大型放射光施設 SPring-8

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隕石で発見された夢の磁性材料

宇宙からの贈りもの

 私たちの地球には、1年間に数万トンもの石「隕石」が降ってきます。隕石は今から46億年前に誕生し、その姿を今日まで変えていない太陽系の化石です。この隕石を手がかりにして、太陽系の歴史を探る研究が進められてきましたが、地球の鉱物とは異なり、多くの謎が残されています。
 地上で発見される隕石は、表面が黒く焦げていますが、内部の金属や石は変質していません。鉄とニッケルの合金からなる鉄隕石(隕鉄)を切ると、銀色に光る面に筋状の模様が走る特有の構造が現れます(表紙の写真)。「ウィドマンステッテン構造」と呼ばれるこの組織は、隕石の元になった小惑星の中心部が、ゆっくりと冷えてできたものです。
 鉄隕石のサンプルを恩師の研究室でたまたま目にした財団法人高輝度光科学研究センター研究員の小嗣(こつぎ)真人さんは、その美しさに打たれ、研究者魂を呼び起こされました。
 「“測ってみろ”というサンプルの声が聞こえてきた」と、そのときの印象を振り返ります。
 小嗣さんはそれまで、光電子顕微鏡(図1)を使って、ハードディスクなどのデバイスに使われる磁性体(磁石)の研究をしてきました。ハードディスクは、鉄合金などの磁性薄膜を重ねた多層膜でできています。鉄隕石も多層膜からなり、共通点がありました。そこで、鉄隕石の研究資料をいろいろ調べてみたところ、物理的なくわしい測定はされていませんでした。
 「デバイスを理解する方法で、つまり光電子顕微鏡を使って、鉄隕石の構造を明らかにしよう」。こうして新たな研究が拓かれました。

表紙の写真表紙の写真
鉄隕石を特徴づける微細な金属組織「ウィドマンステッテン構造」
図1.光電子顕微鏡(PEEM)の原理

図1.光電子顕微鏡(PEEM)の原理

試料の表面にX線を照射すると、そのエネルギーが吸収され、試料中の電子が飛び出してくる。この電子を「光電子」といい、物質に応じた強度分布を示すので、その画像から電子状態や磁気状態を知ることができる。光電子の分布を電子レンズにより拡大投影することで、数十ナノメートルのものを見分けることができる。

地球には存在しない不可思議な磁性

 SPring-8の光電子顕微鏡(PEEM)は軟X線固体分光ビームラインBL25SUに設置されており、世界でもトップクラスの性能をそなえています。解像度は数十ナノメートル(nm:1nmは10億分の1m)。物質の組成や結晶構造、そしてハードディスクの研究には欠かせない、磁気的な構造を見ることができます。
 鉄隕石は、鉄を多く含むα相とニッケルを多く含むγ相からなることが知られていました。小嗣さんは、α相とγ相が接する境界(界面)に注目しました。ハードディスクの界面には未知の性質が現れることがあり、鉄隕石の界面にもその面影が見えたからです。そこで、PEEMを使って界面付近の組成分布と、磁区構造、つまり磁化の向きを調べてみました(図2)。組成分布を示す画像では、α相とγ相がはっきりと分かれていて、界面には「テトラテーナイト」として知られる鉱物のナノサイズの薄い層が存在することが実際に確認されました。
 磁区構造を示す画像には、これまでの常識ではありえない構造が現れました。棒磁石のN極とN極を近づけようとしても、反発力が強くてくっつきません。ところが、鉄隕石の界面ではN極とN極が向かい合っているという不可思議な構造がなりたっていたのです。
 この特殊な構造を解き明かすため、2つのモデルを立ててシミュレーションを行いました。鉄とニッケルが単純に接するモデルと、鉄とニッケルの間に「テトラテーナイト」層を入れたモデルです。その結果、鉄とニッケルだけのモデルでは、磁化の向きはそろっていますが、テトラテーナイトを入れたモデルでは、界面を境にして磁化の向きが正対しました(図3)。テトラテーナイト層が磁区構造を左右しているようです。

