐにある方向に進んでいけば、地表面は少しずつ地面の下方向に約12mm湾曲しています。実際歩いてみても感じる事は難しいですが計測すると紛れもない事実なのです。

地球はやっぱり丸かった図

「できたばかりの建屋をぜひ見に来て!」

 研究内容はもちろんのこと、とことんこだわった建物は日本中探してもそうないと思います。来月4月26日(日)に予定されている施設公開では400mのトンネルを使ったイベントやその他楽しい企画をご用意しています。随所に素晴らしい技術が施された建屋、ぜひ皆さん実際に見にきていろいろな発見をしてください!(X線自由電子レーザー計画合同推進本部企画調整グループ)

XFEL建屋の航空写真 XFEL建屋の航空写真

行事報告

「第22回放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム」

 第22回放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウムが1月9日(金)~1月12日(月)の4日間にわたり、東京大学本郷キャンパスで開催されました。本会議は、日本の放射光科学研究者が一堂に会す、放射光施設にとって最も重要な会議の一つです。今回は、期間中に学会創立20周年記念事業(市民公開講座、記念式典)が開催されたこともあり、例年より会期が1日延長されました。創立20周年を記念した特別企画講演「日本放射光学会の20年の歩みと放射光への期待」では、放射光科学のこれまでの発展とその将来像について議論がなされました。全体に非常に盛況で、参加者、発表件数、企業展示数がいずれも過去最多を記録し、会場は熱気であふれていました。なお、次回の合同シンポジウムはSPring-8が担当し、イーグレ姫路で開催される予定です。(利用研究促進部門)

特別企画講演の様子 特別企画講演の様子
(菊田惺志第6代放射光学会会長)

SPring-8 Flash

渡部貴宏研究員が日本物理学会若手奨励賞受賞

 (財)高輝度光科学研究センター加速器部門の渡部貴宏研究員が、日本物理学会第64回年次大会で若手奨励賞を受賞することになりました。渡部研究員は、2008年2月までアメリカのブルックヘブン国立研究所の放射光(NSLS)部門に勤務し、そこで得られた業績「シード光増幅型自由電子レーザーにおけるSUPERRADIANT発振の観測」が評価されました。
 本研究のキーワードである「スーパーラディアンス」とは、自由電子レーザー(FEL)の世界において1980~90年代に理論的に予測されていた特殊な非線形現象(通常のFELでは起きない現象)です。この現象が、現在SPring-8で進められているXFELと同様のシステム「single-pass FEL」において、ある特殊な条件下で起きることを初めて観測し、予測されていた通りFEL光が自ら短パルス化していくなどの特異な現象を確認しました。また、同様の現象を3次元シミュレーションによって再現し、実験との整合性について比較検討を行いました。
 本成果は、現在SPring-8で進められているXFEL、特に昨今注目を浴びはじめているシード光増幅型FELにおいて重要な知見を与えるものであり、今後このスキームが応用されていく可能性を秘めています。(加速器部門)

渡部貴宏研究員(写真左)Source Development Labグループ Courtesy of Brookhaven National Laboratory
渡部貴宏研究員(写真左)
Source Development Labグループ

お知らせ!

第17回SPring-8施設公開~つなげよう科学と君とのネットワーク!~

日時:4月26日(日)9時30分~16時30分(15時30分受付終了)※予約不要(予約見学ツアー除く)
場所:大型放射光施設SPring-8
内容:科学講演会、科学実演・工作、予約見学ツアー、パネル展示など
問合せ先:(財)高輝度光科学研究センター 広報室
TEL:0791-58-2785 E-mail:openhouse09@spring8.or.jp
★案内チラシが完成しました!チラシ送付を希望される方は上記問合せ先へご連絡下さい。
☆スケジュールやイベントなど詳細はホームページに随時掲載していきます。
URL:http://www.spring8.or.jp/openhouse/

施設公開チラシ
最終変更日