クォーク5個から出来ている新しい粒子発見
大阪大学核物理研究センター
教授 中野 貴志
1.クォークとその複合粒子
クォークは、物質を構成する最小の基本粒子で、アップ(u)、ダウン(d)、ストレンジ(s)、チャーム(c)、ボトム(b)、トップ(t)の6種類があります。地球上で安定な粒子は最も軽いuクォークとdクォークだけで構成されていますが、加速器を使えばその他のクォークを実験室で生成することができます。
クォークの最も大きな特徴は、単独では自由に空間を飛びまわれないということです。実験で観測されるのは決まって複数のクォークからなる複合粒子でした。これは、クォークの運動の基礎理論である量子色力学(QCD)によれば、赤、青、緑の色電荷を帯びているクォーク間に働く力は距離に比例して大きくなるからと定性的に説明されています。この説明を受け入れれば、色電荷が“白色”に中和された複合粒子だけが決まった質量を持った粒子として(例え短寿命であったとしても)存在できるということになります。
そのような白色に中和されたクォークの複合粒子をハドロンと呼んでいます。ハドロンには、3個のクォーク(qqq)からなるバリオンとクォーク・反クォーク対(qq)からなるメソンがあります。バリオンは3原色の混合により、また、メソンは色とその補色の混合により白色になります。QCDによれば原理的には、その他の構成、例えば、qqqqやqqqqqによる白色の状態が可能なのですが、30年以上に及ぶ探索でも確認されることはなく、4個以上のクォークからなる粒子(エキゾティック粒子)の不在は長らく物理学者を悩ませてきた大きな謎でした。
2.5クォーク粒子Θ+の発見
この長年の謎を解決し、さらにはマルチクォーク物理の扉を開くきっかけともなる発見がSPring-8のレーザー電子光ビームを使った実験で得られました1)。きっかけとなったのは、1997年、ロシアの理論物理学者ジャコノフ(Diakonov)等によって発表された論文です2)。彼らは、2個ずつのuクォークとdクォーク、さらに1個の反ストレンジ(s)クォークからなる5クォーク粒子(Θ+)が1530 MeVの質量を持ち、その崩壊幅(質量のふらつき)が15MeV以下と極めて小さいという予言をしました。私が、この理論的予言を初めて知ったのは、2000年2月にアデレードで行われた国際会議の際にジャコノフと昼食を共にした時です。ジャコノフは、その時点で建設がほぼ終わっていたSPring-8のレーザー電子光ビーム施設(LEPS)でΘ+粒子を探索することを強く勧めました。
しかしながら、2000年12月に始まったLEPSでの実験は、最初から、5クォーク粒子を発見することを目指して行われたわけではありません。高エネルギー光子(γ)を水素標的中の陽子(p)に衝突させファイ(φ)メソンを生成させる反応を研究することを目標にしていました(図1,図2)。生成されたφは、K+K-メソン対にすぐ崩壊します。従って、検出器は、反応の終状態に現れるK±メソンや陽子が効率よく検出できるように設計されました。バックグランドになる軽いπメソン生成反応は、データとして記録されることなくオンラインで除去されます。そのため、陽子を標的とするΘ+生成では最も素直なγp→K0Θ+→π+π-K+n 反応に対しては、検出器の感度が殆ど無かったのです。
レーザー電子光ビームは、3.5 eVの紫外レーザーをSPring-8の8 GeV蓄積ビームに照射し、逆コンプトン散乱させることによって得られるγ線です(図3)。レーザー電子光ビームには、レーザー光を偏光させるだけで高い偏極度の光ビームが得られる等優れた特徴がいくつもありますが、今回最も役に立ったのは、バックグランドとなる光ビーム中の低エネルギー成分が極めて少ないという特徴です。バックグランドの多い通常の光ビーム施設では、ビームを逃がすための穴が検出器にあいていますが、LEPSでは、ビームの正面に検出器が設置してあります(図4)。今回の発見は、水素標的のすぐ下流に設置された検出器の一部のプラスチックシンチレーターに含まれる炭素原子核中の中性子(n)によりγn→K-Θ+→K-K+n 反応が起こっているのではと思いついたことが契機となったのです(表紙図)。前述のように検出器はK+K-メソン対の測定に最適化してあるので、この反応に対する検出効率はすこぶる高いのです。
