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自動車排ガス浄化触媒の自己再生メカニズムを解明する

日本原子力研究所 放射光科学研究センター 西畑 保雄
ダイハツ工業(株) 材料技術部 田中 裕久

1.自動車触媒とは

 ガソリン自動車のエンジンからは窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素(CO)、ガソリンの未燃焼成分である炭化水素(HC)が生成されますが、これらを無害な二酸化炭素、水、窒素、酸素などに変換する役割をもっているのが、自動車触媒です。自動車触媒はふだん目につかない場所に取り付けられているため、うっかりすると見落としてしまうかもしれないですが、排ガスをクリーンにするためには、なくてはならない部品です。車体の床下を見ると、排気口近くにマフラー(消音器)がありますが、その横(前)にあるもうひと回り小さい容器に格納されているのが触媒です。触媒には白金、ロジウム、パラジウムなどの貴金属が多量に含まれています。
 自動車触媒は1970年代に実用化されてから、これまで改良が加えられながら使い続けられてきました。1990年代に入り、全世界的に自動車排ガス規制が強化されてきました。特に、エンジン始動直後からの排ガス浄化が強く求められるようになり、これまで当たり前のように床下に設置されていた触媒ですが、図1に示すようにエンジン直下に搭載できる耐熱性の高い触媒の開発が焦点となってきています(触媒反応にはある程度の温度が必要だから)。
 ところで従来型の触媒は、アルミナなどの比表面積の大きいセラミックスの表面に貴金属がナノメートルサイズで分散されたものです。ところが高温の排気ガスにさらされる中で、貴金属が化学的に安定なセラミックス表面を移動し、貴金属粒子同士がぶつかり、成長する(大きくなる)ことによって、触媒の全表面積が減少するのが劣化の原因でした。従来の考え方では、この貴金属粒成長による活性劣化分を補うために貴金属を大量に投入せざるをえませんでした。

図1:自動車触媒の構成。ガソリンエンジンのマニフォールド(集合管)直下に取り付けられている触媒。

図1:自動車触媒の構成。

ガソリンエンジンのマニフォールド(集合管)直下に取り付けられている触媒。拡大図はハニカム構造の断面の一部で、従来型触媒とインテリジェント触媒を比較している。

2.インテリジェント触媒は夢の触媒

 貴金属を節約し、高い触媒活性を維持するための一つの方法は、触媒をインテリジェント化することです。触媒におけるインテリジェンスとは、触媒の置かれた環境変化を触媒自体が敏感に察知して、自らの構造や機能を変えて、その環境に常に適切な性能を発揮する能力といえます。
 では、排ガス中にはどのような環境変化があるのでしょうか。実は今日のガソリンエンジンは、上述の3種類の有毒ガス成分を同時に無害化するために、空気と燃料の比率(空燃比)を、完全燃焼する割合になるように電子制御されています。その結果として、空気が燃料よりも多い時(酸化雰囲気)と、逆に燃料が空気よりも多い時(還元雰囲気)という、雰囲気中の酸素濃度の変動がどうしても自然に起きてしまいます(毎秒数回、±3%程度のゆらぎ)。いずれかの環境変動が貴金属粒子の成長を防ぐ変化を引き起こすことができれば、それが一種の若返り(自己再生)機能として、触媒活性の維持と耐熱性の向上に結びつくはずです(表紙の概念図を参照)。
 そのような酸化還元雰囲気変動に反応して活性劣化を防ぐことのできるインテリジェント触媒の候補として、これまで自動車触媒としてはあまり注目されていなかったペロブスカイト型酸化物に貴金属を複合させたもの(LaFe0.57Co0.38Pd0.05O3)を合しました。耐久試験の結果、同量の貴金属を用いた従来型触媒が大きく劣化するのに対して、貴金属複合ペロブスカイト型酸化物触媒では劣化がほとんど観測されませんでした。電子顕微鏡では耐久試験後も貴金属粒子のサイズが小さいまま保たれていることが観測されています。そこで放射光を用いて貴金属粒子の成長抑制メカニズムを調べました。

