大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 57号(2011.7月号)

研究成果 · トピックス

世界初!地球中心部の超高圧高温状態を実現 〜ようやく手が届いた地球コア〜

地球の内側はどうなっているか

 地球はどのように誕生し、どのように今の姿になったのでしょうか。それを知る手掛りは、現在の地球内部に秘められています。地球の内部は、その中心からコア(核)、マントル、地殻の順番で層をなしています(図1)。こうした層構造は、地震が起きたときに伝わる「地震波」の速度を測定することで知ることができます。例えば、日本で地震が起こると、地震波は地球の中心部を通って日本の裏側にあたるチリにも伝わっていきます。その途中で層の境界を通るときに、屈折したり反射したりするので、地震波が伝わる速度の変化や層の厚みを推定することができるのです。
 しかし、それぞれの層が何でできているかは、地震波ではわかりません。それを知る方法として、穴を掘って内部の物質を採取する方法がありますが、これで採取できるのは今のところ地殻までです。その他に、マントルが融解してできるマグマ*1によって深部から地表に運ばれてくる岩石を調べる方法があります。ダイヤモンドは5万気圧、すなわち地下150kmより深いところで生成されるので、ダイヤモンドを含む岩石は、150kmより深いところに存在したものです。ただし、この方法でもせいぜい地下200kmまでのマントルの岩石しか入手できません。地表から地球の中心部までは6378kmなので、私たちは地球内部のほとんどの物質を手にすることができないのです。

図1.地球内部の層構造と圧力温度

図1.地球内部の層構造と圧力温度

深部の環境をつくりだす

 そこで、地球深部の環境を実験室につくって、その環境に存在し得る物質を人工的につくりだす研究がさかんに行われています。地球内部は深くなるにつれ、圧力と温度が上がっていきます(図1)。地球の中心は364万気圧・5500°Cという超高圧高温状態であり、この環境を実験室でつくりだすことに、世界中の研究者たちが努力を続けてきました。
 そうした中で高圧高温状態の発生に関する世界記録を保持してきたのが、東京工業大学の廣瀬敬教授らのグループです。2004年には、マントルの最底部にある「D”層」の環境下(125万気圧2200°C以上)で実験し、そこに全く新しい鉱物が存在することを発見して、この分野全体に大きなインパクトを与えました。この成果が特に評価され、廣瀬教授は、学術上特に優れた研究業績に対して与えられる日本学士院賞を受賞しています。そして2010年、ついに地球の中心部に相当する超高圧高温状態を実現することに、世界で初めて成功しました。
 「下部マントル(D”層の上位)の鉱物が合成されたのが1974年なので、それから新鉱物が発見されるまでにちょうど30年かかったことになります。その6年後に地球中心部までの高圧実験ができるようになったわけですから、ここ数年の進歩は極めて急速です」と廣瀬教授は話します。

SPring-8が高圧技術の向上を加速

 数百万気圧という巨大な圧力を発生する装置は、意外にも小さく、てのひらに収まるくらいの大きさです。これは「ダイヤモンドアンビルセル」といい、2つのダイヤモンドの間に試料を挟み、六角レンチを使って手でネジを締めるだけで、数百万気圧もの圧力を試料に加えることができます(図2)。そして、近赤外レーザーをダイヤモンドを通して試料に照射することにより、超高温も同時に実現できるわけです。
 「ダイヤモンドの先端を細くするほど、強い圧力を生み出すことができます。しかし、先端のカットの仕方を工夫しないと、ダイヤモンドが変形して割れてしまいます。これまでたくさんのダイヤモンドを粉々にしてきましたが、さまざまな形状を試して、約10年かけて364万気圧という超高圧の発生に成功しました」と廣瀬教授。また、レーザーで加熱する際に熱が逃げないように工夫して、5500°Cという超高温の発生も同時に実現しました。
 ただし、超高圧高温状態が実現しているのは、直径数十μm(1μm:100万分の1m)という非常に狭い領域で、試料はこれより小さくなります。そのような微小試料をどのように解析すればよいのでしょう?そこで活躍するのがSPring-8のX線です。
試料が小さいために、従来の装置で発生するX線では十分な解析ができませんでした。SPring-8で得られるX線は、強力かつ高密度で、さらに高圧高温条件を保ったまま、その場で試料の結晶構造を解析できるという大きな強みをもっています。
 「ごく最近まで、高圧実験は100万気圧くらいで何十年も立ち止まっていました。たとえそれ以上の高圧が出せたとしても、試料を解析する技術がなかったのです。SPring-8をはじめとする大型放射光施設が世界的に充実してきたことで、研究者たちがより高圧を実現させようと頑張るようになったことが、近年の急速な進歩につながったのだと思います」

図2.てのひらに乗るほどの大きさの高圧装置・ダイヤモンドアンビルセル(写真左)。

図2.てのひらに乗るほどの大きさの高圧装置・ダイヤモンドアンビルセル(写真左)。

その中心部(写真右)には、ブリリアントカットされ先端部を少し切り落としたダイヤモンドが装着されており、先端部に試料を挟んで2つの容器を合わせてネジを締めると極めて高い圧力がかかる。

