大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

月と太陽が、播磨科学公園都市の岩盤も伸縮させている

イラスト2

 世界一高輝度の放射光を可能にするために要求される精度を実現できた蓄積リングの性能のよさと、1500mの周長が、直接地球の伸縮を測定した。実運転開始以来ほぼ1年半にわたり30秒毎に記録されてきた“地球伸縮測定器”としての蓄積リングのデータは、地球という“卵”の薄く軟らかい大地の“殻”上に文明を作り上げていることをあらためて私たちに実感させるものである。

イラスト3

 蓄積リングの電子ビームは、水平方向0.4mm、垂直方向0.02mmの微小な断面サイズに絞り、保たれている。放射光の性能を100%発揮するためには、電子にゆるされる“軌道の変動”は、この値より十分小さくなければならない。そのためにSPring-8では、蓄積リングをここ西播磨の三原栗山の中腹を削り取って表出した硬く安定な一枚の岩盤に固定し、すべての電磁石、高周波加速空洞、架台などのリングを構成する装置やそれらの設置に高い精度を実現。稼働中の機器の振動を排除し、電源の安定・リング全体の周りの温度を±1℃以内にコントロールするなど、多くの技術が細心に結集されている。
 こうして実現した高度に安定な電子軌道が、何かの原因でさらに変動する場合を監視し、その原因を探るために、SPring-8ではリング全周288カ所にビーム位置検出器を取り付け、ビーム位置を数㎛の精度で、運転中30秒毎に自動検出している。

 電子は、蓄積リングを一周する間に、放射光を発生して失うエネルギーを高電圧空洞から受取って、一定の軌道を回り続ける。このとき、空洞に加えられる加速電圧のタイミングに合わせてリングを回らないと、電子は安定にエネルギーをもらい続けることができない。
 いま、何かの原因で蓄積リング全体が外側に少しずれ、その機械的リング長が少し増大したとすると、それに合わせて回っていたのでは、一周の時間が少し長くなるので、電子は空洞での加速のタイミングに間に合わなくなってしまう。そこで電子は、もとと同じ周長でリングを回ろうとし、各部分に固定されたビーム位置測定器でみると電子ビーム位置は少し内側に見い出されることになる(また、機械的リングが内側に縮むと、電子ビームは少し外側で見い出されることになる)。リングの周長は1436mであるが、それが0.3㎛ずれただけで、このような電子位置のずれが検出される。

 このような方法で周長の変動を長期にわたって観測して、ほぼ周期的に周長が変動していることが分かった(図1)。この変動は、月と太陽による潮汐力(海水の満干を引き起こす力)が引き起こす地球自身の周期的な変形によって蓄積リングを載せている岩盤が伸縮することによるものである。
 図1(a)は、1998年6月21日から7月2日までの蓄積リングの位置モニター測定記録から導き出されたマシン周長の㎛単位の変化を日付けを横軸として示したものである。図1には、SPring-8のサイト(東経134.5度、北緯34.9度、地球中心からの距離6378.14km)における潮汐力を計算によって求め、それを周長の変化におき直したものを同時に細い赤線(b)で示してある。実測された周期性を持つ変化曲線(a)が理論曲線(b)と非常によく対応していることが分かる。
 このころから起潮力の強弱の周期により、蓄積リングの機械的周長が最も大きいときで約40㎛※、最も小さいときで約20㎛、伸縮していることが分かった。
※この40㎛の機械的周長の伸び(すなわち、SPring-8を載せている岩盤の伸び)は、“このサイトでの地球中心からの距離(約6380km)が15cmほど等法的に大きくなった”ことに対応することが、おおよその計算で求めることができる。また、1,436mのリングで40㎛の伸縮を観測するのは、東京─大阪間の距離(約600km)の変化をほぼ1cmの精度で見分けるのと同じである。

 さらに、図1(a)にはこの起潮力による周長変化のほかに点線(c)で示した部分のように、ほぼ1週間に相当する期間一日当り8㎛程度の単調なリングの伸びが、観測されている。前年11月期の観測時には、ほぼ同じ程度に逆に単調減少する成分が観測されていることから、これは蓄積リングが設置されている岩盤が夏の間の日照量の増大と共に膨張し、冬の間の日照量の減少と共に収縮する、年単位の長周期的変動が見えていると考えられる。運転開始以来ほぼ2年に及ぶ継続的測定が明らかにしつつある、もう一つの姿である。

加速器周長の時間的変動データ(a)と潮汐効果の計算値(b)図1:加速器周長の時間的変動データ(a)と潮汐効果の計算値(b)
図2
※「パリティ」(丸善)14巻4号49項(1999年)
地球

 海の満潮干潮は、月(と太陽)の引力(起潮力)による海水面の上下動です。その作用は、月と太陽の配列が地球に対して一直線のとき最も大きく、直角になった時最も小さくなります。この起潮力の大きさには、月の引力の寄与が太陽の寄与より大きくなり、月に面した地球表面(及びその反対側の地球表面)は、地球中心からの距離が垂直方向に伸びます。
 硬いと思われている地球表面もこの起潮力によって上下変動を繰り返すのです。(これを地球潮汐といいます)。地球は(一日1回)自転しているので、この地表面の変動も一日2回ほぼ周期的に繰り返し起きています。(月の公転により)地表の同一地点で見た月の周回周期が24.9時間と1日より少し長いため、起潮力の寄与の最大と最小のピーク(ほぼ日単位の変化)は、次第に後ろにずれていきます。図1は、そのことをよく表しています。