3.排ガス中の貴金属のふるまいに光を当てる

 シンクロトロン放射光を用いた実験では、X線のエネルギーを自由に選ぶことができるのが大きな特徴です。この触媒はわずか数%しか貴金属パラジウムを含んでいませんが、X線のエネルギーをパラジウムの吸収端に合わせることによって、パラジウムの情報を強調して得ることができます。そのような実験手法はいくつかありますが、ここではX線吸収スペクトル(XAFS)の結果を紹介したいと思います。
 図2にパラジウムのK吸収端のXAFSスペクトルを示しますが、吸収端より高エネルギー側にX線吸収係数の微細構造(変動)が見られます。これはEXAFSと呼ばれ、パラジウムから励起された光電子波と、周囲の原子によって散乱された散乱波の干渉の結果生じているもので、パラジウムの周りの局所的な結晶構造を反映しています。ここで例え話を一つ。池の水面近くにいる魚を想像してみて下さい。この魚は自分の目を信用せず、体を振動させて自分の周囲を知ろうと決意します。水面近くでピチャピチャと飛び跳ねるのに応じて波が周囲に広がります。その波は何かの物体に当たると反射してきて、うまい具合に条件が合うと自分とその物体の間に定在波が立ちます。干渉を起こし、定在波が立つためには散乱波が帰ってくるまで自分も跳ね続けていなければならず、結構タフな作業です。そのうち、魚は定在波の立ち方(自分の位置が定在波の腹になるとか節になるとか)によって、力の入れ具合が少し違うのに気づけば、その条件を系統的に整理し、自分とその物体の間の距離やその物体の大きさなどが分かるというわけです。
 私たちはEXAFS信号をフーリエ変換することにより、パラジウムの周りの動径分布(局所構造)を求めます。図3には酸化、還元、再酸化処理されたペロブスカイト型触媒の動径分布を示します。酸化と還元で大きく分布が変化しているのが分かります(魚もビックリ!)。酸化処理された試料の局所構造はパラジウムがペロブスカイト構造の酸素八面体の中心に位置することを示しています。一方、還元処理された試料では、パラジウムはコバルトと共に合金(面心立方格子)を形成していることを示しています。再酸化のデータにより、この構造変化は酸化還元雰囲気変動に関して可逆であることが分かります。
 他の実験結果も合わせ、ペロブスカイト型触媒の可逆的な構造変化によって、貴金属の粒成長が抑制される様子を図4にまとめてみました。図中の楕円はサブミクロンサイズの貴金属複合ペロブスカイト結晶の粒子を表しています。還元雰囲気中では、せいぜい数ナノメートルの貴金属が析出しますが、再酸化により再びパラジウムはペロブスカイト結晶に固溶するため、貴金属粒子は大きくなれません。

図2:この研究の主要な結論を導く、X線吸収スペクトル(XAFS) の生データ。

図2:この研究の主要な結論を導く、X線吸収スペクトル(XAFS)の生データ。

排ガスの酸素濃度の変動を模擬して酸化、還元、再酸化の処理が行われた。広域X線吸収微細構造(EXAFS)は内部光電効果を利用してX線吸収原子(パラジウム)の周りの局所的な構造情報を引き出す。

図3:EXAFSスペクトルを解析することによって得られたパラジ ウムの周りの構造の変化。

図3:EXAFSスペクトルを解析することによって得られたパラジウムの周りの構造の変化。

酸化雰囲気ではペロブスカイト構造の酸素八面体の中心に位置し、還元雰囲気では面心立方格子を形成する。この変化は可逆である。

図4:酸化還元の雰囲気変動に応じた触媒粒子の変化。

図4:酸化還元の雰囲気変動に応じた触媒粒子の変化。

4.貴金属資源を節約することに成功

 この研究では放射光を利用して、雰囲気変動に対する触媒の構造的応答が触媒活性を維持する原因であることを明らかにすることができました。柔軟性のない構造のままではなく、セラミックスと金属が相互にダイナミックな変化をしていることが、高活性と長寿命の理由であることが大変興味深く感じられます。
 インテリジェント触媒は自動車運転中に自動的に自己再生するため、従来触媒に比べてパラジウムを70〜90%削減しても、より高い性能を発揮できます。そのため組み合わせて使われる白金やロジウムの負荷も減少し、これらの使用量も同時に低減できるようになりました。この触媒はすでに実用化され、2002年10月より新型軽自動車に搭載されています(表紙の写真を参照)。この触媒技術が国際標準になることにより、貴金属が大幅に節約され、将来の自動車以外の多くの内燃機関に対してもクリーン化への扉を開くことが期待されます。
 最後に、この触媒を世界中のガソリン自動車に採用すれば、少なくとも年間110トン以上のパラジウムを節約することが可能と見積もられます。パラジウムの時価をかける計算は読者諸氏ご自身の手で実行していただければ幸いです。


用語解説

パラジウム
白金属の貴金属元素の一つで、自動車排ガス浄化触媒として白金、ロジウムとともに広く利用されています。歯科材料や電子工学分野でも用いられており、最近、自動車用途として急激に使用量が増加して需要過多となっています。

ペロブスカイト型酸化物
ペロブスカイト型酸化物 天然鉱物であるCaTiO3(一般的にABO3と記します)と同じ結晶構造をもつ酸化物で、ロシア人の鉱物学者の名前にちなんで名付けられました。理想型のぺロブスカイトは、単位格子の立方体の中心にA(陽イオン)、頂点にB(陽イオン)、辺の中心にO(陰イオン)が位置している構造です。

広域X線吸収微細構造
各元素特有のイオン化エネルギー(吸収端エネルギー)以上で観測されるX線吸収スペクトルの微細構造はEXAFSと呼ばれ、その原子から励起された光電子が周りの原子により干渉を受ける結果として現れます。これを解析することによりパラジウム原子の周りの局所構造を求めることができます。