ダイカスト材の疲労破壊の原因「ポア(気泡)」を解明 ~材料開発はもっとスマートになる~
材料の疲労破壊
金属などの材料はくりかえし使っていると、やがてどこかにき裂が入り、それが広がって壊れます。この現象を「疲労破壊」といいます(表紙の図)。疲労破壊の起こりやすさは、材料の元々の性能のほかに、その製法による出来不出来が大きく関わります。
ダイカスト法は、溶かした金属を加圧しながら金型に流し込んで成形する鋳造法です。安く量産できることや、複雑な形もつくれることから、多くの部品づくりに応用されてきました。しかし、製造過程における空気の巻き込みなどが原因で“す(気泡)”が入り、強度の高い製品はつくれませんでした。最近では、溶かした金属を保温しながら炉から直接低速で金型に流し込むという改良により、車の足回り関係の部品などがつくられるようになっていますが、それでもまだ完全に“す”を取り除くことは難しく、部品の強度にばらつきが見られ、大きな力がかかる部品や航空機の部品のように高い信頼性が求められるものはつくられていません。
豊橋技術科学大学で材料を研究している戸田裕之教授は、ダイカスト関連製品を製造するアーレスティ社との共同研究で、さらなるダイカスト法の改良を目指した研究開発を行っています。
表紙 疲労き裂の3D観察
SPring-8のビームラインBL47XUでとらえられたポア(赤)と疲労き裂(緑)
表面付近に気泡が密集
“God made the bulk; the surface was invented by the devil.”1945年にノーベル物理学賞をとったヴォルフガング・パウリという学者の言葉で、戸田教授のお気に入りです。「神が中身のある物体を作り、表面は悪魔のしわざ」という意味で、教授の「材料は一部を見るのではなく、必ず全体を見なければならない」という態度に通じます。材料を見る厳しい目によって、さまざまな研究成果が生まれています。
2009年、戸田教授はダイカスト法でつくったアルミニウム合金部品の表面付近(20 μmより浅い部分)に、水素で満たされた気泡がたくさん存在していることを初めて発見しました。これは、アルミニウムが冷えて固まる過程で、溶け込んでいられなくなった水素が材料表面に集まり、生じた気泡でした。その存在がこれまで見逃されてきた理由を戸田教授は、「従来の材料研究は、一部の構造を調べて、その結果から材料全体を推測していました。材料は均質ではないので、これは大きな問題でした」と指摘します。
さらにSPring-8での研究を進めると、この気泡が材料の疲労破壊に深く関わっていることがわかりました。疲労破壊は、ごく小さなき裂がその発生の起点となり、時間とともに広がっていきます。ですから、疲労破壊の詳しい解析には、材料表層構造の時間変化を観察する必要がありました。これは、3次元プラス時間で観察することから、「4次元観察(4D観察)」といわれています。
SPring-8のビームラインBL20XUやBL47XUでは、X線CTスキャンによる4D観察を高解像度で実施できます(図1)。この装置で、アルミニウム合金試験片を観察すると、同じダイカスト法でつくった試験片でも表面付近の気泡の数に違いが見られ、その数が多いほど早く疲労破壊してしまう(短寿命)ことがわかりました(図2)。また、寿命の長さに関わらず、き裂は気泡から始まっていました。
この発見と研究成果は日本鋳造工学会の論文誌『鋳造工学』に発表され、論文賞を受賞しました。
図1.ビームラインでの測定の様子
この装置に試験片をセットし、数十万回くりかえし負荷をかけながら内部の様子の変化を観察した。
図2.明反応の流れ。
同じダイカスト法でつくられた試験片でも、気泡の密度によって寿命に違いが出ることがわかった(左図)。また、この試験片に数万〜数十万サイクルの負荷をかけると気泡(赤)からき裂が発生し、さらに 負荷をかけ続けると、き裂(黄)が広がっていく様子(右図)をつぶさに観察できた。
疲労破壊につながる気泡の条件
「アルミニウム合金では一般的に、1mm3あたり数万〜数十万個の気泡が存在しています。そのうち疲労き裂の起点になるのは、数個か多くても10個ほどです」。戸田教授は、どのような気泡が疲労破壊の原因になるのかを突き止めようと考えるようになりました。技術の発展により、多数の気泡や疲労破壊の様子が観察できるようになったことはすごいことですが、それだけでは製造の現場で利用できないからです。そこで膨大な気泡情報の中から有用なものだけを選び出し現象を説明する、4D画像情報の「粗視化」という作業が始まりました。
