SPring-8を利用した古代青銅鏡の放射光蛍光X線分析
泉屋博古館古代青銅鏡放射光蛍光分析研究会
泉屋博古館
廣川 守
はじめに-東アジアにおける青銅鏡の位置づけ-
青銅鏡は、東アジアを代表する金属工芸品のひとつです。紀元前19世紀頃中国で出現し、紀元前3世紀の戦国時代から紀元3世紀の後漢三国時代にかけて大流行しました。とくに紀元前1世紀後半の前漢後期以降、様々な形式の鏡が大量に製作されました。その背景には、鏡が単なる姿見として自分の顔を映すだけでなく、人の心をも映し出し、さらには邪悪なものの正体を暴く呪術力を具えると考えられたことにあります。このような青銅鏡は、日本でも弥生時代から古墳時代にかけて、中国から数多く輸入されるとともにその模倣品が大量に製作され、この時期の文化を考える上で重要な考古資料となっています。なかでも三角縁神獣鏡は紀元3世紀を中心に製作されたと考えられ、これまで邪馬台国の女王卑弥呼が中国魏の皇帝より授かった鏡といわれたこともあります。そのため、これまでに青銅鏡研究は考古学上の重要な研究課題として活発な議論がおこなわれてきました。しかし、この三角縁神獣鏡については、文様・銘文などから検討すると、中国の様式に極めて近いにもかかわらず、中国からは1面も出土せず、日本でのみ500面にのぼる例が確認されており、その製作地については、様々な説が提唱されております。
そのため従来から、銅・錫・鉛などの主成分を中心とした科学分析が多く行われてきましたが、本実験ではさらに踏み込んだ検討を行うべく、SPring-8の強力な放射光を利用した蛍光X線による成分分析を実施しました。ここでは主成分そのものではなく、鏡主成分に含まれる微量成分に注目し、その高精度測定を通して、製作年代および製作地の違いによる微量成分の違いを検討しながら、それぞれの原材料特性を解明することを目的としました。
1.試料・実験ならびにデータ解析方法
実験に用いた試料は、主に財団法人泉屋博古館が収蔵する鏡で、戦国時代から三国時代にかけての中国鏡、紀元3・4世紀の日本古墳時代の製鏡(日本鏡)それに、三角縁神獣鏡です。現存する古代の青銅鏡表面は錆で覆われているため、錆の影響を受けずに試料内部の成分を測定する必要があります。そこで、試料内部に深く入りこむ高エネルギーの入射X線を用いて、地金部分の微量重元素アンチモン(Sb)と銀(Ag)にターゲットを絞りました。測定には、ビームラインBL19B2を使用し、入射X線エネルギー70KeV、ビーム径0.5×0.5mmとし、90度散乱による放出蛍光X線をエネルギー分散型スペクトロメーターにより検出しました(図1)。測定時間は1点5分とし、試料の偏析などの影響を避けるため各鏡について3点測定し平均値をとりました。また検討には、微量成分の絶対値を用いるのが理想なのですが、正確な検量線を求められないため、青銅に最も多量に含まれる主成分は銅ですが、銅の蛍光X線の測定精度が低いため今回の規格化には適さないと判断しました。そのため主成分の一つである錫(Sn)の蛍光X線ピーク強度で規格化した数値を採用しました。
2.実験結果
実験の結果、中国鏡については、製作時期により数値が変化することが判明し、大きく以下の3グループを抽出することができました(図2)。
・戦国後期∼秦鏡(紀元前3世紀):Sb/Sn値0.003以下、Ag/Sn値0.001弱∼0.003を中心に分布しています。Sb/Sn値が非常に低いという特徴をもっています。
・前漢初期鏡(紀元前2世紀):Sb/Sn値0.003∼0.005を中心に分布しており、それ以前の戦国鏡に比べ、ややSb/Sn値が大きく、Ag/Sn値も大きいものが多いのが特徴と考えられます。
・前漢後期~三国鏡(紀元前1世紀~紀元3世紀):Sb/Sn値0.005∼0.013、Ag/Sn値0.002∼0.005を中心に分布しています。そのなかでも、とくに三国西晋時期の神獣鏡は、他形式鏡よりも分布が集中していることが注目できます。
