レアメタルフリーのナトリウムイオン蓄電池を実現 〜次世代蓄電池をめざして〜
地殻に存在するリチウムはわずか0.002%
「電気自動車の動力として、また、自然エネルギー普及の根幹技術として欠かせない蓄電池。現在、蓄電池の一種として広く用いられているのがリチウムイオン電池(図1)で、ご存じのように携帯電話やモバイルパソコンの小型電源(〜10Wh※1)から、電気自動車に利用される大型電源(〜20,000Wh)までじつに幅広く利用されています。全世界におけるリチウムイオン蓄電池の生産量は年に30億個にも上りますが、今後はさらに、電気自動車などの普及を受けて、その需要は拡大の一途をたどると考えられます。
ところが、リチウム元素は地殻中にわずか0.002%しか存在しないレアメタル。現在、日本はその全量をチリなどからの輸入に依存しており、また産出国が限られることから、政情などに価格が左右されているのが現状です。一方、東日本大震災以降、電気自動車や余剰電力を蓄えて有効活用するスマートグリッドシステムなどの技術開発に、より一層の期待が寄せられています。しかし、余剰電力や自然エネルギーを蓄えられる1000 kWh級の超大型の蓄電池にリチウムを用いることは、コスト的にも資源的にも、非常に難しい状況になっています。
リチウムイオンLi+と電子e-の移動により充放電が行われる。
・電極:リチウムイオンと電子を吸蔵・放出する
・電解液:リチウムイオンは通すが、電子は通さない
・外部回路:電子は通すが、リチウムイオンは通さない
正極材料もレアメタルフリーに
そこで現在、リチウムに代替できる元素の検討が進められています。同じアルカリ金属で、性質が似ており、日本においても無尽蔵で安価な資源であるナトリウムに着目して研究を進めてきたのが、東京理科大学の藪内直明さん(総合研究機構講師)と駒場慎一さん(同大学理学部応用化学科准教授)です。
「1980年代にナトリウムを用いた研究はなされていたのですが、単位質量あたりの蓄電量が少なく、実用化のメリットはないと考えられてきました。そうしたなかで私たちのグループは、2009年に正極材料にナトリウムを用い、実用化の要となる常温で作動するナトリウムイオン電池の立証に成功しました。ただこのときは、正極材料での電荷の出入りに別のレアメタルであるニッケルが必要だったのです。今回は、このニッケルの代わりに一般的な材料である鉄やマンガンなどを採用することにより、完全なレアメタルフリーを実現しました」と藪内さんは言います。
現在、リチウムイオン電池にもコバルトやニッケルなどのレアメタルが使われています。これらの金属はリチウム以上に希少で、価格の上昇が続いています。レアメタルフリーの蓄電池の実現は、今後のエネルギー政策をも左右する大きな使命でもあり、藪内さんらの研究は大いに注目を集めています。
新たな層状構造を発見
ところで、蓄電池とはどのようなしくみになっているのでしょうか。
たとえば、リチウムイオン蓄電池の場合、正極にリチウム金属酸化物を用い、負極に炭素材料を用いるのが主流です。電池を充電すると、酸化により正極のリチウムイオンが引き抜かれ、有機溶媒である電解液を通り負極へ移動します。逆に電池を放電すると、負極からリチウムイオンが放出されて、正極に入ります。このときの電荷の吸蔵・放出に伴う電位差が電圧となって取り出せるというわけです。
現状の市販のリチウムイオン蓄電池は4V程度ですが、今回、藪内さんらが開発したナトリウムイオン蓄電池は平均3V程度。ただし、容量を増やして、現在の電気自動車のリチウムイオン蓄電池と同等程度の蓄電量を得ることができる可能性を示しました。その要となったのが、正極材料として必要な層状構造の新たな材料を発見した点にあります(図2)。
「これまで、鉄系の層状酸化物としては、ナトリウム鉄酸化物(NaFeO2)が知られていましたが、蓄電量が少なく、一般的なリチウムイオン電池の正極材料の6割程度の蓄電量しか得ることができませんでした。今回は、鉄を50%ほどマンガンに置き換えることで、従来とは異なる層状構造(Na2/3[Fe1/2Mn1/2]O2)の合成に成功し、これにより蓄
電量を増やすことができました」と藪内さんは説明します。
