バクテリアやDNAがレアアースをくっつける!? 分子レベルの視点が応用への扉を開く
21世紀の技術と産業のカギを握るレアアース
パソコンのハードディスクやCDプレーヤー、携帯電話などに欠かせない強力磁石の材料となるネオジム(Nd)。液晶パネルなどの製造に必要な研磨剤や蛍光体として使われるセリウム(Ce)。21世紀の技術と産業の発展のために、これらの「レアアース(希土類元素)」はとても重要な存在です。
レアアースとは、周期表の左から3番目の列にあるスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)と、本来はその下に入るけれど収まりきらずにはみだしてかかれるランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15種の元素(これらを総称してランタノイドといいます)を合わせた17種の元素をまとめて指す言葉です(図1)。原子の構造、特に電子の配置やふるまいがユニークで、それが強い磁力を生み出したり光を発したりする原因になっています。
図1.17種のレアアース(希土類)元素(黄色の部分)
分離・回収の難しさが大きな課題に
レアアース利用の課題の一つが、分離・回収の難しさです。自然界では鉱石の中に数種類のレアアースの混合物として含まれているため、利用するには目的の元素だけを分離しなければなりません。一般に、分離は、融点や沸点など、化学的性質の違いを利用して行われます。ところが、レアアースは、互いに化学的性質がよく似ているため、分離が難しいのです。
そこで、現在は、レアアースを含む鉱石を溶かした液を抽出剤が含まれた有機溶媒と混合してレアアースを一度有機相に抽出し、その後新たな水相に逆抽出する溶媒抽出法と呼ばれる方法がとられています。しかし、この方法は複雑なうえに環境に負荷がかかる有機溶媒を用いるため、環境への悪影響が懸念されるなどの問題がありました。
また、レアアースの生産は2009年現在、97%を中国が占めており、安定した供給のためには使用された製品からの回収も重要です。しかし、回収するためにも分離と同様の技術が必要なため、再生コストの安い中国に製品を送り、回収しているのが現状で、日本国内での分離・回収につながる技術の開発が求められています。
台所の微生物にも吸着能力がある
広島大学の高橋嘉夫教授は、このほど、「バクテリアがレアアースを吸着する」という、こうした問題の解決につながる画期的な研究成果を発表しました。
「バクテリアがさまざまな元素を吸着することは以前から知られ、主に環境分野で研究が進められていました。鉛やカドミウムなどの有害物質をバクテリアが吸着してくれるのです」
高橋先生は、バクテリアにレアアースを吸着するはたらきもあるのではないかと考え、調べてみたところ、周囲の溶液に比べて約10万倍という高濃縮率で吸着することが明らかになりました。また、バクテリアにはさまざまな種類がありますが、特別なバクテリアではなく、例えば台所の流しにすむ身近なバクテリアにも同程度の吸着作用があるとわかりました。
興味深いのは、レアアースの中でも原子番号が大きく重い元素ほど吸着率が高いことです。吸着率が高ければ分離・回収も容易で、レアアースの価格は重い元素ほど高い傾向にありますから、そうした意味でも利点があると期待されます(図2)。
図2.水溶液からバクテリアへのレアアースの濃縮率とレアアースの価格
(濃縮率:希薄な水溶液中のレアアースの濃度に対するバクテリア中のレアアースの濃度の比;価格: 2008 Minerals Yearbookより)
吸着のメカニズムを分子レベルで解明
高橋先生は、バクテリアがレアアースを吸着する現象の発見だけにとどまらず、なぜ吸着するのか、分子レベルで解明しようと考えました。
SPring-8のビームラインBL01B1と高エネルギー加速器研究機構のビームラインを使用してX線吸収法(EXAFS法)による実験を行いました。EXAFS法とは、物質にあてるX線のエネルギーを変えながら、その物質中の特定の元素(原子の種類)によるX線吸収の度合いをスペクトル(吸収スペクトル)として測定する実験法です。X線の吸収スペクトルは測定対象とする原子の種類によって異なり、また、その周辺にある原子の種類や位置によって変化します。そのため、測定した吸収スペクトルを詳細に分析することで、どこに、どんな原子があるのかを知ることができるのです。レアアース(陽イオンの状態)が吸着するのは、バクテリアの細胞壁に多く存在する陰イオンのカルボキシル基かリン酸基のどちらかではないかと推測されていましたが、この実験を行ったところ、リン酸基であることが特定できました(図3、図4)。