このように、中国鏡では、時期によってとくにSb/Sn値に明瞭な変化が認められました。そのなかで前漢後期∼三国鏡グループは、分布域がかなり広い範囲にわたっています。この時期は非常に多くの形式が存在し、製作地も広範囲にわたっているためと考えられます。現時点では数多く存在する形式の多くについて、十分な試料数を測定できていないため断定できませんが、今後実験試料を増やすことにより、神獣鏡のように形式ごとの分布域が明確になる可能性もあります。
このような中国鏡に比べ、日本の古墳時代 製鏡の測定結果は、Sb/Sn値0.01∼0.025・Ag/Sn値0.0035∼0.008あたりの広い範囲に分布しており、中国鏡に比べ、Sb/Sn値が大きいところに非常にばらついて分布していることが確認できました。当時の日本では原材料をどのように確保していたのかは明らかになっていません。基本的に原材料を輸入に頼っていたとの見方が有力ですが、少なくとも同じ原材料ばかりで鏡を製作したわけではないことがこの実験から推測できます。
次に三角縁神獣鏡の測定結果をご紹介します。測定しました三角縁神獣鏡はわずか8面にすぎず、今回の実験は今後の見通しを立てるための足がかりとして行ったものですが、その内容は (1) (2) 三角縁銘帯三神五獣鏡2面(同型)、 (3) 三角縁銘帯四神四獣鏡、 (4) 三角縁銘帯四神四獣鏡(久津川車塚出土・図3)、 (5) 三角縁銘帯二神二獣鏡(八幡東車塚出土)、 (6) 三角縁三神三獣三炉鏡、 (7) 三角縁唐草文帯三神三獣鏡、 (8) 三角縁獣帯三神三獣鏡(図4)です。これまでの編年研究によると、 (1) ∼ (4) は古い段階、 (5) (6) はそれよりやや新しい段階のものと考えられています。また (7) は大阪府紫金山古墳7号鏡と同型ですが、外区に突乳が10個付き、文様の鋳上がりも悪いことから、紫金山鏡を原模とした鏡と推測されています。 (8) は上記7面に比べ文様表現・鋳上がり共に非常に粗雑な鏡です。この8面の測定結果は、 (1) ∼ (6) が三国・西晋時期の神獣鏡分布範囲のなかに完全に収束し、 (7) と (8) が古墳時代 製鏡の分布範囲に入りました。以上の測定結果より、三角縁神獣鏡の原材料は、中国三国・西晋時代神獣鏡のそれときわめて近いものと、日本古墳時代 製鏡に類似するものとがあることがわかります。後者はわずか2例しかなく、これをもって三角縁神獣鏡の原材料に二系統存在すると断言はできませんが、少なくとも、三角縁神獣鏡の原材料には複数の系統が存在することが推測できます。
ただし、上記検討は測定件数が非常に少ないため、今後、三角縁神獣鏡および古墳時代製鏡の測定試料数を増やす必要があります。また、三国・西晋時期の中国鏡についても、今回は神獣鏡のみに留まっており、神獣鏡以外の形式の魏・西晋鏡の測定も不可欠です。今回の実験は中間報告的な意味合いの強いものですが、少なくとも古代青銅鏡の主要成分の中に不純物として存在する微量成分特性を検討することの意義を確認できたと考えています。
図3 三角縁銘帯四神四獣鏡
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図4 三角縁獣帯三神三獣鏡
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用語解説
●三角縁神獣鏡
直径が20cm以上の大型鏡で、周縁の断面が三角形を呈し、外区に鋸歯文帯や複波文帯をめぐらせ、一段低くなった内区に神仙像と瑞獣を配する神獣鏡。神獣の配置、その数、図像表現などにバリエーションがある。主に紀元3世紀を中心に紀元4世紀前半頃まで製作されたと考えられている。
神獣鏡とは…
中国後漢時代中期頃(紀元前2世紀前半)に出現し、後期から三国西晋時代(紀元前2世紀後半∼紀元3世紀)に大流行した鏡。漢時代に広く信仰された神仙像と瑞獣を鏡背面に文様化している。神仙像と瑞獣の配置形式は多岐におよび、考古学研究のうえで多くの鏡式に分類されている。