SPring-8 NEWS 89号(2016.11月号)
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地球の内核はいつ出来たのか?その起源をSPring-8 で解明
皆さんが住んでいる地球。この地球は大気と水が存在する惑星で、私たちを含めた多くの生物が存在しています。約46億年前に隕石が集まり、原始地球が形成されたと考えられています。現在の地球の直径は12,742 km(半径6,371 km)であり、主に地表から地殻(約0~40 km)・マントル(約40~2,900 km)・外核( 約2,900~5,200 km)・内核( 約5,200 ~6,371 km)の四つの領域で構成されています(図1)。私たちが住んでいる地表は約30 ℃(≒300 K*1)くらいの温度ですが、マントルで1,000~4,000 K、外核・内核においては4,000~6,000 Kと非常に高温な状態です。この温度差が生物には非常に重要で、温度差があるために地球内部で対流が起こり、その対流が地球磁場を発生させる原因とされています。この地球磁場によって生物に有害である太陽風がシャットアウトされ、地表で多くの生物が活動できているのです。
対流が起こるのであれば、地球内部は液体状であるはずですが、内核は高温下でありながら、主に鉄を主成分とする固体であり、現在では外核における対流が地球磁場をつくるエネルギーとなっていると考えられています。地球の形成過程初期には、核は全部液体でしたが、冷却によって“ある時点”から結晶化が始まり、固体の内核が出現したと考えられています。地球磁場は約42億年前に作り出されたと言われ、内核の存在が地球磁場に影響を与えるのかどうかを知るためには、内核が何年前に誕生したのかを知る必要があります。今までの研究結果では、内核の形成時期は約30億年前と言われていました。しかし、東京工業大学理学院地球惑星科学系講師の太田健二さんらのグループは、SPring-8の実験結果から内核の誕生年代は今から約7億年前であると導きました。それでは、どのように今回の内核の形成時期の推定ができたのでしょうか。
従来の説より3倍速い結果
物質によって熱の伝わる速度は異なります。この伝熱能力を表す物理量のことを熱伝導率と言います。内核は冷却により形成されたのですから、内核の熱伝導率を直接計測すれば、誕生時期を求めることが理論上は可能です。しかし、現在内核の熱伝導率を直接計測することは不可能です。内核に近い温度と圧力の環境を作って内核の主成分である鉄の熱伝導率を計測して、内核が冷却された時期を推定することしかできません。しかし、鉄などの金属では、熱は自由電子によって伝えられるので、金属の電気伝導率(電子による電気の伝わりやすさ)を計測して、その値を基に熱伝導率を求めることは比較的容易です。すなわち内核を構成する成分を内核と同じ環境に置いて電気伝導率を求めれば、内核の熱伝導率を導き出すことができるのです。
内核の熱伝導率測定は、これまでも様々な試みがなされてきました。しかし、外核の最も浅い部分(4,000 K・135万気圧)の条件でも実験室では再現するのが困難で、もっと低温低圧な条件で得られたデータを外挿*2して推定するしか方法はありませんでした。2000年頃に、この方法で熱伝導率30 W/m/Kという値が得られ、これらの値から内核の誕生時期は約30億年前と推定されました。
その後2012年に、コンピューター・シミュレーションを用いた理論計算で、内核と同じ温度・圧力条件における鉄の熱伝導率が約90 W/m/Kであるという結果が得られました。従来の説の3倍高いということで、内核の冷却速度も3倍速いだろうということになりました。つまり、内核ができたのは30億年よりももっと最近のことだということになります。太田さんはこの頃から、高圧実験の技術を使って、外挿を一切せずに内核の条件で鉄の電気伝導率を測定する研究を始めました。
