大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8が明かす ごみ焼却でのダイオキシン発生のメカニズム

ダイオキシンとは

 ごみを燃やすと毒性の強いダイオキシンという物質が発生することがあります。日本では1983年にはじめてごみ焼却炉の灰のなかからこの物質が検出されて専門家の間で注目されました。1996年、埼玉県所沢市で産業廃棄物焼却炉からも検出され、住民に大きな不安が広がって社会問題になったことなどをきっかけに、ダイオキシンは大気汚染防止法の指定物質とされました。さらに、2000年には排出基準値が定められて、ごみ焼却炉や製鋼用電気炉などの施設に適用されています。
 ダイオキシンとはいったいどんな物質なのでしょうか。実はダイオキシンは200種類以上の少しずつ構造の異なる一群の化学物質の総称です。ダイオキシンの仲間は、酸素をはさんだ2個のベンゼン環に塩素が1〜8個結合した基本構造をもっています(図1)。骨格の構造と塩素が結合している部位と数によって毒性が異なります。
 動物実験で最も毒性が強いとされるのは、ダイオキシン骨格をはさんだ2つのベンゼン環に塩素が2個ずつ結合した2,3,7,8 TCDD(テトラクロロダイベンゾ-p-ダイオキシン)です。人間がつくり出した物質としては最強の毒物と言われています。
 2004年、政敵にこの物質を摂取させられたウクライナのユーシェンコ大統領が、クロロアクネと呼ぶ顔面のでき物のために容貌が変わり、世界中がショックを受けました。また1960年代後半、ベトナム戦争中に米軍がダイオキシンの仲間を含む枯葉剤を散布し、これを浴びた人々の子供の間に奇形など多くの被害が生じました。

図1. 代表的なダイオキシン類の化学式

図1. 代表的なダイオキシン類の化学式。

酸素(O)を間にはさんだ2個のベンゼン環(六角形)に塩素(Cl)が結合しています。このほかにも200種類以上あり、その化学式は少しずつ異なります。

ごみ焼却過程でおこる再合成

 

 ごみ焼却炉から排出されるダイオキシンの量は、ここ数年でかなり減少してきました。焼却についての技術的な対策が進んだためです。対策の第1は、ごみを完全燃焼させることです。不完全燃焼で生じた物質に塩素が結合するとダイオキシンが生じるからです。不完全燃焼を避けるため、また発生したダイオキシンを分解するためには長時間の高温処理が必要です。そのためにごみをよく混合して燃え残りを少なくするなどの対策もとられています。しかし、現在の対策では、なお残存するダイオキシンがあります。
 それは、ごみの焼却過程で発生する排ガスから再合成されるダイオキシンです。
 再合成が起こるのはごみ焼却のプロセスのうち、煤塵(ばいじん)を含む排ガスが冷やされる部分(冷却過程)です(図2)。このガスに含まれる「飛灰」と呼ばれる煤塵が再合成に直接関係していることが80年代半ばに明らかになりました。
 京都大学大学院工学研究科で都市環境工学を専攻する高岡昌輝助教授は、ごみ焼却炉の冷却過程で生じるダイオキシンの再合成を防止して、排出量を減らす研究を続けてきました。そのためには、なぜ再合成が起こるのか、その仕組みを解明する必要があります。
 これまで研究者たちは、飛灰のなかに存在する重金属類、特に銅によって再合成が促進されると考えてきました。ごみのなかに含まれる銅線や銅を含む顔料などが焼却後の飛灰中に残り、ダイオキシンの再合成を助けているらしいのです。

図2. 一般的なごみ焼却炉での焼却プロセス

図2. 一般的なごみ焼却炉での焼却プロセス

銅原因説を検証する

 実験から推測されていた銅原因説を、高岡助教授は直接確かめたいと模索するうちにSPring-8を使うことを同じ大学の触媒化学を専門とする田中庸裕教授に勧められ、2000年10月から新たな研究に取り組むことになりました。「敷居が高いと少し躊躇していたのですが、よいアドバイザーに恵まれてSPring-8にたどり着きました」と高岡助教授は言います。
 それまで多数の研究者が実験してわかっていたのは、
  1)飛灰を加熱すると確かにダイオキシン類ができること
  2)生成温度は200℃から始まって300〜400℃で最大量になること
  3)飛灰に含まれる銅のうちでも塩化銅によって最も多く生成すること
でした。
 ごみを実際に燃やした時にできる飛灰には様々な物質が含まれており、実際に起こる反応は大へん複雑です。そのため、これまでの分析では標的を絞って組成を単純化した模擬灰をつくって検討する手法がとられてきました。実際の飛灰でどんなことが起こっているかを調べることは難しかったのです。
 今回、高岡助教授が行ったSPring-8での実験では、模擬灰ではなく焼却炉から取り出した実際の飛灰を使いました。そして、次の点を解明することをこころみました。
  1)実際の飛灰のなかで銅はどんな化合物として存在するか
  2)ダイオキシンが生成すると銅はどんな変化をするのか
  3)その変化はダイオキシンの生成を説明できるか
  4)そこから推測される反応のサイクルはこれまで提案されていたものと一致するか
この4点です。
 飛灰中のごく微量の銅がどのような化学状態で存在しているのかを明らかにするには、SPring-8の放射光を使ったX線吸収微細構造解析(X-ray Absorption Fine Structure : XAFS)* による分析が必須でした。SPring-8がこれらの疑問を解き明かしてくれると期待したのです。

