大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8 NEWS 97号(2019.1月号)

目次

研究成果 · トピックス
月の地下に水資源の可能性?
~SPring-8で月隕石を視る~
 

実験技術紹介 利用者のみなさまへ
BL10XU(高圧構造物性ステーション)

SPring-8で学ぶ学生たち
第12回:山形大学 長崎さん

行事報告
SPring-8先端利用技術ワークショップ

 
moon water resource potential

 

研究成果 · トピックス

月の地下に水資源の可能性? ~SPring-8で月隕石を視る~

 地球から38.8万kmの彼方に存在する月は、自転しながら地球の周りを27.32日周期で公転する衛星です。その大きさは地球の直径の約4分の1、また重力は6分の1のため空気を地表に留めることができず、 大気はほとんどありません。今までアポロ計画*1で得た月の岩石試料 (アポロ試料) からは水の痕跡がほとんど検出されず、月には水が存在しないと考えられていました。しかし、ここ10年余りの間に、各国で月の衛星探査や試料分析が活発に行われるようになり、状況は一変しました。
 「米国の“エルクロス”やインドの“チャンドラヤーン”などの人工衛星探査機によって、低い温度環境の月極域や隕石・彗星が落下したクレーターと呼ばれる地点、火山活動が活発だった地帯などに、水の痕跡を示す観測データが得られたのです。しかし、これらは上空から観測した月表面のデータに過ぎず、地下の情報までは明らかにされていませんでした」そう説明するのは、東北大学学際科学フロンティア研究所・理学研究科助教、鹿山雅裕さんです。鹿山さんは、アポロ試料以外の物質で、水の痕跡に関して未だ調査されていない月隕石に注目し、「将来の月探査に役立つデータや未知の物質の発見が得られるのでは」と、研究を続けています。「以前から月隕石に注目していました。月隕石は、彗星や小惑星の衝突によって月表面から深い領域までの岩石が剥離されて、地球に落下したものです。それらをアポロ試料と比較すれば、その隕石が月の表面のものか、地下のものかは一目瞭然ですし、月隕石を調べることで地下の水の痕跡を探れるのではと考えたのです」と鹿山さんは語ります。

月隕石 “NWA2727” からモガナイトを発見

 鹿山さんは、13種類の月隕石を選定し、電子顕微鏡とレーザーラマン分光装置*2を用いて化学組成や鉱物の種類を調べました。「その結果、2005年にアフリカ北西部の砂漠地帯で発見された月隕石 “NWA2727” から水が関与してできる “モガナイト” を検出したのです(図1)(図2)」。

図1

図1 月隕石NWA2727


図2

図2 A:電子顕微鏡写真。暗い部分がSiO2からなる鉱物。
B:ラマン分光計によるイメージング。赤色の部分にモガナイトが濃集している。

 モガナイトは二酸化ケイ素 (SiO2) を主成分とする鉱物 (石英と化学組成は同じだが、結晶構造が異なる親戚のようなもの) で、地球上で珍しいものではありません。しかし、これまでの地質調査や合成実験のデータから、モガナイトの生成には大量のアルカリ性の水が不可欠であり、しかも地下深くの高い圧力条件が必要なことが判明していました。そのため、モガナイトは水に富む地球以外の天体には存在しないと考えられていたのです。「13種類の月隕石を分析すると、 NWA2727が衝突の影響を特に色濃く受けており、しかも、地下の深いところでしか生成されないモガナイトが、衝突の影響で一部別の鉱物に変化していることが分かりました。NWA2727を発見したのは砂漠上です。また、モガナイトの生成には地球の表面の100倍もの気圧が必要ですが、砂漠上は地表であり1気圧。 NWA2727のモガナイトが地球で生成されたものではないことは明らかでした」 と鹿山さんは語ります。「月隕石にモガナイトが検出された」 ということは、月の地下に水が存在していたことを意味します。さらに、太陽光が届かず低い温度環境の地下では水は氷として埋蔵され、シミュレーションによると現在も残存している可能性も示唆されます。
 鹿山さんがモガナイトを生成するために必要な水量を計算したところ、ケイ酸水溶液がpH9.5~10.5、90 ℃~126 ℃の条件で、1 ㎥の月の岩石当たり18.8 ℓ以上になることが分かりました。仮にこの量の水が地下に眠っているのであれば、人類が今後月で利用できる水資源の確保に期待できることになります。

