大型放射光施設 SPring-8

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セメントが金属に変身 ー ありふれた元素で高機能材料を作る

電気の流れやすさを変える

 物質は電気の流れやすさによって導体と絶縁体に区別されますが、その境界はあいまいです。2つの間には電気が少しだけ流れる半導体があり、これは絶縁体に不純物を入れることによって作られます。また半導体には、電子を入れていくことで導体を作り出せるシリコン半導体があります。とすると、絶縁体に何か工夫をこらすことで、半導体を超えて一気に導体を作り出せるのではないでしょうか。
 それを世界で初めて実現したのが、東京工業大学フロンティア研究センターの細野秀雄教授をはじめとする研究グループです。細野教授らは、セメントの材料である12CaO・7Al2O3(C12A7、図1)に電子を入れることで、金属に匹敵する電気伝導度をもつ物質を作り出しました。

図1. C12A7(酸化カルシウム・酸化アルミニウム化合物、12CaO・7Al2O3)の粉末。

図1. C12A7(酸化カルシウム・酸化アルミニウム化合物、12CaO・7Al2O3)の粉末。

C12A7金属の作り方は単純

 細野教授は、2002年の時点ですでにC12A7を半導体に変えることに成功していました。その後研究を続け、より多くの電子を入れる方法を考案して導体にまで変えることができたのは2007年4月のことです。
 C12A7に電子を入れるのは、作業としては実に単純です。「C12A7に金属チタンを加え、1200〜1300℃に熱するだけです」と細野教授。チタンは電子を生み出す還元剤として作用します。加熱することで化学反応が起こり、発生した電子がC12A7の中に入っていくのです。
 製法があまりに単純なため、逆に分子の世界で何が起こっているのかが気になります。細野教授は、ただ良いものができたというだけでなく、分子レベルの変化を把握することで理論的な背景を探りたいと考え、C12A7の構造解析を行いました。

驚くべき分子の世界

 細野教授らは、SPring-8のビームラインBL02B2を使い、C12A7の結晶構造解析をしました。すると、興味深いことがわかりました。
 まずC12A7の基本構造は、12個のカゴが組み合わさったものです(図2)。カゴの大きさは約4.4Å(1億分の1センチメートル)で、12個のうち2個にだけ酸素イオン(O2−)が入っています。これがチタンを加えて熱することで引き抜かれ、代わりに電子が入ります。
 より精密に構造解析をすると、O2−があるときカゴは図3左のようにゆがんでしまっていることがわかりました。イオンのマイナスが強いため、カルシウム(Ca)原子が引き寄せられてしまっているからです。このとき自身も身動きがとれません。O2−が電子に置き換わるにつれてカゴのゆがみが解消し(図3右)、きれいに整った通路を電子がスムーズに行き来することができるのです(図4)。

図2. C12A7の構造。右図のカゴ構造が12個集まって左図の最小構造単位を形作る。

図2. C12A7の構造。右図のカゴ構造が12個集まって左図の最小構造単位を形作る。

図3. C12A7カゴ構造の電子密度分布。

図3. C12A7カゴ構造の電子密度分布。

絶縁体のときは中央に酸素イオン(O2−)がある(左図)が、金属状態では電子がカゴの中でうすく均一に分布する(右図、密度が非常に低いため電子は無いように見える)。

図4. 酸素イオン(O2−)が電子に置き換わるにつれてカゴのゆがみがなくなり、電子がスムーズに動けるようになる。

図4.

酸素イオン(O2−)が電子に置き換わるにつれてカゴのゆがみがなくなり、電子がスムーズに動けるようになる。電子の濃度が1×1021個/cm3より高くなると金属状態になる。

用途は広がる

 こうして作り出され、理論的研究も進むC12A7金属ですが、単なる科学的興味だけではありません。実社会での用途はいくつも考えられます。
 まず、液晶パネルや有機ELなどへの応用です。C12A7金属は透明なため、電極材料として期待できます。現在、この用途には酸化インジウムスズが使われています。電極としての性能もさることながら、作りやすさの点でこれを超える材料はありません。しかし、インジウムは枯渇が心配される希少金属です。「その点C12A7は、ありふれた元素だけからできているので、その意味でも有用だと考えています」と細野教授。
 教授はまた、化学反応への応用を期待しています。電子を大量に含むC12A7金属は、還元剤としての能力をもっています。「有機反応に使われている還元剤は水中では使えませんが、この物質は逆です。水に溶ける特徴を生かして、たとえば水中でタンパク質の還元反応を行うことができるでしょう」。
 さまざまな分野への影響が大きいと考えられる材料のため、開発競争も激化しています。興味深い性質をもつ材料を作り出したとき、すぐに構造解析ができる環境が必要だと細野教授は考えます。研究室にある自前の解析装置だけでなく、詳細な解析を可能とする高輝度放射光をもつSPring-8は欠かせません。しかし、「材料開発の世界は競争が激しいので、SPring-8を使いたいときにすぐ使えるといいですね」と教授は本音もちらり。

高機能材料開発の近道

 細野教授は、材料研究を始めたころからずっと金属酸化物に注目していました。教授は言います。「ガラスやセラミックスを長年扱っているとわかるんです。これには何かあるな、と」。それに20年ほど前に目にした「電子化物」の解説記事から、金属酸化物と電子を組み合わせるアイデアが生まれました。
 この研究の出発点はこのような純粋な興味からで、はじめから実用化を考えていたわけではなかったそうです。しかし、「いまあるものの改良だけでは革新的な材料を生み出すことはできない」という細野教授の姿勢がC12A7金属を生み出し、結果として高機能材料開発の近道となったのでしょう。
 細野教授は、C12A7の金属化からわずか3カ月後には、超伝導体に変化させることに成功しました。これは2007年10月の、鉄系高温超伝導体の発見につながりました。新型超伝導体は、いま世界中で大きな関心を集めています。

コラム ものづくり日本の復活なるか

細野教授

 細野教授は、日本のものづくりの力が弱くなったと感じています。20年ほど前に銅酸化物高温超伝導体が見つかったとき、日本は理論でも材料探索でも世界をリードしました。しかし、その後解析に注力し精密化が進んだ反面、ゼロから一を生み出すような新規材料開発の力が衰えたと言います。いまや中国が日本を脅かし、「鉄酸化物高温超伝導に関しては、われわれが最初に発見したのですが、その展開は中国が世界を牽引するでしょう」と近い将来を予測します。
 日本が再度巻き返すためには、人材育成が最も重要であると教授は言います。細野研究室では学生たちがどんどん成果を挙げています。その秘訣を聞いたところ、「特別な教育をしたということはありません」と謙遜しつつ、「目標が明快で挑戦的テーマが多く、難易度は高いのですが、先輩たちが世界をリードする成果を挙げてきているので、自分たちにもできるのではないかと感じて、学生たちも真剣に取り組むのでしょう」と学生のやる気を出させることがポイントだと語りました。

文:吉戸智明 協力:サイテック・コミュニケーションズ

用語解説

● ありふれた元素
地表付近に存在する元素は、多い順に酸素(O)50%、ケイ素(Si)26%、アルミニウム(Al)8%、鉄(Fe)5%、カルシウム(Ca)3%である。C12A7は存在量が1、3、5位のありふれた元素だけから構成されている。
● 電子化物
塩素イオン(Cl)を含む化合物を塩化物、酸素イオン(O2−)の場合を酸化物というように、解説記事(『Scientific American』)では電子(e)を含む化合物のことを電子化物とよんでいる。


この記事は東京工業大学フロンティア研究センターの細野秀雄教授にインタビューをして構成しました。