大型放射光施設 SPring-8

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割れにくく温度変化に強い「ガラスセラミックス」ができる仕組みを解き明かす SPring-8で初めて見えたガラスセラミックスの生成過程

割れにくく温度変化に強い「ガラスセラミックス」ができる仕組みを解き明かす
SPring-8で初めて見えたガラスセラミックスの生成過程

ガラスの利点を活かし欠点を補うガラスセラミックス

 ガラスは私たちの生活に欠かせない身近な材料です。 加工しやすく安定で透明度が高いことから、窓や食器などに利用されています。 しかし、よく知られているように、ガラスは壊れやすいという欠点があります。 落としたら割れてしまうというだけでなく、急激な温度変化に弱く、熱湯を注いだり、火にかけたりすることはできません。
 その欠点を補うべく、温度変化や衝撃に強い新しいガラスが様々に開発されてきました。 その中の1つが「ガラスセラミックス」です。 ガラスセラミックスは結晶化ガラスとも呼ばれ、ガラスの中に微細な結晶を析出させることで、ガラスと同様の透明度を保ちながら、熱変化や衝撃に強い性質を持たせた材料です。 食器や薪ストーブの窓、スマートフォンのカバーガラス、防火設備用ガラスとして建物などにも使われています。
 そもそもガラスは、なぜ透明なのでしょうか。 ガラスは原料である二酸化ケイ素(SiO2)などの原料を高温にして融かした液体を急激に冷やし、規則的な結晶構造をとる前に固めて作ります。 規則的な結晶構造をもたない、アモルファス(非晶質)と呼ばれる構造をとるガラスは一般的に均質で、光を散乱せず透過するため透明です。
 ガラスの主成分の二酸化ケイ素はケイ素と酸素が強く結合しているために硬いのですが、強い衝撃を受けると一気に破壊が進みます。 また熱が伝わりにくい性質を持つことから急激な熱変化が加わったときにもガラスの一部分だけが急速に温められて膨張するため、割れやすい(脆い)性質があります。 一方、規則的な構造をもつ結晶には一部透明な物質も存在しますが、その多くは微細な結晶粒子が集合した固体であり、粒子間の境界領域(粒界)で光が散乱されるため、不透明です。
 ガラスセラミックスが透明かつ割れにくいのは、アモルファス構造をとるガラスと、規則的な構造をとる結晶の間のような性質を持つからです。 ガラスセラミックスは、ガラスの中に微量の物質を添加して温度を制御することで作られますが、添加した物質を核とする微細な結晶構造が集まった領域が、全体に分散していることが知られています(図1)。 この微細な結晶構造があることにより、ガラスよりも割れにくくなり、結晶構造の領域がひとところに固まらずに分散しているため、光を透過しやすく透明度を保つことができるのです。

図1

図1 ガラスセラミックスとガラスの違い

 このような便利な材料をより発展させていくためには、その生成過程を詳細に知る必要がありますが、ガラスセラミックスの結晶ができていく初期過程はこれまで謎に包まれていました。 そこで物質・材料研究機構(NIMS)マテリアル基盤研究センターの小野寺陽平さんは、AGC株式会社、高輝度光科学研究センター(JASRI)と共同で、実際の製品に近い組成をもつガラスセラミックスの結晶化の初期過程を明らかにすることを試みました。