SPring-8で月隕石の微小鉱物を検証

 電子顕微鏡や分光装置のデータによって月隕石NWA 2727にモガナイトが存在する可能性は示されました。しかし、モガナイトは1000分の1 mm(1 µm)もの微小で、石英と混ざり合って区別がつきにくい鉱物です。1 µmレベルの未知の物質の構造を特定するためには、通常の実験室にある従来型のX線装置の輝度では不十分でした。「1 µmの試料を正確に分析するにはSPring-8の高輝度なX線を用いる放射光X線回折分析が必要なのは自明でした」と、鹿山さんは、 SPring-8のBL10XUの放射光X線回折装置および電子顕微鏡を使った微小部分析*3を行うことにしたのです。鹿山さんは分析の試料準備に苦労し、約5ヵ月を要したと言います。NWA2727には様々な鉱物の粒子があり、数µmの大きさのモガナイトを含む粒子もいくつか存在しています。「まず、それらの粒子の中から、分光分析と電子顕微鏡を用いて、月での衝突の影響が比較的少なく、かつモガナイトを多く含む試料を選定しなくてはなりませんでした。衝突により月隕石のモガナイトの多くが喪失しており、モガナイトを77%含んだ好条件の試料はたった3粒。それをX線回折分析できるように集束イオンビーム加工装置*4で切り出しました」 と鹿山さんは続けます。
「モガナイトは非常に微小です。モガナイトを含む10 µmほどの大きさの試料をビームに合わせる針の先端につけないといけません。貴重な試料をなくすまいと、手が震えました」。
 今回、電子顕微鏡とレーザーラマン分光装置の結果からは微小なモガナイトと思われていた部分が、まさにモガナイトであることがSPring-8のX線回折で証明されました。地球外物質でモガナイトを見たのはこれが初めてのことです。

月への水の供給プロセス

 月の水は、水に富む小惑星や彗星の衝突、太陽風*5、そして月内部からの火山ガスによるものと考えれますが、鹿山さんは“NWA2727”のモガナイトを生成した水は、月に衝突した小惑星によってもたらされたと考えています (図3)。「27億年前以降に、水と炭素に富む小惑星(炭素質コンドライトという隕石の母体となる天体)が月のプロセラルム盆地*6に衝突したことで、盆地の表面から内部地下にアルカリ性の水が供給され、表面の水は太陽光によって蒸発しモガナイトを生成したのではないでしょうか。さらに、地下やクレーターの影は非常に低温なので、氷として残存していると考えられます (図4)」 と鹿山さんはプロセスを説明します。

図3

図3 月への水の供給とモガナイトの沈殿の概念図
M. Sasaoka(SASAMI-GEO-SCIENCE)氏の図を基に改変・加筆


図4

図4 太陽光で熱せられて水は蒸発し、モガナイトを生成する。低温の地下では氷として残存する可能性がある。

月の水の発見による未来への可能性

 現在、各国での月の探査計画の中でも、月の極域探査が注目されています。これまでの観測データやシミュレーションから、月の南極の表面から地下に氷が多く存在する可能性が高いと言われており、仮に予測通りの量があれば、月での居住や有人探査をする上で貴重な資源となり、水を地球から運ぶコストも削減できます。また、月の水は飲料水としてだけでなく、呼吸用の酸素にも使えますし、氷を回収して水素ガスに変え、地球への帰途や火星への飛行のための燃料を賄える可能性があり、今後の探査も活発になるでしょう。
 鹿山さんは、今後も月の研究を続けたいと考えています。「例えば、月の影は-100 ℃。太陽光の当たらないクレーター内部の永久影では-250 ℃という計算もあります。-250 ℃の環境で月の岩石に含まれる氷を分析しても、そのデータと私たちが持つ氷のデータとは整合しない可能性があるので、月極域環境を実際に実験室で再現して分析したいと考えています」と鹿山さん。「月のどこにどれだけの水があるのかによって、ジャイアント・インパクト説*7も覆されるかもしれません。日本においては、インドの協力のもと、ローバーで月の水を観測するSELENE-R(月極域探査ミッション)のプロジェクト化が検討されており、私もコアメンバーとして誘われています。これからもアポロ試料や未確認の試料分析を通して、様々なミッション推進に貢献したいと思います」。
 鹿山さんの研究に終わりはありません。


