SPring-8が見た 天王星・海王星深部の鉱物
シリカは惑星の代表的な物質
太陽系を形作る物質の基本元素は水素とヘリウムです。太陽はこれらのガスの巨大なかたまりですし、木星、土星、天王星、海王星などの「ガス惑星」も水素とヘリウムのガスを主体としています。そのほかの惑星は「地球型惑星」といって、中心に金属の核(コア)があり、その外側は岩石、化学組成でいうとケイ素(シリコンSi)の酸化物やマグネシウムの酸化物などで構成されています。
厚いガスにおおわれているガス惑星の中心にも岩石や金属の核があり(図1)、その組成は地球の固体部分とそれほど違わないと考えられます。観測から求められるのは惑星全体の平均した密度だけで、核の大きさや内部構造についてはよくわかっていません。そこで、惑星深部に相当する超高圧・超高温環境を人工的につくり、惑星を構成する代表的な物質、たとえば二酸化ケイ素(シリカSiO2)の結晶構造を調べる実験が重要となります。
この超高圧・超高温実験は最近10年ほどで急速に進歩しました。その最先端を行くのがSPring-8の高圧構造物性ビームラインBL10XUです。2005年春には世界初の300万気圧2000℃を実現。270万気圧以上の環境で、シリカの結晶構造が変化(相転移*)し、「パイライト型」と呼ばれるサイコロ状の鉱物ができることを発見しました。この新鉱物は、天王星や海王星の核となっている物質の有力候補なのです。
図1. 天王星の内部構造モデル。核が半径の10分の1というモデルも提唱されている。
「天王星写真部分はNASA、NSSDC(The National Space ScienceData Center)ホームページより引用」
高圧環境でできた微小な結晶を「見る」
300万気圧2000℃の環境をつくり出したのはレーザー加熱式ダイヤモンドアンビル高圧発生装置(図2)。その原理は、ダイヤモンド2個の間に試料をはさんで加圧し、近赤外レーザーで加熱するという単純なものですが、100万気圧をこえる実験にはダイヤモンド先端部の形状を工夫をする必要があります。
「ブリリアントカットしたダイヤモンドの先端のカットを工夫し高圧に耐えられるようにする。この工夫が世界各国の研究者の腕のみせどころです」
技術開発の秘訣を、実験グループを率いる廣瀬敬・東京工業大学大学院理工学研究科助教授が語ってくれました。
こうして実現された超高圧・超高温環境はわずか50マイクロメートル(1マイクロメートルは1/1000mm)、試料はその半分ほどの大きさです。
「この実験の最大の難関は試料が小さいこと」と、廣瀬助教授。
結晶構造を調べる(見る)には、その構造よりも短い波長のX線を試料にあて、回折されるX線を測定するのが最適です。ところが、従来のX線発生装置では、このような小さな試料にあたるX線の量はごくわずかです。回折されるX線もかすかで、ノイズと見分けがつきません。一方、SPring-8の放射光からは従来の装置の約1億倍の明るさ(輝度)のX線が得られますから、小さな試料であっても、その結晶構造を見ることができるのです。
SPring-8のメリットはもう一つ、超高圧・超高温環境の試料を「その場観察」できることです。通常の実験室では、超高圧・超高温でつくった物質を回収して常圧・常温で見ることになりますから、試料の密度や構造までも変わってしまうことがあるのです。
図2. レーザー加熱式ダイヤモンドアンビル高圧発生装置の中心部
2つのダイヤモンドで上下から押さえつけることで高圧力を発生させ、レーザーで加熱することで高温にする。ガスケットは、圧力を水平方向へ逃がさないためのシール材。
地球には存在しない新しい鉱物
シリカは、地表(常温常圧)では石英(水晶)として知られている六角柱状の鉱物です。圧力によって引き起こされるシリカの相転移は数多く知られています。パイライト型の存在は1980年代から理論計算によって予測されていましたが、相転移圧が非常に高いので、これまで実験することができませんでした。