X線マルチスケール構造解析で結晶化初期過程も明らかに

 今回解析したのは、アルミノケイ酸塩ガラスを原料としたガラスセラミックスです。 二酸化ケイ素と酸化アルミニウム(Al2O3)が主成分となったガラスに、核形成剤として微量の酸化ジルコニウム(ZrO2)が添加されています。 もともとガラスは原子の並び方が不規則であるため構造解析が難しいのですが、さらに今回解析するガラスセラミックスは見たい成分のZrO2が微量にしか含まれていないため、かなり解析が困難です。 そこで、小野寺さんたちは複数の解析方法を組み合わせてガラスセラミックスの構造を調べることにしました。
 図2は今回小野寺さんたちが利用したX線による構造解析手法です。 X線構造解析は、手法によって調べることができる対象の大きさ(スケール)が異なります。 ガラスの中で微量な結晶が生成していく過程を動画のようにリアルタイムで詳細に観察することは困難ですが、図2のような複数の手法を組み合わせて、異なるスケールでのスナップショットを集めることができれば、試料の中で何が起きているのかが詳細に見えてきます。
 まず小野寺さんたちは、ガラスを加熱する時間を制御して、結晶核が生成していく途中のさまざまな段階にある試料を作りました。 それらの試料を10~100 nmのスケールの構造を観測できる「X線小角散乱法」で調べると、加熱時間0 時間、すなわち加熱前のガラスの時点ですでにZrが豊富な領域と少ない領域ができており、加熱時間を増やしていくと、Zrが豊富な領域にZrO2結晶粒子が析出していくことが推定されました。 次に1 nm~10 nmのスケールを解析できる「X 線回折」で見てみると、熱処理時間が増えても、結晶粒子のサイズはほぼ変わらず、ZrO2結晶として析出していく粒子の数が増えていくことが示されました。 さらに、Zrの短距離構造(図2参照)を選択的に測定できるEXAFSの解析結果から、48時間の熱処理で結晶粒子を十分に析出させた試料では、ZrO2の結晶構造は立方晶(すべての辺の長さが同じサイコロのような形)または正方晶(底面は正方形で1辺だけ長さが違う形)に近いものになっていることが分かりました。

図2

図2 X線マルチスケール構造解析

 ここまでの解析結果で熱処理前のガラスと十分に結晶化が進んだガラスセラミックスの構造は分かったのですが、今回、最も見たい結晶化の初期過程を明らかにするためには、SPring-8の放射光を用いたX線異常散乱実験が必要不可欠でした。
 「今回私たちが特に見たかったのは、ガラスセラミックスの結晶化において中心的な役割を果たすZr周囲の構造変化です。 しかし、試料中にZrが約1%しか含まれていないため、通常の実験ではその観測がきわめて困難でした。 実際に、熱処理前のガラスと結晶化初期過程にあるガラスセラミックスについて通常のX線散乱データを測定しても、違いはほとんど見られませんでした(図3左)」

図3

図3 通常のX線散乱データ(左)とX線異常散乱実験データ

 X線異常散乱実験は、各元素に固有のX線の吸収が起こるエネルギー(吸収端)の近傍で元素のX線散乱能力が大きく変化するX線異常分散効果を利用するため、注目する吸収端を持つ元素周囲の構造を選択的に計測することが可能です。 今回、小野寺さんたちは、Zrの吸収端近傍で2つのエネルギーの異なる入射X線を用いることで、試料中のZrのX線散乱能力のみを変化させたX線散乱データを測定しました。 そして、2つの散乱データの差分をとることによって、Zrに関連する構造情報だけを持ったデータの抽出に成功しました。 データを解析してみると、熱処理前のガラスと結晶化初期過程にある4時間の熱処理を施したガラスセラミックスで、構造が変化していることがわかったのです(図3中央)。
 「今回のように微量元素の構造を観測したい場合には散乱データの間に生じるわずかな差を抽出することになるため、高輝度の入射X 線を用いた測定が必要となります。 これはSPring-8の放射光がないと実現できない研究でした」
 X 線異常散乱実験は、SPring-8のBL13XUビームラインを用いて行われました。 実験で得られたZr周囲の構造情報のみを持つ実空間関数の解析から、ZrにOが結合してできる多面体(ZrOx)がガラスの主成分であるケイ素(Si)やアルミニウム(Al)を中心とした四面体(SiO4、AlO4)と結合していて、その結合は多面体の稜(辺)を共有する形になっていることがわかりました(図3右)。 さらに、この稜共有による多面体間の結合は加熱時間とともに増加していくことも観測されました。
 「SiO2のような一般的なガラスの場合は四面体が頂点を共有してネットワーク構造を作っており、このような稜共有は見られません。 稜共有の形成はガラスの中に結晶の種となるような構造が既にできていることを示しているとも考えられます。 また、稜共有ができると多面体の中心にある原子がお互いに近づくことになるので、より密な原子配列ができてきますが、このことがガラスセラミックスに硬さをもたらしているのではないかと考えています」

