世界初!地球中心部の超高圧高温状態を実現 ~ようやく手が届いた地球コア~
地球の内側はどうなっているか
地球はどのように誕生し、どのように今の姿になったのでしょうか。それを知る手掛りは、現在の地球内部に秘められています。地球の内部は、その中心からコア(核)、マントル、地殻の順番で層をなしています(図1)。こうした層構造は、地震が起きたときに伝わる「地震波」の速度を測定することで知ることができます。例えば、日本で地震が起こると、地震波は地球の中心部を通って日本の裏側にあたるチリにも伝わっていきます。その途中で層の境界を通るときに、屈折したり反射したりするので、地震波が伝わる速度の変化や層の厚みを推定することができるのです。
しかし、それぞれの層が何でできているかは、地震波ではわかりません。それを知る方法として、穴を掘って内部の物質を採取する方法がありますが、これで採取できるのは今のところ地殻までです。その他に、マントルが融解してできるマグマ*1によって深部から地表に運ばれてくる岩石を調べる方法があります。ダイヤモンドは5万気圧、すなわち地下150kmより深いところで生成されるので、ダイヤモンドを含む岩石は、150kmより深いところに存在したものです。ただし、この方法でもせいぜい地下200kmまでのマントルの岩石しか入手できません。地表から地球の中心部までは6378kmなので、私たちは地球内部のほとんどの物質を手にすることができないのです。
図1.地球内部の層構造と圧力温度
深部の環境をつくりだす
そこで、地球深部の環境を実験室につくって、その環境に存在し得る物質を人工的につくりだす研究がさかんに行われています。地球内部は深くなるにつれ、圧力と温度が上がっていきます(図1)。地球の中心は364万気圧・5500°Cという超高圧高温状態であり、この環境を実験室でつくりだすことに、世界中の研究者たちが努力を続けてきました。
そうした中で高圧高温状態の発生に関する世界記録を保持してきたのが、東京工業大学の廣瀬敬教授らのグループです。2004年には、マントルの最底部にある「D”層」の環境下(125万気圧2200°C以上)で実験し、そこに全く新しい鉱物が存在することを発見して、この分野全体に大きなインパクトを与えました。この成果が特に評価され、廣瀬教授は、学術上特に優れた研究業績に対して与えられる日本学士院賞を受賞しています。そして2010年、ついに地球の中心部に相当する超高圧高温状態を実現することに、世界で初めて成功しました。
「下部マントル(D”層の上位)の鉱物が合成されたのが1974年なので、それから新鉱物が発見されるまでにちょうど30年かかったことになります。その6年後に地球中心部までの高圧実験ができるようになったわけですから、ここ数年の進歩は極めて急速です」と廣瀬教授は話します。
SPring-8が高圧技術の向上を加速
数百万気圧という巨大な圧力を発生する装置は、意外にも小さく、てのひらに収まるくらいの大きさです。これは「ダイヤモンドアンビルセル」といい、2つのダイヤモンドの間に試料を挟み、六角レンチを使って手でネジを締めるだけで、数百万気圧もの圧力を試料に加えることができます(図2)。そして、近赤外レーザーをダイヤモンドを通して試料に照射することにより、超高温も同時に実現できるわけです。
「ダイヤモンドの先端を細くするほど、強い圧力を生み出すことができます。しかし、先端のカットの仕方を工夫しないと、ダイヤモンドが変形して割れてしまいます。これまでたくさんのダイヤモンドを粉々にしてきましたが、さまざまな形状を試して、約10年かけて364万気圧という超高圧の発生に成功しました」と廣瀬教授。また、レーザーで加熱する際に熱が逃げないように工夫して、5500°Cという超高温の発生も同時に実現しました。
ただし、超高圧高温状態が実現しているのは、直径数十μm(1μm:100万分の1m)という非常に狭い領域で、試料はこれより小さくなります。そのような微小試料をどのように解析すればよいのでしょう?そこで活躍するのがSPring-8のX線です。
試料が小さいために、従来の装置で発生するX線では十分な解析ができませんでした。SPring-8で得られるX線は、強力かつ高密度で、さらに高圧高温条件を保ったまま、その場で試料の結晶構造を解析できるという大きな強みをもっています。