図2.光電子顕微鏡で見た鉄隕石の界面付近

図2.光電子顕微鏡で見た鉄隕石の界面付近

左は組成分布で、明るいところほどニッケルが多いことを示す。右は正対する磁区構造を示す。

図3.シミュレーションで求めた磁区構造

図3.シミュレーションで求めた磁区構造

それぞれのモデルの界面近くの磁区構造が再現され、正対する構造はテトラテーナイトによってつくられていたことが明らかになった。

テトラテーナイトは優れた磁性材料

 小嗣さんは、テトラテーナイトの性質をより深く知りたくなり、さらに解析を進めました。テトラテーナイトは鉄50%とニッケル50%からなり、それぞれの原子が単原子ごとにくりかえされる規則的な結晶構造をもっています。この結晶の規則性が、磁化の向きを変化させない性質、ハード(硬い)磁性をつくりだしていることがわかりました。ハード磁性体としてよく知られているのは、永久磁石やハイブリッドカーのモーターです。
 ハード磁性が非常に強いテトラテーナイトは、まわりの磁場の影響を受けませんが、まわりの磁場に影響をあたえて、磁化の向きを変化させてしまいます。そのため、鉄隕石の界面では正対する磁区構造ができていたのです。
 もうひとつ大きな発見がありました。テトラテーナイトはハードディスクなどの磁性材料として有望だということです。
 ハードディスクの容量は今日、映像や音楽などを保存できるように、飛躍的に増加しています。これに対応するため、ハードディスクの記録密度を高くしようとしています。ところが、これまでの面内磁気記録方式(図4)では、これ以上記録密度を上げると、磁気的な相互作用によって情報が失われる恐れがあり、限界に来ていると言われます。代わって、垂直磁気記録方式(図4)が開発されています。その材料には、磁化の向きが垂直に立ちやすい性質「垂直磁気異方性」が求められます。垂直磁気異方性の高い材料として、コバルトや白金(プラチナ)などが使われています。テトラテーナイトの垂直磁気異方性も、これらと同じぐらい高いことが明らかになりました。

図4.ハードディスクの記録方式

図4.ハードディスクの記録方式

これまでの面内磁気記録方式と比べると、垂直磁気記録方式では100倍も記録密度を高くすることができる。その材料としてテトラテーナイトが有望視されている。

レアメタルフリーの実現をめざして

 テトラテーナイトは地球上には存在しませんから、磁性材料として応用するには人工的につくりださなければなりません。また、テトラテーナイトがなぜハード磁性になるのか、結晶構造との関係はまだ解明されていません。そこで、鉄とニッケルの層を積み木細工のように交互に重ねていき、規則的な構造を人工的に再現しようとする基礎実験が東北大学で進められています。プロトタイプの段階に入っているようで、人工のテトラテーナイトができる日も遠くないかもしれません。
 一方、次世代のハードディスクの材料として欠かせないプラチナは、価格が高騰を続けている「レアメタル」です。急増する消費量に対して生産量が追いつかないのが現状です。年間約2トンのプラチナがハードディスクに使われていますが、テトラテーナイトのような鉄とニッケルの合金を使ったハードディスクが実現すれば、プラチナの消費量は大幅に抑えられます。省資源と低コスト化が実現できるわけです。
 小嗣さんは、人工のテトラテーナイトを次世代の磁気メモリーに応用したいと考えています。現在のコンピューターのメインメモリーに使われている半導体メモリーは、電源を切ると記録が消えてしまいます。磁気メモリーの特長は、電源を切っても記録が消えないことで、その開発研究が進められています。この新しいメモリーに人工のテトラテーナイトを使うことができれば、磁性材料はさらに進歩していくことでしょう。

コラム:異なるものとの交流

小嗣さん

 「ドイツにいたときはモデルもやりました」。小嗣さんがハードディスクの素材の研究を始めたのは、ドイツのマックスプランク研究所にいたころ。服飾デザイナーの友人が日本の丹後ちりめんに興味をもち、手織りの技法を機械化してニットのように編んだ作品を発表しました。この日本とドイツの文化の融合に協力したのです。
 小嗣さんの信条は、異なるものとの交流です。「材料の研究者は閉じたソサエティーにいることが多く、それではイマジネーションを広げていくことができません。実験室の内外でさまざまなものに触れる。そのときに美しいと感じたものには、美しさを説明できる物理法則が存在するはずです」

取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 福島 佐紀子


この記事は、財団法人高輝度光科学研究センター利用研究促進部門研究員の小嗣真人さんにインタビューして構成しました。