彗星に眠る太陽系形成の謎
彗星から新たな発見
太陽系はどのように形成されたのだろうか?これは、科学者だけでなく、多くの人々の興味をかきたてる話題です。これまで研究者たちによって、惑星・小惑星などの天体観測、地球に飛来する隕石などの分析、計算機シミュレーションの結果から、少しずつ形成過程が明らかにされてきました。
まだ完全な解明には至っていませんが、それでも、研究者の間で最も事実に近いだろうとされる太陽系形成モデルがありました。ところが、ある一つの研究成果により、このモデルが大きな変更を迫られることになりそうです。太陽系外縁部からやってきた彗星のダスト(塵ちり)から、従来のモデルでは説明できない物質が発見されたからです。それが「コンドリュール*」と呼ばれる隕石に多く含まれる岩石成分です(表紙図)。
表紙図
ないはずのものが存在した
初期の太陽系では、太陽を中心に大量のガスやダストが円盤状に分布していました(図1)。その頃、太陽に近い円盤の内側は高温状態であったと考えられています。その結果、内側にあったダストは溶けて性質が変化します。約1500℃以上に暖められ、それが急速に冷却されるとコンドリュールが生成されます。
ダストは次第に集まって大きくなっていき、直径数km程度の微惑星を数多く形成します。それらが衝突合体を繰り返し、惑星や小惑星などに成長していきます。
そうすると、太陽に近い天体はコンドリュールを含むはずで、実際に小惑星帯からの隕石を調べるなどして証明されています。一方、太陽から遠く、極低温であった円盤の外側にはコンドリュールは存在しないはず。しかし今回、天王星より遠いところを回っていたヴィルト第2彗星(図2)からコンドリュールが発見されたのです。
図1. 太陽系形成モデル。
初期の太陽系は、ガスとダストが円盤状に分布(原始惑星系円盤)していた。ガスとダストは徐々に集まり、小惑星や惑星に成長していったと考えられる。天王星軌道より遠くには、成長せずに取り残されたダストのかたまりが多数分布しており、これをカイパーベルトと呼んでいる。(出典:中村准教授が所属する初期太陽系進化学研究室ホームページ)
図2. ヴィルト第2彗星と主な惑星の軌道。
ヴィルト第2彗星は木星とカイパーベルトの間の軌道を回っていたが、1974年9月、木星に接近したため軌道が変わり、地球の近くにやってくるようになった。
世界トップのチームワーク
彗星のコンドリュール発見に大きく寄与したのは、九州大学の中村智樹准教授。「もともと太陽系内と系外の物質に起こるインタラクション(相互作用)に興味を持ち、宇宙塵うちゅうじんを研究対象としてきました」そのためダストの解析において、「私たちの実験装置・技術者ネットワークは、世界トップクラスと自負しています」と中村准教授。
ヴィルト第2彗星からばらまかれるダストを回収し地球に持ち帰る「スターダスト計画*」においても精力的な解析を行い、世界に先んじて重大な成果をあげることに成功しました。
解析は、まず非破壊試験から行います。中村准教授がX線回折実験をSPring-8のビームラインBL37XUと高エネルギー加速器研究機構の放射光施設を用いて行いました。これにより、ダストを構成する結晶(鉱物)の種類やその存在比がわかります。続いて大阪大学大学院理学研究科の土`山つちやま明教授が中心となり、X線CTで内部構造を可視化しました。これはSPring-8 のビームラインBL47XUを用いて行いました。
試料に直接ふれる試験は後戻りができません。だから非破壊の段階で、可能な限り精密に内部情報を探ることが重要になってくるのです。ダストは直径5〜30μmしかありません。このような極小の試料を精密測定するために、SPring-8の高輝度放射光は欠かせないのです。
続いて破壊試験です。まずダストをエポキシ樹脂で固めます。測定中ばらばらにならないようにするためです。固めたら2つに割ります。半分は0.1μmに薄くスライスし、それぞれ透過型電子顕微鏡で詳しい内部構造を観察します。これは茨城大学の野口高明准教授が行いました。
残り半分は走査型電子顕微鏡による分析と二次イオン質量分析計*による同位体測定を行い、ダストの構成元素や構造を測ります。走査型電子顕微鏡による分析は、中村准教授が東京大学や大阪大学の機器を用いて行いました。同位体測定は、ウィスコンシン大学の二次イオン質量分析計を用いて、牛久保孝行さんと木多紀子さんの協力を得て、中村准教授が行いました。
一連の測定には、ずいぶん多くの人の手がかかっているのです。
まだら模様が決定打
図3は、彗星ダストの断面図です。まだら模様になっていることがわかるでしょうか。これが、彗星のダストにコンドリュールが含まれている決定的な証拠です。丸い部分がかんらん石、それを取り囲んでいるのが輝石です。太陽からの放射で1500℃付近まで熱せられると、融点の高いかんらん石は溶けずに丸いまま残り、融点の低い輝石は溶けるため、冷えた後このようなまだらになるのです。
中村准教授のグループは、これまでに70個近い試料をX線CTにかけました。そのうち解析対象として有望な15個をスライスし、さまざまな測定を行いました。その結果、6個からコンドリュールを発見したのです。これだけの成果が短期間に得られたのは、SPring-8の放射光が高輝度なため、精度の高い解析ができたからです。
ただ、コンドリュールにはいくつかのタイプがあります。酸素同位体比を測定することによってどのタイプか調べることができ、太陽系のどこで形成されたコンドリュールなのか知ることができます。すると、6つのうち5つの試料が小惑星に存在する炭素質隕石のコンドリュールに近いことがわかりました(図4)。これは、小惑星帯の中心から外側部分に多く分布します(図5)。
図3. 彗星ダスト「Torajiro」の電子顕微鏡写真。
かんらん石と輝石のまだら模様が確認できる。エアロジェルはダストを捕獲するための物質で、捕獲時のエネルギーにより溶けてダストに付着したもの。
図4. 彗星ダストの酸素同位体比を測定することで、太陽系内における起源や変遷を調べることができる。
赤丸と緑の三角で表される測定値(右図)は、いずれも炭素質コンドリュール付近に収まっている。酸素同位対比は、もっとも存在比が高い16Oに対する17Oや18Oの比で表す。CCAMは、炭素質コンドライト無水鉱物の酸素同位体組成を示す。左図のダストの黒い穴はイオンビームを当てた跡。
図5.