実用化を見据えた材料研究をしていきたい

 全ての解析結果をふまえて考えると、ガラスセラミックスの形成初期過程を図4のように図示することができます。

図3

図4 ZrO2を結晶核とするガラスセラミックスの結晶化初期過程

 熱処理前のガラスではすでにZr濃度にナノスケールでの濃淡が見られますが、結晶化は進んでおらず、稜共有による結合もそれほど多く形成されていないため、まだ強度は高くありません(図4左)。 この状態のガラスに熱処理を行うと、Zrが豊富な領域でZrO2の結晶核が形成されます。 この結晶化によってZrの濃い領域にますますZrが集まっていくため、Zrの濃度差が拡大します(図4右上)。 さらに、結晶化の初期過程では結晶粒子は大きさを保ったまま、数が増えていくこともわかりましたが、異常散乱実験の結果をふまえると、この現象を詳細に知ることができたと小野寺さんは説明します。
 「異常散乱実験の結果から、ガラスセラミックスの結晶化初期過程では、図4の右下に示したような、Zr(緑)とO(赤)が作る微小なZrO2結晶を、SiやAl(青)を中心とした四面体がぐるりと取り囲んだ構造になることが予測できました。 SiO4やAlO4に稜共有を作りながら取り囲まれてしまうと、ZrO2結晶はそれ以上サイズを大きくすることができません。 このことが、ZrO2結晶のサイズが大きくならず、数だけが増えていく理由だと考えています」
 ZrO2の結晶サイズが大きくなってしまうと材料の透明度は減少しますが、サイズが小さいまま数だけが増えていくのであれば、透明度を保ったまま硬度を増していくことができます。このような初期の結晶化プロセスがガラスセラミックスの特長に貢献していることが、今回の研究によって示唆されました。
 「もともといろいろな材料の構造を解析するのが好きだったのですが、NIMSに来てからは、実用化の見込みがある材料の研究がしたいという思いが強くなりました。新しい材料の機能の秘密を明らかにしたり、逆に研究の成果によって新しい材料が生まれるきっかけを作ったり。 そんな研究を行うことが今の目標です」
 気がつくと便利になっている世の中ですが、その舞台裏には、材料科学の研究の知見が活かされています。小野寺さんの研究成果が未来をどのように変えていくのか、今後の活躍も楽しみです。


 

コラム

 小野寺さんが最初にガラスという材料に魅了されたのは、大学1年生の時でした。一般教養の授業でガラスの構造に関する講義を受けたのです。
 「ガラスのアモルファス構造というものに対してイメージが湧かなくて、自分でも調べてみましたが、調べれば調べるほどよくわからなくなり、そこが面白いと思いました」
 その2年後、小野寺さんは教養の授業でガラスの講義を聴いた臼杵毅教授(山形大学)の研究室を選ぶことになります。研究室紹介で聞いたガラスの話が面白かっただけでなく、そこで見せられたSPring-8の写真に惹かれたことも選択の理由になったそうです。
 「巨大な宇宙船の中のような空間の写真を見せられて、世界最高性能の装置を使った実験ができますという話を聞いていたら、自分もそこで実験をしてみたいと思いました」
 修士課程で初めてSPring-8を訪れた小野寺さん。その後、研究室を移りながらも、SPring-8とはずっと関わり続けていると話します。
 「もともと研究者になるつもりはなかったので、ある意味、SPring-8との出会いが僕の将来を決めたのかもしれません」

コラム

文:チーム・パスカル 寒竹 泉美


この記事は、物質・材料研究機構(NIMS)マテリアル基盤研究センター 小野寺陽平さんにインタビューして構成しました。