大型放射光施設 SPring-8

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タンパク質のかたちから遺伝子の転写、組換えの本質にせまる ~X線で立体構造を解明~

香川亘* †、胡桃坂仁志* ‡、関根俊一‡§、Dmitry Vassylyev‡§、横山茂之* †‡§
*理化学研究所 横浜研究所 ゲノム科学総合研究センター タンパク質構造・機能研究グループ
東京大学 大学院理学系研究科
理化学研究所 播磨研究所 細胞情報伝達研究室
§理化学研究所 播磨研究所 ストラクチュローム研究グループ

はじめに

 生物の遺伝子はDNA という物質でできており、生物のからだを構成し、生命活動の維持に不可欠なタンパク質を合成するための設計図として機能しています。タンパク質を合成するために、細胞はDNA を鋳型(いがた)にして同じ塩基配列を持ったRNA を合成し、RNA の情報をもとにタンパク質を作ります。この「DNA → RNA →タンパク質」という情報の流れ(遺伝子の発現)はすべての生物に共通のメカニズムであり、生命活動の根幹となるものです。
 また、DNA は細胞内において常に化学的・物理的要因による損傷の危機にさらされています。DNA(遺伝子)はすべてのRNA やタンパク質の設計図ですから、DNA の損傷は細胞の機能の不全、ひいては発癌等の疾患の要因となり得ます。それを防ぐために、細胞はDNA の損傷を修復するメカニズムをあらかじめもっています。近年の構造生物学研究の飛躍的な進展により、生命にとって最も重要なこれら「遺伝子の発現」や「DNA の修復・維持」の機構が、分子の立体構造の側面から解き明かされようとしています。

遺伝子の転写を開始するメカニズムを世界で初めて解明

 DNAを鋳型にしてコピーであるRNA を合成するステップは「転写」と呼ばれ、遺伝子が働き出すための最初の段階として重要です。転写をつかさどる酵素「RNA ポリメラ−ゼ* 」は巨大な分子の工場で、中心となる「コア酵素」と、転写の各ステージ(開始、伸長、終結)において異なる種々の転写因子とによって構成されています。研究グループは、転写の開始の段階に不可欠な転写開始因子を結合した状態のRNA ポリメラーゼ(ホロ酵素)のX線結晶構造解析を行い、立体構造を解明することに世界で初めて成功しました。

RNA ポリメラーゼホロ酵素の立体構造
 細菌のRNA ポリメラーゼのコア酵素は、α2ββ'ωの5 つのサブユニットからなるタンパク質の複合体です。これが転写開始因子である「σ〔シグマ〕サブユニット」を結合し、「ホロ酵素(α2ββ'ωσ)」となることによって、はじめて遺伝子(DNA) 上の特定の塩基配列(プロモーター* )を認識して結合し、転写を開始することができます。研究グループでは、この転写開始に不可欠な最小単位であるRNA ポリメラーゼホロ酵素の結晶を作成し、X線結晶構造解析を行いました。
 SPring-8 の高輝度なシンクロトロン放射光を用いて、2 .6 Å (1 Åは1 0 0 億分の1 メートル)という高分解能のX線回折データを得ることができました。精密に決定されたRNA ポリメラーゼホロ酵素の結晶構造は、全体として「カニのはさみ」のような構造をとっています(表紙図1)。σサブユニットは「N末端側ドメイン」と「C末端側ドメイン」、およびそれらを結ぶ「リンカードメイン」から構成されています(図1)。N末端側およびC末端側ドメインは、それぞれプロモーターの2ヶ所の保存配列を認識して結合するのに都合が良いように、RNA ポリメラーゼの表面に配置されていることが分かりました。さらに、立体構造の解析から、ホロ酵素がプロモーター配列に結合して転写を開始する一連のメカニズムを推測することができました。

図1 RNAポリメラーゼホロ酵素に含まれるσサブユニットの立体構造

図1 RNAポリメラーゼホロ酵素に含まれるσサブユニットの立体構造

今後の展開と応用
 今後研究グループでは、種類の異なる転写因子やDNA、RNA を結合したRNA ポリメラーゼの立体構造解析を行い、転写のメカニズムの全ぼうを明らかにしていく予定です。また、RNA ポリメラーゼはすべての生物の生命活動に必須なタンパク質であるため、抗生物質のターゲットになり得ます。真核生物と原核生物のRNA ポリメラーゼの構造の差異に着目し、病原性細菌を含む原核生物のポリメラーゼにだけ結合する化合物を作ることで、抗生物質として利用できる可能性があります。このように、新たな抗生物質や活性制御物質の創製といった医療への応用を目指した研究も、飛躍的に進展するものと期待されます。

DNA組換え修復のメカニズムの一端を解明

相同DNA 組換え* とゲノムDNA の安定維持
 われわれの細胞の中にあるゲノムDNA は、さまざまな要因によってDNA の二重鎖切断と呼ばれる損傷を受けています。二重鎖切断は相同DNA 組換えによって修復されますが、相同DNA 組換えが欠損しますと、二重鎖切断が修復されずに蓄積し、やがて細胞が癌化します。つまり、相同DNA 組換えは、二重鎖切断を修復することでゲノムDNAの安定維持に寄与し、われわれを癌や遺伝病から守っています。
 相同DNA 組換えの機構では、切断を受けたDNA と同じ塩基配列を持ったDNA を無傷の染色体の中から見つけ出す、「相同的対合反応」が中心的な反応であります。我々は、すでにヒトRad5 2 タンパク質が相同的対合反応を触媒する酵素であることを明らかにしました。そして今回、Rad5 2 の相同的対合ドメインの立体構造をX 線結晶構造解析により決定しました。