地球コアの結晶構造が明らかに

 地球中心部までの実験を可能にした廣瀬教授たちは、今、コアの解明に取り組んでいます。コアは鉄を主成分とし、固体の内部コア(内核)と液体の外部コア(外核)に分かれています。地球の形成過程において、初期のコアはすべて液体でしたが、冷却によってある時点からコアの結晶化が始まり、固体の内部コアが出現したと考えられています。
 液体を超高圧高温下で調べる技術はまだ十分ではないので、廣瀬教授たちはまず固体である内部コアを調べることにしました。内部コアは、極方向を通る波と、赤道方向を通る波の速度がかなり異なっていることが地震波の観測から知られており、これを「地震学的異方性」といいます。異方性が観測されるということは、一般的に、結晶がある方向に揃って並んでいて、そこに何らかの流れが存在していることを示します。内部コアのダイナミクス(動き)は、内部コアの誕生・成長、ひいては地球磁場の生成にも関わると考えられており、内部コアにどのような流れがあるかは、研究者たちの大きな関心事です。これを明らかにするにはまだハードルがありますが、まずやるべきことは内部コアの鉄の結晶構造を決定することです。
 内部コアの鉄の結晶構造については、1950年頃からさまざまな構造が提案されてきました(図3)。しかし、金属鉄は、実験中に酸化したり空気中の湿気がついたりして結晶構造が変わりやすいため、固体でも実験が難しく、また、超高圧高温状態を実現できなかったことなどから、確かな結論は出ていませんでした。今回、廣瀬教授らは、世界で初めて内部コアの環境下で実験し、内部コアの鉄の結晶構造が「六方最密充填構造」と呼ばれるものであることを突き止めました。この結果から、内部コアでは、図3に示す六方最密充填構造の鉄が、地球の回転軸に対して平行に並んでいることがわかりました。
 「今後は、結晶が配列するメカニズムをさらに詳しく調べて、内部コアの成長やダイナミクスの解明を進めていく予定です。また、内部コアに含まれるとされるニッケルや軽元素が密度や地震波速度に与える影響を調べて、内部コアの化学組成を決定し、その情報を使って、外部コアの化学組成の決定にも取り組んでいこうと考えています」

図3.これまでに提案された鉄の結晶構造

図3.これまでに提案された鉄の結晶構造

内部コアでは、左に示す六方最密充填構造の黄色の縦の辺が地球の回転軸に平行になるように並んでいると考えられます。

コラム:成績が悪くて地質学に

コラム:廣瀬教授 地球科学の重要な成果を次々とあげている廣瀬教授ですが、東大駒場の学生時代は、意外にも成績が悪かったそうです。「3年生から専門の学科に分かれるのですが、成績が悪く、理学部で行けるのは数学か地質学しかありませんでした。父が数学者だったので、数学はあり得ないと思って(笑)。選択肢は地質学以外になかったわけです」と廣瀬教授。でも、昔から旅行が好きで、地質には興味をもっていたそうです。「地質に進学して、恩師や先輩に恵まれました。今考えると、地質に行って本当によかったです」

用語解説

*1 マントルとマグマ
混同されがちですが、マントルは固体の岩石で、マグマは液体です。温度の上昇や圧力の低下で、岩石(マントル)の一部が溶けてマグマになります。地表付近ではマグマはまわりの岩石より比重が軽いので、浮力を受けて地表近くまで上昇してマグマだまりをつくり、そこで冷え固まって深成岩になったり、地表に噴出して火山を形成したりします。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 秦 千里


この記事は、東京工業大学大学院理工学研究科の廣瀬敬教授にインタビューをして構成しました。

SPring-8 Flash

SPring-8を使った研究の受賞情報!

第101回(平成23年)日本学士院賞

 日本学士院(文部科学省に設置された機関)は、学術上特にすぐれた論文、著書その他の研究業績に対して、恩賜賞、日本学士院賞などの授賞を行っています。過去の受賞者には、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹、朝永振一郎、福井謙一、江崎玲於奈、小柴昌俊、野依良治などがおられます。

受賞者:廣瀬 敬 東京工業大学大学院 理工学研究科 地球惑星科学専攻 教授
研究題目:「マントル最深部の物質とダイナミクスに関する研究」

廣瀬教授 廣瀬敬教授は超高圧高温の発生に関する技術開発を進めるとともに、SPring-8の高輝度X線を用いた回折実験によって、超高圧高温下における地球深部物質の構造解析を行ってきました。そして地球のマントル最深部に相当する圧力・温度下において、マントル下部の主要鉱物MgSiO3ペロフスカイト相がより密度の大きなポストペロフスカイト相に相転移することを発見しました。この発見は、1974年のペロフスカイト相発見以来のマントル物質に関する重要な発見です。そして、マントル最下部にこのポストペロフスカイト相を主とする層が存在し、それがマントル対流に重要な役割を果たしていることを示しました。さらに、同教授は共同研究者らとともに、ポストペロフスカイト相の地震波伝播特性および電気伝導度を決定し、それによってマントル最下部付近の地震波速度異常の問題を解決するとともに、地球自転速度の変動や自転軸のゆらぎも説明できることを示しました。これらの研究により同教授は近年のマントルの研究を大きく進展させました。  これらの業績が高く評価され、今回の受賞となりました。授賞式は2011年6月20日に日本学士院にて行われました。 (広報室)

