大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8の技術で実現するX線自由電子レーザー

放射光をレーザー光にする

 SPring-8では、赤外線からX線までの波長の光を、自在に取り出すことができます。しかも、非常に明るく、X線領域では従来の発生装置の1億倍の輝度を誇っています。これらの明るい光を使えば、タンパク分子の構造などを詳細に調べることができます。
 「SPring-8の光は確かに高性能ですが、原理的にはランプの光と同じです。これをレーザー光にしてやれば、もっともっと明るくすることができます。目指すは世界初のX線レーザーの実現。」と、力強く語るのは石川哲也プロジェクトリーダー。レーザー光では、波長だけでなく、位相も揃うので、放射光より明るく、かつ指向性の高い光となります。
 2006年6月には、全長60mの試験加速器(プロトタイプ機)で波長49ナノメートル(nmは1nm=100万分の1mm)という紫外線領域のレーザー光の発振に成功、2010年には全長約800mの装置を完成させ、波長0.06nmのX線レーザー光を実現させようとしています。これは、理化学研究所と高輝度光科学研究センターの共同プロジェクトで、 X線自由電子レーザー計画合同推進本部が進めており、石川プロジェクトリーダーを始め約60人の研究者が携わっています(図1)。
 先陣を争っているのは、米国スタンフォード大学線形加速器研究センター(SLAC)とドイツ電子シンクロトロン研究所(DESY)ですが、これら2つに比べて日本の計画では、全長もコストもとてもコンパクト。SPring-8で培った技術ゆえだそうです。どのようにしてX線レーザーを実現しようとしているか、石川プロジェクトリーダーの話をじっくり聞いてみましょう。

図1. コンピュータで試験加速器を操作する研究者たち。

図1. コンピュータで試験加速器を操作する研究者たち。

長いアンジュレータでレーザー光を発振

 放射光は、荷電粒子が速さや運動方向を変えられた時(加速された時)に出す光です。電子を円型加速器で加速すれば、常にその接線方向に放射光が出ます。
 SPring-8では、円型加速器の一部に、さらにアンジュレータという装置を組み込んでいます。アンジュレータは、多数の磁石を電子軌道の上下に直線状に並べたもので、電子の軌道を何回も曲げて蛇行させるのが役目です。
 「アンジュレータに電子の集団を導くと、放出する光のうち、ある波長のもの同士が干渉により強まります。そして、アンジュレータの両端に鏡を置き、何百回も光を反射させつつ、ここに電子を次々と入れると、電子と光の相互作用により、電子が光の波長の間隔で並ぶようになります。こうして同位相の電子集団がアンジュレータの中をうねるようになり、レーザー光の発振に至ります。」これが「自由電子レーザー」です。しかし、波長が短くなると鏡の反射率が低下し、 X線になると反射できる鏡が存在しなくなります。そこで1990年代後半に、鏡で何百回も反射させる代わりに、アンジュレータを十分に長くすればよいのではないか、という案が浮上してきました。アンジュレータが十分に長い場合には、光と電子の相互作用で、後ろの電子が出した光の波長に合わせて、前の電子が次々と並ぶようになり、同位相の電子集団ができるからです(図2)。

図2. X線自由電子レーザー

図2. 

X線自由電子レーザー「電子銃」から飛び出した電子ビーム(自由電子)を「線型加速器」で光速に近い速さまで加速し「アンジュレータ」で蛇行させます。蛇行させた際に放出される放射光と蛇行している電子ビームが干渉を起こすことで、非常に短い波長のレーザー(X線レーザー)が発振します。

真空封止型アンジュレータの威力

 今のところ、 X線レーザー光を手に入れる手段は、このX線自由電子レーザーしかありません。 SLAC(全長4km、建設費約720億円)もDESY(全長3.3km、約1300億円)もSPring-8サイト内のX線自由電子レーザー施設(XFEL)(0.8km、約380億円)も手法は同じなのに、なぜ全長や建設費に差があるのでしょうか。
 「答の1つとして、アンジュレータの工夫があります」と石川プロジェクトリーダー。電子軌道の上下に直線状に配置されるアンジュレータの磁石は、上下の間隔が小さいほど、直線方向の磁石の間隔を詰められるようになります。つまり、短い距離で何度も電子を曲げることができ、装置が短くても十分な効果が得られるようになるのです。
 従来のアンジュレータでは、磁石が電子の走行する真空パイプの上下を挟む構造でしたが、北村英男グループディレクターは真空パイプの中にアンジュレータをつくり込み、さまざまな工夫を重ね「真空封止型アンジュレータ(図3)」を完成させました。SPring-8において世界で初めて実用化に成功した真空封止型アンジュレータにより、上下の磁石間隔を飛躍的に近づけることが可能になり、必要な磁場をコンパクトなアンジュレータで得ることができるようになったのです。
 紫外線レーザー光発振に成功した試験加速器では、1個の磁石の幅をSPring-8のアンジュレータの約3分の1にまで縮めており、本番機でもこの15mm幅が採用されることになっています。