当時すでにSPring-8では、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル装置*3(図2)を用いて、試料を超高温高圧状態に保持できる技術が確立されていました。ただし超高温高圧状態が実現出来ているのは、ダイヤモンドアンビルセル装置の構造上、直径数10 μm(1 μm:1000分の1 mm)という非常に狭い領域で、試料はこれよりさらに小さくなります。それでも、X線マイクロビームを当てて、この小さな試料の結晶構造を超高温高圧下で解析する技術は確立していました。しかし、もっとも重要な電気伝導率を求めることは出来ていませんでした。そこで太田さんらのグループは、ダイヤモンドアンビルセル装置内部に、収束イオンビーム(FIB)加工装置*4を用いて非常に細かな電気配線を施して、電気伝導率を測定できるようにしました。このようにして内核に近い超高温高圧状態(図3)を実現し、鉄試料へX線マイクロビームを当て、その鉄試料の結晶構造を観測し、内核と同じ構造を持っていることを確認した上で電気伝導率を求めて、熱伝導率を得ることができました。この実験結果はSPring-8のBL10XUにおいて、超高温高圧条件を保ったまま、強力かつ高密度のX線を用いて、鉄試料の結晶構造を解析できたからこそ得られたものです。
これらの結果により得られた内核の熱伝導率は、コンピューター・シミュレーションによる結果を支持する約90 W/m/Kでした。この値から、内核の形成時期は約7億年前であると推定されました。これは地球の歴史や、その上にいる生物の歴史を考える上で大きな発見であり、「地球史」を再検討することが必要になっています。
さらに深部に迫る
今回の実験では鉄を試料として使いましたが、実際の内核には鉄のほかにニッケルも含まれています。さらに、鉄やニッケルよりも圧倒的に軽い元素である水素、炭素、酸素、硫黄、ケイ素の五つの元素すべて、もしくはこれらのうちのどれかも内核に存在すると考えられています。鉄に少量の物質を入れると、その物質が電子の運動を阻害するので、電気伝導率も熱伝導率も必ず下がります。「そうした元素と鉄の合金でも、SPring-8を利用して電気伝導率を求めていきたいですね」と太田さんは言います。地球の起源を求める研究がSPring-8を用いて着実に進んでいるのです。
*1 ケルビン(K)
温度の単位。0 ℃ =273.15 K
*2 外挿
既知の数値データを基にして、そのデータの範囲外で予想される数値を求めること。
*3 ダイヤモンドアンビルセル装置
ダイヤモンドを用いた小型の高圧装置。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられている。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて二つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高圧を発生させる。ダイヤモンドの先端のサイズを小さくすることで、地球中心部に相当する圧力(約360万気圧)の発生が可能。
*4 収束イオンビーム(FIB)加工装置
ガリウムイオンを電界で加速したビームを数ナノメートルまで細く絞り、微細加工、蒸着、観察などを行う装置。
現物を必ず見て理解を深める
大学の教育プログラムで“巡検”というものがあり、その一環で太田さんは国内外に学部生を引率しています。海外はハワイ諸島の火山や、米国西海岸のグランド・キャニオンなどで、国内は丹沢山地などです。これはスケールの大きな地質現象を間近に体験してもらうのが目的で、丹沢山地では、プレート同士が衝突している断層などを見ることができます。本州の東日本は北米プレート、西日本はユーラシアプレートに乗っていますが、伊豆半島だけはフィリピン海プレートに乗っています。丹沢山地では、フィリピン海プレートと北米プレートがぶつかり合っている境界があるのです。巡検ではその境界を見つけて、さらにフィリピン海プレートが何度の角度で日本列島に沈み込んでいるのかを実際に計測して、学生の理解を深めています。「現物」を見ないと、地球のことをきちんと理解できないというポリシーが太田さんを含め受け継がれています。
グランド・キャニオンを背景に太田さん
文:日経BPコンサルティング 熊谷勇一
この記事は、東京工業大学理学院地球惑星科学系の太田健二講師にインタビューして構成しました。
高温高圧極限環境下におけるX線回折