K+n系のエネルギーと運動量を、始状態のγn系と終状態のK-の測定量の差から求め、関係式(質量)2 =(エネルギー)2 −(運動量)2 を用いてK+n系の不変質量を計算します。Θ+を確認するには、不変質量分布に対応するピークがないか調べれば良いのです。図5に、φメソン生成などによるバックグランドを除去し、中性子が炭素原子核中で動いていること(フェルミ運動)の影響を補正したK+n系の不変質量分布を示します(赤)。青色斜線で示されているのは同時に測定された水素標的中での反応によるK+p系の不変質量分布です。前者にのみ質量が1540 MeVのところに鋭いピークがあります。ピークの幅は実験の分解能とほぼ同じで、崩壊幅は、25MeVより狭いと結論づけられました。
図5. プラスチックシンチレーター中の反応事象に対するK+n系の不変質量分布。
青色斜線は水素(陽子)標的での反応事象に対するK+p系の不変質量分布(文献1より)。
3.相次ぐ検証結果と今後の展開
LEPSの実験結果の統計的信頼度は4.6σでした。この信頼度は、高エネルギー物理学実験の「経験則」に基づけば、確定的ではありません。そのためLEPSの実験結果が発表されるやいなや、各地で検証が始まりました。
まず、ロシアのITEP研究所では、DIANAグループが1986年にキセノン(Xe)を密封した泡箱にK+ビームを入射した実験データの再解析を行いました。K+とXe中の中性子の荷電交換反応K+n→K0pを同定し、K0pの不変質量分布に9MeV以下の崩壊幅を持つピークが1539 MeVのところに現れることを発見しました3)。ついで、米国・ジェファーソン研究所のCLASグループは、1999年に行われた液体重水素標的を用いた実験の再解析を行いました。γd→K+K-pn反応の終状態に現れる全ての荷電粒子の運動量を測定することにより、フェルミ運動の影響を除いたK +n 系の質量測定を行ない、質量が1542 MeVのピークを確認しました4)。そして、最近、ドイツ・ELSA研究所のSAPHIRグループも、過去のγp→K0Θ+→π+π-K+n 反応データを解析して、K+n系の質量分布に、質量が1540 MeVで崩壊幅が25 MeV以下のピークを確認しました5)。
個々の実験の統計的信頼度は4〜5σですが、独立な4つの実験が、ほぼ同じ質量のピークを偶然観測する確率は極めて低いため、新粒子Θ+の存在は、ほぼ確立したといえます。観測された質量と崩壊幅の上限値は、ジャコノフ等の予言値と驚くほど一致しますが、理論的な解釈に決着がついたわけではありません。Θ+に対する全く違った理論モデルもすでにいくつも提案されています。Θ+の正体を解明するためには、今後の実験によってスピンやパリティなど粒子の性質を決めていくことが必要です。また、Θ+が存在するならば、その励起状態や、sをcで置き換えた5クォーク粒子が存在する可能性があります。Θ+発見を端緒として、マルチクォーク物理が新たに展開することが大いに期待されます。
用語解説
●フェルミ運動
原子核中に閉じ込められた陽子と中性子の運動
●量子色力学
クォーク間に働く力を決定する基礎理論
●偏光
電場の向きがそろった光
●泡箱
荷電粒子の軌跡を写真で記録する実験装置
●MeV
相対性理論によるとエネルギーと質量は等価である(E=mc2)。素粒子物理学で光速(c)を1として粒子の質量をeV(電子ボルト)単位で表す。例えば電子の質量は0.511 MeV (メガ電子ボルト)である。
参考文献 |