「ごく最近まで、高圧実験は100万気圧くらいで何十年も立ち止まっていました。たとえそれ以上の高圧が出せたとしても、試料を解析する技術がなかったのです。SPring-8をはじめとする大型放射光施設が世界的に充実してきたことで、研究者たちがより高圧を実現させようと頑張るようになったことが、近年の急速な進歩につながったのだと思います」
図2.てのひらに乗るほどの大きさの高圧装置・ダイヤモンドアンビルセル(写真左)。
その中心部(写真右)には、ブリリアントカットされ先端部を少し切り落としたダイヤモンドが装着されており、先端部に試料を挟んで2つの容器を合わせてネジを締めると極めて高い圧力がかかる。
地球コアの結晶構造が明らかに
地球中心部までの実験を可能にした廣瀬教授たちは、今、コアの解明に取り組んでいます。コアは鉄を主成分とし、固体の内部コア(内核)と液体の外部コア(外核)に分かれています。地球の形成過程において、初期のコアはすべて液体でしたが、冷却によってある時点からコアの結晶化が始まり、固体の内部コアが出現したと考えられています。
液体を超高圧高温下で調べる技術はまだ十分ではないので、廣瀬教授たちはまず固体である内部コアを調べることにしました。内部コアは、極方向を通る波と、赤道方向を通る波の速度がかなり異なっていることが地震波の観測から知られており、これを「地震学的異方性」といいます。異方性が観測されるということは、一般的に、結晶がある方向に揃って並んでいて、そこに何らかの流れが存在していることを示します。内部コアのダイナミクス(動き)は、内部コアの誕生・成長、ひいては地球磁場の生成にも関わると考えられており、内部コアにどのような流れがあるかは、研究者たちの大きな関心事です。これを明らかにするにはまだハードルがありますが、まずやるべきことは内部コアの鉄の結晶構造を決定することです。
内部コアの鉄の結晶構造については、1950年頃からさまざまな構造が提案されてきました(図3)。しかし、金属鉄は、実験中に酸化したり空気中の湿気がついたりして結晶構造が変わりやすいため、固体でも実験が難しく、また、超高圧高温状態を実現できなかったことなどから、確かな結論は出ていませんでした。今回、廣瀬教授らは、世界で初めて内部コアの環境下で実験し、内部コアの鉄の結晶構造が「六方最密充填構造」と呼ばれるものであることを突き止めました。この結果から、内部コアでは、図3に示す六方最密充填構造の鉄が、地球の回転軸に対して平行に並んでいることがわかりました。
「今後は、結晶が配列するメカニズムをさらに詳しく調べて、内部コアの成長やダイナミクスの解明を進めていく予定です。また、内部コアに含まれるとされるニッケルや軽元素が密度や地震波速度に与える影響を調べて、内部コアの化学組成を決定し、その情報を使って、外部コアの化学組成の決定にも取り組んでいこうと考えています」
図3.これまでに提案された鉄の結晶構造
内部コアでは、左に示す六方最密充填構造の黄色の縦の辺が地球の回転軸に平行になるように並んでいると考えられます。
コラム:成績が悪くて地質学に
地球科学の重要な成果を次々とあげている廣瀬教授ですが、東大駒場の学生時代は、意外にも成績が悪かったそうです。「3年生から専門の学科に分かれるのですが、成績が悪く、理学部で行けるのは数学か地質学しかありませんでした。父が数学者だったので、数学はあり得ないと思って(笑)。選択肢は地質学以外になかったわけです」と廣瀬教授。でも、昔から旅行が好きで、地質には興味をもっていたそうです。「地質に進学して、恩師や先輩に恵まれました。今考えると、地質に行って本当によかったです」
表紙の図 |
用語解説
*1 マントルとマグマ
混同されがちですが、マントルは固体の岩石で、マグマは液体です。温度の上昇や圧力の低下で、岩石(マントル)の一部が溶けてマグマになります。地表付近ではマグマはまわりの岩石より比重が軽いので、浮力を受けて地表近くまで上昇してマグマだまりをつくり、そこで冷え固まって深成岩になったり、地表に噴出して火山を形成したりします。
取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 秦 千里
この記事は、東京工業大学大学院理工学研究科の廣瀬敬教授にインタビューをして構成しました。