大型放射光施設 SPring-8

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ナノテクを担うボール型炭素分子、フラーレンの構造を決定する

名古屋大学大学院工学研究科助教授
(財)高輝度光科学研究センター
放射光研究所客員主席研究員
高田 昌樹

フラーレンとは

 今年はサッカーのワールドカップが開催され、日本と韓国の活躍もあり、日本中でサッカーの事が話題になりました。そのサッカーボールと同じ形をした炭素分子が、不思議な事にこの世の中に存在するのです。その分子は1985年11月に米国とイギリスの研究者たちによって発見されました。図1(a)に分子模型の図を示してあります。炭素原子60個が棒で示したように結ばれ、6角形(6員環)と5角形(5員環)を作り、それが張り合わさってボール形の分子を形成しています。この6員環と5員環を張り合わせた球形が、まさにサッカーボールと同じ形なのです。60個の炭素原子からなることで、この分子を炭素の元素記号「C」を用いて「C60」と表記し、6角形と5角形からなる形を使ったドーム建築のデザインで有名な建築家バックミンスター・フラーの名前をもとに、フラーレンと名づけられました。1996年にはC60の発見者のR.E.Smalley,H.W.Kroto,R.F.Curlらにノーベル化学賞が贈られました。その後、この分子のユニークな形から多くの研究が行われ、C70図1(b))をはじめとする炭素原子の数の異なる様々なフラーレン分子や、金属原子と化合させた超伝導物質も創り出されました。それらの仲間であるナノチューブは、日本の飯島澄男博士により発見されています。
 このフラーレンとナノチューブは、今や21世紀の世界を支えるナノテクノロジーのトップランナーとして注目されています。このナノテクノロジーの拠点研究施設であるSPring-8の生み出す高輝度X線を使って、金属原子をフラーレン分子の内部に取り込んだフラーレンの一種である金属内包フラーレン(図1(c))の構造が、世界に先駆けて次々と明らかにされました。

金属内包フラーレンとは

 フラーレン分子は、直径が約1億分の4センチメートルの広い空間が内部にあります。そこに、金属原子を閉じ込めたのが、図1にある金属内包フラーレンです。この金属内包フラーレンは、超伝導等の新しい性質を生み出すことが期待されています。しかし、金属内包フラーレンの分子の構造は1995年まで10年近く、“フラーレン分子の中に本当に金属が内包されているのか?”という根本的な事さえ分かっていませんでした。1995年に私たちはイットリウムという金属原子(Y)が82個の炭素原子からなるフラーレンであるC82に実際に内包されている(YC82がY@C82である:“@:アットマーク”は“内包”を意味する。)様子を放射光X線により直接観察することに初めて成功し、金属内包フラーレンの存在の決定的証拠を世界に初めて示しました。そして、その後、スカンジウム(Sc)、ランタン(La)などの金属を内包したSc@C82、Sc2@C84、Sc3@C82、La@C82、La2@C80、Sc2@C66の構造を次々と明らかにすることに成功しました。

図1

図1 C60 、C70分子及び金属内包フラーレンの分子モデル

炭素原子が丸で表され、その結合を棒で示している。

バラエティーに富む金属内包フラーレンの構造

 原子や分子は、我々に見える可視光線の波長の長さよりもはるかに小さいので、拡大しても目で見ることは出来ません。しかしX線は原子の大きさとほぼ同じ長さの波長を持つ光なので、見る事が出来るのです。すなわち、人間の目は、原子の大きさを測るほど小さな目盛の物差しは持っていませんが、X線の物差しでなら測れます。人間の目で物体を見る様に、X線を使って分子の構造を見るわけですが、人間の目にあるレンズが、X線については作る事が出来ません。よって、見たものを網膜上に映像として再生するためのレンズの代わりにコンピューターの助けを借りて、観測したデータから分子の像を再生します。放射光は、非常に強いX線、すなわち明るい光であるので、複雑な構造も、はっきりと見ることができるのです。
 図23にこれまでに明らかになった金属内包フラーレン達の電子の分布の様子を示します。X線は電子のみを感じるので、再生像では電子が見えるのです。図を見てわかるように、6角形と5角形からなる籠状分子の中に1個〜3個の金属原子が、実際に内包されているのがわかります。図2(a)のSc@C82で不思議に思うのは、Sc金属がフラーレン分子の真ん中ではなく、中心から外れた位置に安定して存在している事です。なぜ中心から外れた位置に金属がいるのか?実は金属原子から、フラーレンの分子へ電子が2個移動して、金属原子がプラスイオン、フラーレンがマイナスイオンになります。このプラスとマイナスの電気的な引力がつりあう位置に、金属原子がいるのです。ですから、炭素原子の数と6角形と5角形の組み合わせが異なるフラーレン分子では、中に内包される金属原子の種類や数が違う事によって、図2にあるように、バラエティーに富んだ構造をもつ事が明らかになりました。特に図3のLa2@C80では、中の金属の様子を示した様に2個のLa原子が超高速でC80分子の6角形の面に沿って運動し、その軌跡が正12面体として見えています。

図2

図2 放射光X 線データによって明らかにされた金属内包フラーレン分子の電子密度

図3

図3 La2@C80の電子密度フラーレンに内包された金属の電子密度を外に描き出してある。

図に模式的に示した様に、フラーレンの中では2個のLa 金属が高速運動により正12面体の電子密度を作り出していた。

これまでの常識を破る新種のフラーレン

 2000年には、これまでの常識を破る金属内包フラーレンの構造が明らかにされました。それまでは、フラーレン分子の構造は、2つ以上の5員環が隣り合わせになる事はないという、「孤立5員環則(Isolated Pentagon Rule:IPR)」というフラーレンの幾何学を考える上で最も基本的な法則に従うとされてきました。実際にサッカーボールを見ても5角形の周りは必ず6角形に囲まれて5角形同士がつながっていません。
 しかし、IPRというこれまで常識とされていた法則を破る物質を創り得ることを、私たちは図4に示したSc2@C66の構造を決めることにより、世界で初めて証明しました。金属原子を内包した部分が大きく変形して5員環がつながった部分が2箇所できているのがわかると思います。この研究成果は、英国科学雑誌Natureに発表され新聞でも報道されました。
 最近では、金属内包フラーレンをナノチューブに詰めこんだ“ピーポッド(さやえんどう)”と呼ばれる全く新しい物質が生み出されています。図5にその電子顕微鏡写真と構造モデルが示してあります。蛙の卵のようにナノチューブの中に金属内包フラーレンが詰まっているのが分かると思います。中に入れる金属内包フラーレンの種類を変えることで電気的性質を変えた、ナノスケールの回路をデザインすることも可能になるでしょう。この様にナノテクノロジーのトップランナーであるフラーレンの構造がSPring-8で次々と明らかにされています。

図4

図4 Sc2@C66の電子密度とその構造モデル図

これまでの常識を破るフラーレンの構造を明らかにした。Nature,408(2000)426

図5

図5 金属内包フラーレンGd @ C82を詰め込んだナノチューブである

ピーポッドの (a) 電子顕微鏡写真と(b)モデル図
(篠原久典教授、飯島澄男教授 提供)