リン酸基は遺伝情報のもとになるDNAにも含まれています。そこで、DNAのレアアースの吸着能力を調べた結果、DNAもバクテリアと同様にレアアースを吸着することが分かりました。DNAは白子などに豊富に含まれ、バクテリアよりも実用化が容易といえます。そこで、高橋先生は現在、有機溶媒の代わりにDNAを固定化したセルロースを用いた溶媒抽出法によるレアアース分離・回収による特許を出願中です。これなら有機溶媒のように環境に悪影響を与えず、より容易にレアアースを分離・回収できると期待されます。
図3.バクテリア(バチルス菌)によるルテチウム(Lu)吸着のX線吸収法(EXAFS法)による解析
グラフは、Lu(レアアースの中でも最も重い元素)の近くにどんな元素が多く存在するかを、Lu原子からの距離によって表したもの。バチルス菌のグラフは、CP(リン酸基が付加したセルロース)のグラフとよく似ており、レアアースは、バクテリアのカルボキシル基(COO-)よりもリン酸基(PO42-)により強く吸着することが明らかになった。Å(オングストローム)は10-10m。
図4.バクテリア細胞表面へのレアアース(RE)の濃縮の模式図
地球化学の視点が発想の原点
高橋先生がこの研究に取り組んだきっかけは、新しい分離・回収法の開発のためではありませんでした。専門は“地球化学”。地球の内部にどんな元素がどのように存在し、約45億年前に地球が生まれてから今までの間にどのように動いてきたかを研究する学問です。そこではレアアースが重要な元素と考えられています。
「石に含まれるレアアースの割合を測定すると、その石が例えば地下奥深くのマントルからきたかどうか、などがわかります。バクテリアに物質を吸着するはたらきがあると聞き、そうした研究に使えないかと考えて取り組むうちに、新しい分離・回収法としての産業への応用が見えてきたのです」
高橋先生が取り組む以前には、バクテリアによるレアアース吸着の研究は進んでいませんでした。バクテリアによる吸着の研究は、有害物質を除去する手段として進められてきましたが、レアアースは体にあまり害はないため、研究対象とならなかったのです。地球化学という視点からこそ、レアアースの吸着に光が当てられたといえます。
吸着のメカニズムを分子レベルで解明したのも、地球化学者ならではのアプローチでした。出発点が環境問題の解決や産業への応用にあったなら、バクテリアによる吸着という現象が明らかになった後、研究のベクトルは実用化に向かっていたでしょう。しかし、地球化学は地球という大きな存在を分子というレベルで解明しようという学問です。そのスタイルが身についていた高橋先生は、実用化よりもメカニズムの解明に興味をもちました。
分子レベルの解明が次の応用への橋渡しに
分子レベルの解明にまで進んだことこそが今回の成果のポイントだと高橋先生は強調します。
「メカニズムがわかったから、バクテリア以外の生体関連物質を利用した新しい分離・回収法の可能性が大きく広がりました。ミクロの視点で得られた分子レベルのデータこそが、一つのマクロな現象を次の応用へとつなげる橋渡しとなるのです」
高橋先生はそうしたアプローチを「分子環境地球化学」と名づけ、自らの研究を発展させていこうと考えています。「もともと私は環境問題に関心をもち、学生時代はフロンガスによるオゾン層の破壊の研究をしていました。そこから地球化学へと興味が移っていったのですが、今回の経験を機に、分子レベルで環境にアプローチし、世の中の役に立ちたいという思いが強くなりました。分子レベルでの研究にはSPring-8などのX線研究施設が欠かせませんから、今後、さらに重要性が増すと考えています」
高橋先生の研究室では、今回の成果以外にも、家庭のほこりに含まれる有害物質の調査、海底熱水による太古の地球の微生物の研究など、多種多様なテーマに取り組んでいます。分子環境地球化学という視点が、そうした研究をどのように発展させ、環境問題解決への道を拓いてくれるのか注目されます。
コラム:学生こそが私の宝
高橋先生が広島大学に赴任して間もない頃、研究室に配属されたある優秀な学生と出会いました。どんな目的でどんな研究をしたいのか、ポイントを伝えるだけでどんどん研究を進めていき、高橋先生の予想をはるかに上回る研究へと発展させていきました。この経験を機に、高橋先生は学生の力を信じ、大切に育てるようになったと言います。
「目的を伝えて任せれば、学生はきっといい研究をしてくれます。中には時間がかかる人もいます。しかし、そこで焦らずに待ってあげなければいけません。そのように学生を信頼しきることが、大学の教員にとって最も大切だと思います。私が現在、いろいろなテーマに取り組めているのも、優秀な学生たちが意欲をもって研究に取り組んでくれているからです。学生こそが私の宝ですね」
表紙の図 |
取材・文:十枝 慶二
この記事は、広島大学大学院理学研究科の高橋嘉夫教授にインタビューをして構成しました。