用語解説   line
 

*1 アポロ計画
1961年から1972年にかけて実施された、NASA(アメリカ航空宇宙局)による月への有人宇宙飛行計画。

*2 レーザーラマン分光装置
試料にレーザーを照射して、発生したラマン散乱光から物質の種類や状態を調べる装置。

*3 微小部分析
マイクロメートルからナノメートルのスケールで物質の化学組成や結晶構造を決定できる手法。

*4 集束イオンビーム加工装置
イオンビームを照射することで、試料を切り出す装置。

*5 太陽風
太陽から吹き出す高温で電離した粒子。主成分は水素ガス。

*6 プロセラルム盆地
月の表面にある直径3,000 ㎞もの巨大な盆地。日本ではウサギが餅をついている様子に例えられている。

*7 ジャイアント・インパクト説
月の化学組成や酸素同位体比が地球と類似していることから、現在最も有力な月の起源説。地球誕生の直後に巨大な天体ティアの衝突により、その破片が集積して月を形成したとされている。2017年からは複数回の衝突によって月が形成されたとするマルチ・インパクト説も登場している。



コラム

面白いと思ったことを妥協せず、やり通す

「実は、高校時代の化学の先生がアポロ試料を分析した方で、よく月に関する話を聞いていました」と鹿山さんは月に興味を持ち、今日まで情熱を注いできました。今回の論文を5年もの歳月をかけて完成させた今、鹿山さんはこう振り返ります。「この世にあるモガナイトに関する論文はすべて読んだかもしれません。研究は小さなことの積み重ねです。面白いと思ったことを妥協せず、やり通すことの大切さを実感しました」。
 最近、鹿山さんは道で迷子になったネコを保護して飼い始めたと言います。「ネコと暮らすようになってから、論文がうまく進み、月探査に関するミッションのコアメンバーに誘われるようになりました。ネコが幸運をもたらしてくれたと思って、可愛がっています」。鹿山さんの夢はこれからも研究を通して実らせていくことでしょう。

鹿山さんと愛猫“おやゆび”ちゃん

鹿山さんと愛猫“おやゆび”ちゃん

文:ダリコーポレーション 大内 佳陽


この記事は、東北大学大学院 理学研究科 地学専攻/東北大学 学際科学フロンティア研究所 新領域創成研究部の鹿山 雅裕 (かやま まさひろ) 助教にインタビューして構成しました。


実験技術紹介 利用者のみなさまへ

BL10XU(高圧構造物性ステーション)