図3.真空封止型アンジュレータ

図3.真空封止型アンジュレータ。

銀色の真空パイプ(真ん中の円筒)の中に磁石列が入っています。

電子間距離を詰めながら、Cバンド加速器で効率よく加速

 「2つ目には、Cバンド加速器(図4)の採用がありますね。」電子はマイクロ波で加速しますが、普通の加速器では2.8ギガヘルツ(GHz)のSバンドで加速します。一方、プロトタイプ機ではSバンドだけでなく、 5.7GHzのCバンドを使う加速器も用いています。周波数が2倍になれば、加速効率も2倍になり、加速器の長さを半分にできます。
 Cバンド加速器の技術は、新竹積グループディレクターが高エネルギー加速器研究機構(KEK)にいた時に開発しました。周波数を高くするほど加速管には高い加工精度が求められ、Cバンド加速器には日本の加工技術の粋が詰まっています。
 また、アンジュレータで同位相の電子集団をつくるには、後ろの電子が出した光が届くところに前の電子がいなくてはなりません。
 つまり密な電子ビームをつくらねばならないのですが、負の電荷をもつため電子同士は反発します。
 「最初は密度の薄いビームをつくり、加速しながら電子密度を上げる方式をとりました。加速と密度アップを同時に行うのは、この試験加速器が世界で初めてです。マイクロ波との位相に電子を載せるかで上手くコントロールしていきます。」
 ちなみに、SLACもDESYも、最初に非常に高密度な電子ビームをつくる方式をとっているとのこと。「不安定性が大きいので私たちは避けたのですが、どっちがいいかは最後までいってみないとわかりませんね。」と、石川プロジェクトリーダーはクールに技術アプローチの違いを受け止めています。
 電子ビームを作り出す電子銃にも新技術が採用されました。アンジュレータが短くなると、電子銃から出る電子の平行性が要求されます。そこでホウ化セリウム(CeB6)の単結晶を用いた発生源(熱カソード)システムを開発し、世界最高の電子の平行性(エミッタンス)を実現しました。

図4. Cバンド加速管

図4. Cバンド加速管。

右側の壁の裏側に高周波を供給する発生装置があります。

コンポーネントの組み合わせの妙

 レーザー光を発振させるためには、電子銃、加速器、アンジュレータといったコンポーネント(構成要素)を革新し、精度と信頼性を上げるだけでなく、システム全体としての精度と信頼性を確保しなければなりません。熱膨張率の低い特別なセラミックスで装置を支える台をつくる、床面を平らに研削する装置を開発するなどして、試験加速器ではコンポーネント(構成要素)を10マイクロメートルの精度で並べました。「レーザー光の発振に成功したのは、 60m試験加速器のシステムとして精度が高かった証拠といえるでしょう。800mの本番機では、1個1個のコンポーネントも長くなり、数もふえる…。今後は本番に向けて、それら1つ1つの精度と信頼性をあげていくことが必要でしょうね。」

X線レーザー光で真空の破れが見たい

 X線レーザー光を手に入れることができれば、さまざまなものを見ることができるようになります。
 X線放射光の場合は、タンパク分子を結晶化しなければ、その構造を見ることはできません。しかし、結晶化に成功していないタンパク分子はたくさんあり、細胞膜にある膜タンパクもその1つです。
 一方、X線レーザー光なら、結晶化しなくても、膜タンパクの構造を調べることができるので、創薬の面からも大きな注目を集めています。「ナノテクノロジー分野の材料開発にも力を発揮するでしょう。」という石川プロジェクトリーダーが今興味があるのは、真空が破れるところです。「光のエネルギー密度があるしきい値を超えると、真空が破れて電子と陽電子が生まれてきます。今の私たちの技術を、あと1桁あげれば可能でしょう…。でも、結局、何を見るかはシステムの開発者ではなく、システムのユーザーが決めることです。とにかく私たち開発者は愚直に精度を上げていくだけです。」

SPring-8長尺ビームラインと並列するX線自由電子レーザー施設完成予想図(赤囲み)。

SPring-8長尺ビームラインと並列するX線自由電子レーザー施設完成予想図(赤囲み)。

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ


この記事は、X線自由電子レーザー計画合同推進本部 石川哲也プロジェクトリーダーにインタビューをして構成しました。