今回パイライト型が合成された270万気圧以上という圧力は、地球では外核の圧力に相当します。外核は液体の鉄でできていることがわかっていますから、地球にはパイライト型のシリカはありえません。パイライト型が存在するのは地球より大きな惑星ということになりますが、巨大惑星の木星や土星の核の圧力はもっとずっと高く、そこでは別の鉱物になっていると考えられます。天王星や海王星の核なら、パイライト型が存在する可能性が高いというわけです。
ところで、石英は鉱物名ですが、パイライト型はそうではありません。鉱物学では、天然で見つかっていないものには鉱物名をつけてはいけないことになっているからで、パイライトつまり二硫化鉄(鉱物名:黄鉄鉱)と結晶構造が同型の立方晶であることからパイライト型と呼ばれるのです(図3)。「パイライトは金属光沢をもっているので、パイライト型のシリカも金属化するのかと、興味津々でした」
廣瀬助教授の言葉には、予測できないことを見る実験の醍醐味が感じられます。
実際には、パイライト型のシリカは金属化しませんでした。共有結合しているO-O原子間の距離にくらべて、パイライト型のシリカ中ではO原子間の距離が離れており、金属化をもたらすほどO原子同士の結合が強くありませんでした。
図3. 石英の結晶構造(左)とパイライト型シリカの結晶構造(右)
左図(石英)では青色の四面体、右図(パイライト型)では八面体の中心にケイ素原子(Si)、それぞれの頂点の○に酸素原子(O)が存在している。
地球の中心をめざして
今回の実験の原点はじつは地球にありました。地球の半径約6400kmに対して、地殻の厚さは高々約30km、それから深さ2900kmまでがマントルです。地震波の解析から、マントルはいくつかの層に分かれることが予測されていて、高圧実験によって上部から順に鉱物が確かめられてきました(図4)。上部マントルはかんらん石、遷移層はスピネルという鉱物からなります。その下の下部マントルが「ペロブスカイト」という鉱物からなることは、1974年に30万気圧付近で実証されました。以降、新しい相は発見されておらず、核との境界のD”層もペロブスカイトからなると考えられてきました。
それが、2002年冬、SPring-8による125万気圧2200℃以上の環境下で新しい鉱物が見つかったのです。新鉱物は「ポスト・ペロブスカイト」。この実験も廣瀬助教授らのグループが行ったもので、これによって、マントルの主要な鉱物種がすべて明らかになりました。
「私たちが次に狙っているところは、深さ5100kmの外核と内核の境界、330万気圧です」と、廣瀬助教授。液体の外核と固体の内核の境界では、金属の結晶化が起こっており、核全体の化学的進化、外核の対流、さらには地磁気の発生に決定的な役割を果たしています。この内核/外核境界をめざして圧力を上げてきました。その技術開発の途上で、シリカの相転移にも挑戦し、パイライト型を初めてつくり出したというわけです。
未知の領域であった地球の核。超高圧実験によって、その物質がつくられる日が近づいてきているようです。
図4. 地球の内部構造と構成鉱物
ペロブスカイトは地球で最も多い鉱物で、地球全体の4割を占めている。
取材・文:サイテック・コミュニケーションズ
用語解説
●相転移
物質の構造(構造の状態を「相」と呼ぶ)が、温度や圧力などの外的要因によって、別の状態に変化すること。組成の変化は伴わない。鉱物では、黒鉛が高温高圧下でダイヤモンドへと相転移することがよく知られている。高圧相になるほど密度は高くなるが、大きく構造を変える相転移と、少しだけ変化する場合がある。シリカの場合、石英は約3万気圧以上でコーサイトという鉱物に変わり、10万気圧以上でステイショバイトに、60万気圧以上で塩化カルシウム型に変化する。コーサイトからステイショバイトへの構造変化は大きく、密度が10%も違うが、ステイショバイトと塩化カルシウム型の密度差はまったくない。2つの相転移を経てパイライト型になるが、ここでは密度が5%も上がる。高温高圧状態でのパイライト型シリカの重さは石英の約2倍、常温常圧の鉄よりも重い。
この記事は、東京工業大学大学院理工学研究科/海洋研究開発機構地球内部変動研究センターの廣瀬敬氏にインタビューをして構成しました。