Rad52の立体構造
 ヒトRad52 遺伝子からは、全長型Rad52 (418アミノ酸)と短縮型Rad52 (約200 アミノ酸)の2 種類のタンパク質を産生しています。今回、我々は短縮型Rad52 の結晶(0.3 x 0.2 x 0.1 mm程度)を作製し、SPring-8 の理研構造生物学ビームラインI(BL45XU)を用いて、多波長異常分散* (MAD)法により短縮型Rad52 の立体構造を決定しました。
 短縮型Rad52 は11 分子が規則正しく集まったリング構造を形成しておりました(表紙図2, 左)。そして、全長型Rad52 は沈降平衡法により7 量体であることが明らかになりました。そこで、決定した短縮型Rad52 の立体構造を利用して、全長型Rad52 の7 量体モデルを構築しました(表紙図2, 右)。これらの結果は、一つの遺伝子から産生される2 種類のタンパク質が異なる会合体を形成するはじめての事例となります。

DNA結合領域の同定
 短縮型Rad52の下半分には、多数の塩基性アミノ酸が側鎖を突き出している溝が存在することが分かりました。そして部位特異的変異導入法* により、溝の中の塩基性アミノ酸12 箇所について、それぞれアラニンに置換した変異体を作製し、そのDNA 結合能力を調べた結果、これらのアミノ酸の内5 つがDNA 結合に直接関与することが分かりました(図2)。このことから短縮型Rad52 は、溝に側鎖を突き出している塩基性アミノ酸によってDNA と結合し、DNA をリングの外周に巻きつける形で結合して相同的対合反応を行うというモデルを提案しました。

図2 部位特異的に変異を導入したアミノ酸残基およびその変異体のDNA結合活性。

図2 部位特異的に変異を導入したアミノ酸残基およびその変異体のDNA結合活性。

正の電荷を帯びたリングの表面に存在する12種の塩基性および芳香性アミノ酸(左図に側鎖を表示)をそれぞれアラニンに置換した変異体を作製した。変異体のDNA結合活性を調べたところ(下)、矢印で示した5つの変異体がDNA結合能力を失っていた。これらのアミノ酸はすべてDNA結合溝に局在していることが分かった(右)。

今後の展開と応用
 本成果によって、今までベールに包まれていたDNA 組換え修復の分子機構の一端が明らかになりました。ある種の癌細胞においてRad52 における変異が見出されていることから、本成果はDNA組換え修復の欠損による発癌のメカニズムの解明に重要な知見を与えます。また、Rad52 の機能不全を原因とした腫瘍形成に対する薬の創製にもつながると考えられます。

参考文献
D. G. Vassylyev et al., "Crystal structure of a bacterial RNA polymerase holoenzyme at 2.6 A resolution", Nature,417(6890), 712-719 (2002).
W. Kagawa et al., "Crystal structure of the homologouspairing domain from the human Rad52 recombinase in the undecameric form", Mol. Cell,10(2), 359-371 (2002).

用語解説

RNAポリメラーゼ(コア酵素、ホロ酵素)
RNAポリメラーゼ:遺伝子の発現において、DNAの塩基配列を写し取って(転写)、RNAを合成する酵素。細菌では、一種類のRNAポリメラーゼがすべての遺伝子の転写をつかさどっている。(RNAポリメラーゼの)コア酵素:RNAを合成するために最低限必要なタンパク質の複合体。それ自体RNA合成活性をもっているが、プロモーターを認識して転写を開始することはできない。(RNAポリメラーゼの)ホロ酵素:上記のコア酵素に転写開始因子であるσ(シグマ)サブユニットが結合したもの。RNAポリメラーゼはホロ酵素になることによってはじめて、プロモーターを認識して結合し、転写を開始することができる。

プロモーター
遺伝子の上流に存在する特別なDNA塩基配列。原核生物では、合成開始点(+1)から、10残基(-10)と35残基(-35)上流にあるプロモーター領域2ヶ所に、σサブユニットの2つのドメインが認識・結合する。

多波長異常分散法
タンパク質X線結晶構造解析の手法の一つ。X線の波長を選ぶことができる「放射光」を使って、波長に依存した原子のX線散乱強度の変化に基づいて構造を解析する方法。

相同DNA組換え
相同DNA組換え 2分子のDNAの間でおこる組換え反応の内、塩基配列の相同性に依存して行われるものを指す。生体内では、DNAの二重鎖切断を修復することに加え、精子や卵子などの配偶子を形成する過程で必須である。
DNA損傷により二重鎖DNA切断を受けた染色体DNA(茶)が、DNA組換え修復によって無傷の染色体DNA(黒)を鋳型として修復する。

部位特異的変異導入法
遺伝子の特定の部位に変異を導入する方法。それにより、タンパク質の特定のアミノ酸を他のアミノ酸に置換することができる。