コンドリュールを含む炭素質コンドライト隕石は、小惑星帯の中心から外側の領域、地球より3〜5倍ほど太陽から遠い距離に多く分布しているC、P、Dタイプの小惑星を母天体とする。一方、ヴィルト第2彗星はカイパーベルト(30〜50天文単位)で形成されたと考えられる。彗星のコンドリュールは、太陽からの距離が全く異なる環境で形成された小惑星のコンドリュールに酷似している。天文単位は、太陽から地球までを1とする距離の尺度。
期待される新たな太陽系形成モデル
ヴィルト第2彗星のダストは、過去のある時期1500℃という高温にさらされました。小惑星帯くらい太陽に近いところでの出来事だったと考えられます。それが天王星よりも遠いところにあったとは、どういうことなのでしょうか。
中村准教授は「太陽系初期の円盤の中で、コンドリュールの移動が起こった可能性があります」と言います。これは現在の太陽系形成モデルで部分的には説明できますが、完全ではありません。新たな太陽系形成モデル*の構築が望まれます。中村准教授は「統計的に確かなことを言うためには、20試料の分析が必要です。今後、さらに多く解析して、精度を高めたい」と語ります。さらに、「彗星のコンドリュールの年代測定をして、いつ移動が起こったのかを追求していきたいと考えています」。
2010年に、小惑星探査衛星「はやぶさ」が地球に帰還します。この受け入れ準備にも関わる中村准教授。小惑星イトカワから採取した試料の解析でも、いかんなく力を発揮してくれることでしょう。
コラム 旅のお供に寅次郎
「ときどき、朝目覚めたときに自分がどこにいるかわからないことがあるんですよ」と中村准教授は苦笑します。ダスト解析のため本拠地の福岡、兵庫、大阪、茨城、東京、それに米国など世界中を飛び回り、研究会なども含めると「年に120日は出張しています」とのこと。九州大学にいるときはあまり研究に没頭できず、授業や学生指導で手一杯です。
学生のころからレーシングカートが趣味で、「直角コーナーを曲がるときの、体にかかるG(重力)がたまりませんね」とのめり込んでいます。「でも最近は忙しくて、あまり乗ってません」と寂しそう。代わりに「飛行機には年間60回くらい乗ってます」と中村准教授。
ストレスは『男はつらいよ』で解消しています。彗星ダストに「Torajiro」とニックネームをつけるほどの大ファン。DVDを持ち歩き、移動中にBGMのように聴いているそうです。
取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 吉戸智明
用語解説
●コンドリュール
マグネシウム(Mg)、ケイ素(Si)、酸素(O)を主成分とする岩石に少量の金属鉄が混ざったものが、溶けて急速に冷えたもの。
●スターダスト計画
NASAは1999年に彗星探査機「スターダスト」を打ち上げ、7年後の2006年1月に地球にダスト試料を持ち帰った。
●二次イオン質量分析計
試料に一次イオンビーム(Cs)を当て、その衝突エネルギーにより飛び出したイオン(二次イオン)の質量を測る。二次イオンは電場によって測定部分に運ばれ、その量をパーセントで表したものを二次イオン透過率と呼ぶ。ウィスコンシン大学の装置は、透過率が70〜80%で世界一を誇る。
●新たな太陽系形成モデル
ジェットと呼ばれる、磁場の影響で太陽系中心から外側へのプラズマの強い流れがあったとする提案が過去にされている。しかしこのモデルでは、彗星のコンドリュールが特定の小惑星のコンドリュールに似ていることを説明できないので、新たなモデルが必要になる。
この記事は、九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門の中村智樹准教授にインタビューをして構成しました。SPring-8 NEWS 33号の研究成果・トピックス「SPring-8で小さなかけらから太陽系のなぞを探る」もご参照ください。