まず、気泡のサイズと疲労破壊の関係などをグラフに表してみました。しかし、プロットはバラバラで法則性を見いだせそうにありませんでした。き裂の起点となる気泡の条件は、そんなに単純ではなかったのです。そこで、疲労破壊実験で得られた膨大なデータについて、気泡の形状的な性質(大きさや表面からの距離、隣り合う気泡との間隔や位置関係など)に注目したデータマイニング*1を行いました。その結果、疲労破壊につながる気泡の条件が、いくつか導き出されました(図3)。仮にそれらすべての条件を満たす気泡が存在すると、その気泡は99.7%の確率で疲労き裂の起点となります。
「おそらく、こうした4D画像情報の粗視化が行われたのは世界でも初めてのことでしょう」。この成功には2つの技術的進展が欠かせなかったといいます。まず、SPring-8を利用すれば、解像度1 μm以上の4D観察が可能になったことです。これまで見えなかったき裂の入り始めの様子がとらえられるようになり、疲労破壊に関係する気泡を特定できました。もう1つが、コンピュータのデータ処理能力の向上です。これにより大量のデータを扱うデータマイニングが可能になりました。このようにして、疲労破壊の起点となる気泡の特徴をとらえることに成功しました。
図3.気泡の大きさと表面からの距離の分布図
多くの実験データの解析で得られた相関図。赤い点は疲 労き裂の起点となる気泡を示している。隣接する2つの気泡 が大きい(5.4 μm以上)か、もしくは小さくても表面に近い (1.8 μm以内)場合に疲労き裂につながることがわかった。
材料開発が変わる
今回の結果が発表されて、企業の中には、気泡の数を減らしたり、サイズを小さくしたりして、ダイカスト製品の高品質化を探り始めているところもあるかもしれません。一方、研究者である戸田教授の関心は、ずっと先の“将来の材料開発の在り方”に向けられています。
現在、材料開発は、まず設計を行い、次にそれに基づいて試作品をつくり、さまざまな分析や観察、試験を行うという手順を踏んでいます。信頼性を高めるために、分析や試験を何度もくりかえさなければならず、コストも労力もかかります。それに対して、現在使われている材料や試作品の挙動をまずSPring-8などで4D観察し、その画像を忠実に用いた「イメージベースシミュレーション」で精密に解析すれば、より良い材料設計が短期間で可能です。今回の結果は、このような高度な材料開発プロセスを産業的なものづくりにつなげられることを示しました。材料開発はもっと効率的になるのです。
このような材料開発は、従来の逆工程をたどることから「リバース4D材料エンジニアリング」と、戸田教授は呼びます。そしてこの手法を確立するための重要なエッセンスとなるイメージベースシミュレーションや粗視化を高度化する研究が、戸田教授やほかの研究者によって始められています。
コラム:趣味のスキーでも教師を目指しています!
戸田教授と研究室の仲間たち (前列中央が戸田教授) |
「基本的に仕事も趣味も全力投球です」と話す戸田教授は、趣味のスキーもインストラクターを目指すほどの腕前です。忙しくて滑りに行けない時代もありましたが、6年前、久しぶりに滑る機会がありました。そのとき、スキー板の改良が進んで、正しいとされる滑り方がすっかり変わってしまったことに愕然としたといいます。これがきっかけで、「スキー技術を極めたい」と思うようになり、ここ数年は、年に二十数回スキー場に出かけます。
「スキーの魅力は、ほかのスポーツにはない恐怖感を味わえることです。これを克服した時の達成感がたまらないんです」。
この冬の研究室旅行でも、インドやマレーシアなど雪のない国の留学生たちも連れて、スキーを楽しむ予定です。
用語解説
*1 データマイニング
得られた大量のデータを統計解析し、その中に潜む項目間の相関関係やパターンなどを探し出す技術。大量のデータを扱うため、スーパーコンピュータの進歩が大きく関与している。
取材・文:サイテック· コミュニケーションズ 池田 亜希子
この記事は、豊橋技術科学大学 大学院工学研究科 機械工学系 戸田裕之教授にインタビューして構成しました。