 「研究成果・トピックス」で紹介された研究は、BL10XU(高圧構造物性ステーション)で実施されました。 BL10XUは、真空封止型短周期アンジュレータを光源とする硬X線ビームラインで、ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置(Diamond Anvil Cell: DAC)を用いた高圧X線回折実験(図A)による構造物性研究が実施されています。
 このビームラインは、高エネルギー単色X線を大強度で10 µm以下まで集光する技術を持ちます。形成されるX線マイクロビームは、DAC高圧実験で測定対象となる数µmから100 µmレベルの微小試料のX線回折に不可欠な分析プローブとなります。ここで紹介した研究では、貴重な月隕石中に含まれる1 µm程度の非常に細かなモガナイトと呼ばれる鉱物の存在を確かめるために、入射X線エネルギー30 keVでの大強度マイクロビームが利用されました。
 実験に用いられた装置は、二次元集光可能なX線屈折レンズ光学系と、高精度で位置決めするための精密X線回折計です。X線屈折レンズは、凸型の可視光用レンズとは異なり凹型としています。これはX線に対する屈折率が1より小さいためです。1枚のレンズでは屈折角が小さいため焦点距離は長くなりますが、複数並べることにより焦点距離を短くし、空間の制限された実験ハッチにおいても効率的・効果的にX線の集光が可能になります。図Bは、2017年よりBL10XUに設置されている“高エネルギー単色X線集光用SU8製屈折レンズ”で、30 keVの入射X線エネルギーに最適化され、合計88枚の集光レンズにより、1 µm以下の高エネルギーX線集光ビーム形成に成功しています。精密X線回折計は集束イオンビーム(Focused Ion Beam: FIB)加工装置によって10 µmサイズに切り出された微小な月隕石を高精度で位置決めするために用いられました。
 これらの最先端の計測技術によって、DACを用いた高温高圧・低温高圧の極限環境下での微小試料の結晶構造の解明をはじめ、サブミクロンサイズの極微小結晶やミクロンサイズの微小領域を分析対象とすることが可能となっています。

【論文情報】
Masahiro Kayama et al., Discovery of moganite in a lunar meteorite as a trace of H2O ice in the Moon’s regolith. Science Advances Vol.4(5), (2018).

高圧X線回折計システム

図A 高圧X線回折計システム

高エネルギー単色X線集光用SU8製複合屈折レンズ

図B 高エネルギー単色X線集光用SU8製複合屈折レンズ


   SPring-8の利用事例や相談窓口については、こちらをご覧ください。


SPring-8で学ぶ学生たち

第12回:山形大学 長崎さん

 今回は山形大学 工学部 高分子・有機材料工学科 4年次の長崎さんです。
 2018年9月に開催された「第2回SPring-8 秋の学校」の参加者でした。

Q.現在大学にて“どのような”研究をされていますか?

A.「“わらびもち”のナノスケール構造と粘弾性挙動の相関」を卒論のテーマとし、“わらびもち” にX線を照射しています。“わらびもち” の材料の澱粉は、水が存在している条件下で加熱・撹拌すると、澱粉粒が吸水・膨潤し糊状(一般的にゾル状態)に変化します。これを糊化と言います。私のテーマはその糊化現象を制御することを目的とし、主に小角・広角X線散乱法を用いて、澱粉のナノスケールの構造評価を行っています。

Q.なぜ“理系の学科” を志したのですか?

A.中学生の頃はスポーツに興味があり、理学療法士などの夢がありましたが、一方漠然と宇宙にも興味を持っていて、理系に進むことを決めました。その中で高校時代に材料科学に出会い、特に高分子材料は「今までの材料に代わる材料になる」と考え、現在の学科を志望しました。今後は大学院でさらに澱粉の構造解析を進めたいと考えています。

Q.SPring-8 秋の学校に参加してどうでしたか?

A.参加してみて、企業の方と学生の方が半々だったことに驚きました。もっと学生が多いと思っていました。しかし、同じ興味や研究している参加者と社会人・学生問わず研究や就活のことなど話す機会があり、色々と参考になりました。全日程4日間という濃い時間が、今後の研究に活かせる貴重な時間であったと感じました。

 研究の合間の時間があるときは、よく居合道の稽古をするそうです。「居合道は、常に己と向き合いながら稽古を積み重ねてゆくので、健康増進だけでなく精神鍛錬にも役立ちます」と力強く答えてくれました。研究に必要な心・技・体をバランスよく成長させてゆく長崎さん。今回の出会いも糧にさらなる研究に邁進しそうです。

インタビューに答える長崎さん

インタビューに答える長崎さん


行事  line
 

SPring-8先端利用技術ワークショップ

今年度のSPring-8先端利用技術ワークショップを紹介します。

ワークショップ

詳細についてはSPring-8 ホームページ にてご確認ください。


最終変更日