従来は、ナトリウムイオンが8面体を形づくり、その頂点に酸素が結合していましたが、今回発見された新しい鉄系の層状材料は、ナトリウムイオンの形が三角柱になっていて、その頂点に酸素が結合している点がポイントです。結果として金属層どうしによる静電反発※2が大きくなり、従来よりも層間距離が広くなります。これにより、大きな元素であるナトリウムにとっては動きやすくなるとともに(図3)、多くのナトリウムイオンを吸蔵できることから蓄電量が向上します。
ナトリウムイオンに対する酸素の配置が異なっている。
詳細な構造解析で性能向上をめざす
結果として、鉄やマンガンのような豊富かつ身近な材料で、しかもリチウムをナトリウムに置き換えるだけというシンプルな発想により成果を得ることができましたが、これらの材料にたどり着くまでには、あらゆる元素を試し、試験を繰り返すという地道な努力がありました。
結晶構造を解析するために使用したのは、SPring-8のビームラインBL02B2のX線粉末結晶構造解析装置です。測定に使用するのはコイン型の小さな電池のため、解析に使える試料は1mgにも満たないほど。それでも、SPring-8のX線は非常に輝度が高いため、詳細な構造解析が可能でした。
「以前なら測定できないほどの少量の試料でも、SPring-8なら1試料につき5分もあれば計測でき、積層状態が変わった後の構造まで詳細に見てとることができます。何度も吸蔵・放出を繰り返す中で、構造がどのように変わって、劣化につながるのかという科学的なデータ解析まで行うことができました。SPring-8での計測は年に2〜3回におよび、
一度に40〜50種類もの試料を持ち込んで臨んだほどです」と藪内さん。
詳細な分析結果のかいあって、藪内さんらの研究は、2012年5月に英国の科学雑誌『Nature Materials』に掲載され、蓄電池の新しい技術として世界中から大きな注目を集めることになりました。
現在、5年後の実用化を見据えて、企業と連携して、さらなる性能向上をめざすとともに、蓄電量を増やすために、負極材料の研究にも取り組んでいます。負極材料の分析にも、まだまだSPring-8が活躍することになりそうです。
コラム:自分の道を信じる
藪内さん(左)と駒場さん(右)。 負極材料でも、近い将来、皆さんが驚くような発表ができればと思っています。 |
駒場さんが研究を始めた当初は、ナトリウムは蓄電量が少ないこともあって、誰も見向きもしない材料だったそうです。とくに金属ナトリウムの安全性が疑問視されていたことから、実用化には否定的な声が多かったのです。
「誰も見向きもしないような研究であっても、自分の道を信じて進んでいれば、日の目を見ることができるんだということを今回実感しました。
そもそもリチウム蓄電池も当初は、電圧が高すぎるため実用化できないと言われていました。それを91年にソニーが市販化に成功し、以来、性能の向上に努めてきました」と駒場さんは言います。
ちなみに、90年に世界で初めてニッケル水素電池の量産化を手掛けたのも、松下電池工業と三洋電機という日本の企業でした。さらに遡ってみれば、乾電池の発明者は日本人で東京理科大(当時の東京物理学校)ゆかりの屋井先蔵です。
「1880年代、当時の電池は液体を使う湿電池だけでしたが、屋井は1887年に世界で初めて、液漏れを防止する乾電池を発明しました。このように、乾電池の研究は日本人がリードしてきた歴史がある。これからも、日本が蓄電池の分野のけん引役となれるよう、研究にまい進していきたいと思います」と駒場さんは力強く語ります。
用語解説
*1 Wh
電力量を表す電気の単位で、エネルギーの総量を表す。1Whは、1ワットの電力を1時間で消費、もしくは発電したときの電力量。
*2 静電反発
静止した電荷によって引き起こされる物理現象のこと。微粒子の表面に帯びたプラスかマイナスの電気(電荷)を原因とする反発力。静電気。
取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 田井中 麻都佳
この記事は、東京理科大学 藪内直明講師と駒場慎一准教授にインタビューして構成しました。