平成23年度日本希土類学会奨励賞(足立賞)

足立賞設置者の足立吟也先生(大阪大学名誉教授・元日本希土類学会会長;左)と長谷川教授
足立賞設置者の足立吟也先生(大阪大学名誉教授・元日本希土類学会会長;左)と長谷川教授

 日本希土類学会は、希土類(レアアース)元素に関するすぐれた研究を行った若手研究者に対して、日本希土類学会奨励賞(足立賞)を授与しています。

受賞者:長谷川 美貴 青山学院大学 理工学部 化学・生命科学科 教授
研究題目:「希土類錯体の分子内・分子間の構造とエネルギー状態の相関に関わる光化学研究」

 レアアースは、レーザーのような単色の発光を示すことが知られている元素群です。長谷川教授は、このレアアースに有機分子を結合させた錯体を用い、有機分子からレアアースへのエネルギー移動を起こさせる原理を定量化し、偏光発光を示す分子性超薄膜材料を開発しました。SPring-8の放射光を用いてこの分子性超薄膜の構造を解析し、偏光性の発光を促す構造体の仕組みを明らかにしました。このように長谷川教授は、レアアースの発光に焦点をあて、錯体化学と光化学の境界領域を切り拓くことで、溶液や高分子などソフトな状態の機能性材料開発へのレアアースの可能性を示唆する結果を示しました。授賞式は2011年5月12日に東京のタワーホール船堀にて行われました。 (広報室)

平成23年度科学技術分野の文部科学大臣表彰

 文部科学省では、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者について、その功績を讃えることにより、科学技術に携わる者の意欲の向上を図り、もって我が国の科学技術水準の向上に寄与することを目的とする科学技術分野の文部科学大臣表彰を定めています。顕著な功績をあげた者を対象とした科学技術賞、高度な研究開発能力を有する若手研究者を対象とした若手科学者賞などがあります。平成23年度においても、SPring-8を利用した研究により、下記の通り多数の研究者が受賞しました。

受賞部門 受賞者(所属) 業績
科学技術賞(研究部門) 亀川厚則(東北大学・准教授) 材料における水素利用技術に関する研究
北川 進(京都大学・教授) 金属錯体系多孔性物質の創製と機能開発に関する研究
若手科学者賞 北浦 良(名古屋大学・准教授) ナノ空間を利用した物質科学の開拓の研究
高橋幸生(大阪大学・准教授) コヒーレントX線散乱イメージング技術の開発と応用の研究
西堀英治(名古屋大学・准教授) 放射光X線を用いた結晶構造解析の研究
深井周也(東京大学・准教授) X線結晶構造解析による細胞シグナリング複合体の研究
矢貝史樹(千葉大学・准教授) 高度に組織化された機能性色素集合体の構造と機能研究

行事報告

2011年度(第19回)SPring-8施設公開

 科学技術週間にちなんだ毎年恒例のSPring-8施設公開を、今年も4月30日(土)に開催しました。ゴールデンウィークであり、また天気に恵まれたことも手伝ってか、4,497名の方にご来場いただき、入場者数の記録更新となりました。
 今年は、X線自由電子レーザー施設(SACLA)の実験研究棟が初めて公開され、人気を集めました。また、科学講演会では「環境と放射光:レアアースから黄砂まで」、「赤ん坊が息をはじめるとき」、「はやぶさ計画とサンプルの初期分析:放射光を用いた非破壊分析」、「ナノ空間ですすめる空気の錬金術」のタイトルで4人の先生方にお話いただきました。開演前から受付に長蛇の列ができ、講演会では皆様熱心に耳を傾け、数々のご質問をいただくなど、科学への関心の高さが見受けられました。加速器や実験ホールの見学ツアーでは受付を開始してまもなく整理券がなくなり、急遽ツアー数を増やすという対応をとったほどでした。3D万華鏡などの工作教室においては、小中学生を中心にご参加いただき、その際の参加者の目の輝きがとても印象的でした。その他、地元の三日月郵便局が記念小型印(消印)を提供するコーナーもありましたが、こちらも多数の方にご利用いただきました。
 来年もこのSPring-8施設公開への皆様のご来場をお待ちいたしております。 (広報室)
施設公開1施設公開2

お知らせ

『研究者インタビュー』動画に東京大学の相田卓三先生が登場!

光のひろば SPring-8 ホームページ一般向けコンテンツ『光のひろば』内の<研究者インタビュー>をご存知ですか?SPring-8を利用して最先端の成果をあげている研究者の皆さんにスポットをあて、研究に対する思いを交えながら研究内容を教えていただくコーナーです。
 今回は、新物質を次々と世に送り出されている、東京大学の相田卓三先生にお話しを伺ってきました。
 なお、次回は8月公開予定です(その後も約2か月毎に公開予定)。お楽しみに!
 光のひろば:研究者インタビュー

最終変更日 2019-11-21 17:16