SPring-8が明かす再合成のプロセス

 実験はSPring-8のXAFSビームラインBL01B1を使用して行いました。焼却炉から採った飛灰を容器に入れ、容器内の温度やガス雰囲気を実際の焼却炉内とほぼ同じ環境にしたときの銅の変化を調べました(図3)。塩化第二銅(CuCl2)とケイ酸からなる模擬灰についても合わせて検討しました。
 温度ごとに得られたスペクトルを標準物質であらかじめ得ていたスペクトルと比較し、どんな銅化合物がどのくらいの割合で存在するかを推定していきます。室温の焼却灰に含まれる銅化合物は、塩化第二銅(CuCl2)と水酸化第二銅(Cu(OH)2)が結びついたアタカマイトが主でした。
 これを加熱すると200℃あたりで銅の還元が始まりました。この温度はダイオキシンが発生し始める温度と一致します。300℃では塩化第一銅(CuCl)がほとんどを占めるようになります。400℃にすると塩化第一銅が減少し、酸化第二銅(CuO)が現れます。温度によって複雑な酸化還元反応が生じていることが見て取れます。銅が還元される過程では酸化的塩素化反応(オキシクロリネーション)が起こり、ススなどの炭素化合物が塩素化されます。こうしてダイオキシンやそれよりやや単純な有機塩素化合物が生成するという、これまでの予想が裏付けられました。模擬灰での観測結果も同様でした。高岡助教授は、飛灰の中で図4のような化学反応サイクルが起こっていると推定しています。
 ダイオキシンに関する今後の研究によって、銅の化学変化をガス冷却過程でコントロールしてダイオキシンの発生を抑えることができるようになれば、ごみ処理には画期的な朗報です。「銅以外の重金属による作用を調べることも必要」と、高岡助教授は新たな課題に取り組んでいます。

図3. SPring-8のビームラインでの実験の様子

図3. SPring-8のビームラインでの実験の様子。

中央の白い容器に飛灰を入れ、放射光を照射します。容器中は焼却炉と同じ温度に加熱して測定を行います。

図4. ダイオキシン類合成時の銅の化学形態変化

図4. ダイオキシン類合成時の銅の化学形態変化

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

●X線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure:XAFS)解析
物質に入射するX線のエネルギーを連続的に変化させながら、物質により吸収されるX線量を測定すると、物質中に含まれる元素種に特有なエネルギーで吸収量が急激に増加します。このエネルギーを吸収端、また吸収量の変化の様子を吸収スペクトルと呼びます。吸収端の周りでは、吸収スペクトルに微細な変動が観察されます。これは物質の原子構造を反映しており、X線吸収微細構造(XAFS:ザフス)と呼ばれます。
XAFSの解析は、吸収端の極近傍の領域と、吸収端の上で少し離れた領域の2つに分けて行われます。前者の領域の微細構造をXANES(ゼーンズ:X-ray Absorption Near-edge Structure)、後者のそれをEXAFS(イグザフス:Extended X-ray Absorption Fine Structure)と呼びます。
XANESは、X線吸収原子の電子状態に敏感なため、X線吸収原子の価数や、結合している原子の元素種とその割合などが分かります。
一方、EXAFSは、X線吸収原子から発生した光電子の波と周りの原子で散乱された光電子の波が、強めあったり打ち消しあったりすることで現れるため、X線吸収原子から周りの原子までの距離やその個数(配位数)が分かります。
XAFSは、X線のエネルギーを自由に変化させることにより可能となる放射光ならではの実験技術です。

XAFSや環境分析についてはSPring-8 NEWSのバックナンバーNo.4(SPring-8テクノ「放射光を使って原子間の距離を測る」)No.13(SPring-8テクノ「環境分析への放射光利用」)でも詳しく解説しています。


この記事は、京都大学大学院工学研究科の高岡昌輝氏にインタビューをして構成しました。