「研究成果・トピックス」で紹介された研究は、BL10XU(高圧構造物性ステーション)で実施されました。BL10XUでは、 ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置(Diamond AnvilCell:DAC)と高輝度な高エネルギー単色X線を組み合わせた高圧 X線回折実験を行っています。高圧X線回折は、物理・化学・材料科学・地球惑星科学など多岐にわたる研究分野で活用されてい ますが、ここで紹介した研究は、高温高圧の世界である地球中心核を実験的に模擬し、極限状態における鉄の結晶構造と電気伝導・熱伝導率を同時測定することにより地球内核の進化を解明しようとしています。地球中心核に相当するマルチメガバールの圧力領域に至る極限条件での試料サイズは15 μm程度と非常に微小で、さらに超高温が発生している局所領域をピンポイントで調べるためには、SPring-8の高輝度な高エネルギーX線利用が不可欠です。実験に用いた装置は、高強度・高エネルギー単色X線マイクロビームが形成可能なX線集光光学系と精密な高圧X線回折計システム、5,000 K以上の超高温発生が可能な近赤外線レーザーを利用した両面加熱レーザーシステムから構成されています(図1)。BL10XUでは、地球や惑星深部の構造、物性、化学組成、ダイナミクスを解明するための高温高圧その場X線回折だけでなく、自然界にはない低温・高圧状態の中で作り出される新しい現象の起源(例えば、超高圧力下で発現する超伝導機構)を明らかにするため、冷凍機を利用した低温高圧精密X線結晶構造解析も実施されています。
SPring-8の利用事例や相談窓口については、こちらをご覧ください。
第4回:奈良女子大学 矢田さん
今回は奈良女子の矢田さんです。
Q.SPring-8でどのような研究をしていますか?
A.洗剤や化粧品に使用されている界面活性剤について、様々な角度から研究を行っています。その中で、新しい構造をもつ界面活性剤を自ら分子設計・合成し、水溶液中で形成する分子集合体のナノ構造についてSPring-8のBL40B2に設置のX線小角散乱装置を用いて調べています。
Q.どのような経緯で現在の研究室を選んだのですか?
A.高校から化学や物理が得意で、大学ではその中でさらに幅広い選択肢のある“化学”の道に進みました。その後「日々の生活に必要不可欠な製品開発につながる基礎研究がしたい」と思い、界面活性剤を扱う研究室を選びました。
Q.将来は“どのような”研究をしたいですか?
A.基礎研究と企業の応用研究を繋ぐ架け橋となるような研究がしたいです。そのためには多くの実験に関する知識や経験が必要と考えています。今後はそれら経験を積むことで、自分のものにできるよう研究に励んでいきたいと思っています。
Q.SPring-8の第一印象は?
A.こんな山奥に、こんな巨大な世界最先端の実験施設があるなんて!とただただ驚きました。
研究室初の博士課程進学者として、後輩の学生さんたちへの心遣いもインタビューでは見られました。その心遣いが素晴らしい研究成果を生むことを期待しています。
「第13回SPring-8産業利用報告会が開催されました」
9月7日(水)・8日(木)の2日間にわたり、神戸の兵庫県民会館にて、“第13回SPring-8産業利用報告会”が開催されました。
SPring-8産業利用報告会は、SPring-8のビームライン(BL)における産業利用成果発表を通じて、産業界における放射光の有用性を紹介するとともに、産業界ユーザーの相互交流を目的として、平成16年より開催されています。現在はJASRI(共用BL)、産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム)、兵庫県(兵庫県BL・NewSUBARU)、豊田中央研究所(豊田BL)が合同で報告会を行う形式としており、今年度はひょうごSPring-8賞の表彰式・受賞記念講演も行われ、248名の方が参加され、盛会のうちに終了いたしました。
各BLにおける報告は、SPring-8を用いた新しい計測法に関する先端的研究に関するものもあれば、製品につながる応用研究に関するものも多数あり、出席者も産官学と様々で、まさに“垣根を越えた”交流・発表となっているのがこの会の大きな特徴です。
来年(平成29年)度は、8月末頃、関東地区での開催を予定しています。