体温をあげて細菌から身を守る仕組みがわかった -放射光がとらえた水素イオンの調節機能-
細菌を攻撃する白血球
風邪や食中毒などの感染症は、細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入することによって引き起こされます。細菌は、たえず私たちの体の中に侵入しようと狙っていますが、体には細菌の侵入を防いだり、感染しても症状を軽くしたりするような仕組みが備わっています。たとえば、傷口などから体内に侵入した細菌は、好中球*1などの白血球に攻撃されます。
また、病気になると発熱することがありますが、これは白血球が病原体を攻撃したときにつくるサイトカインという物質が脳の視床下部に作用するためと考えられています。近年、発熱
によって白血球などの免疫に関わる細胞が活性化されたり、病原体の増殖が抑えられたりすることがわかってきましたが、その理由は明らかにされていませんでした。
殺菌の武器は活性酸素
では、好中球はどのようにして細菌を退治しているのでしょうか。まず、自らの細胞の表面を覆っている細胞膜で細菌を包み込みます。好中球の内部に取り込まれた細菌は、活性酸素*2の作用を受けて酸化され、殺菌されます(図1)。活性酸素は、細胞膜の表面でつくられていて、その原料として欠かせないのが水素イオンです。
細胞膜には、水素イオンチャネルというタンパク質があり、水素イオンの通り道となっています。水素イオンチャネルは、活性酸素の原料である水素イオンを細胞の外に運ぶことで細胞内外の酸とアルカリのバランスを調節し、活性酸素の生成を維持しているのです。
細胞膜にこのようなイオンの通り道があるのは、細胞膜から細胞の外にある物質が簡単に入り込めないようにしているからです。このようなイオンの通り道には、水素イオンだけでなく、ナトリウムイオンやカルシウムイオンなどのイオンチャネルもあります。これらのイオンチャネルは、細胞膜の内と外の電位差を感じ取り、イオンの通り道となる孔を開閉することによって、イオンを透過させ、細胞に電気的な興奮を伝えるなどの役割をしていることが知られています。
「ところが、水素イオンチャネルの開閉の仕組みは、従来のイオンチャネルと違うのです」と大阪大学教授の岡村康司さんが話します。岡村さんたちの研究チームは、水素イオンチャネルの構造や機能を研究しています。
好中球は細菌を見つけると、自分の中に取り込む。取り込まれた細菌は、好中球がつくり出した活性酸素によって殺菌される。水素イオンチャネルは水素イオンを細胞の外に運び、活性酸素の生成を促す。
水素イオンチャネルの原子構造を解析
これまでマウスやヒトの好中球の細胞膜を使って水素イオンチャネルの分子が特定され、イオンの通り道をもつタンパク質がペアになってはたらくことが明らかにされています。しかし、「どのようにしてタンパク質がペアになるのか」、そして「なぜペアになってはたらくのか」は謎でした。
水素イオンチャネルのメカニズムを解く鍵は、タンパク質がペアをつくっている部分にあるはずです。そこで、その部分の原子構造を解析することにしました。まず、タンパク質のペア部分を見つけ出し、結晶化しました(表紙)。その結晶をSPring-8の生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)を使ってX線結晶構造解析を行いました。すると、このタンパク質は、水素イオンが通る孔と好中球の内部に突き出たしっぽのような構造からなることがわかりました。しっぽの部分はらせん構造をしていて、2本が絡み合いペアになっていました(図2)。
水素イオンが通る孔と好中球の内部に突き出たらせん構造からなる。2本のらせん構造が絡み合いペアになっている。
温度を感じて、水素イオンの量を調節
また、水素イオンチャネルに流れる水素イオンの量を測定しました。タンパク質が単独のときは、短時間でたくさんの水素イオンが流れましたが、ペアのときは、ゆっくりと時間をかけて水素イオンが流れました。「2つの水素イオンチャネルタンパク質が、ペアになっている部分を介してお互いに水素イオンの流れを抑制していました」と研究チームの大阪大学准教授の藤原祐一郎さんが説明します(図3)。
さらに、らせん構造の安定性を調べたところ、温度が高くなるとペアが離れることがわかりました。「温度があがると、タンパク質のペアが離れ、たくさんの水素イオンが流れます。つまり、活性酸素をたくさんつくれるということです。一方、温度がさがると、再び元通り2本のらせんが絡み合い、ペアとなって水素イオンの流れる量が少なくなったのです」と藤原さんが続けます。水素イオンチャネルは温度によってペアをつくったり、離れたりして水素イオンの流れを調節していたのでした。
水素イオンチャネルが単独(シングル)のときは短時間でたくさんの水素イオンが流れた(左)が、ペアのときは時間をかけて水素イオンが流れた(右)。2つの水素イオンチャネルが、ペアになっている部分(細胞膜から細胞内までつながる一連のらせん構造)を介してお互いに水素の流れを抑制している(下)。
水素イオンチャネルがペアなのは自分を守るため?
水素イオンチャネルは、なぜペアとなってはたらくのでしょうか。「実は、2本のらせんがほどき始める温度は体温と同じ37°Cでした。さらに、完全にほどけるのが、約40°Cでした。そのデータが出たとき、体温と関係しているのではないかと気がついたんです」と藤原さん。
こうして、水素イオンチャネルの生体でのはたらきが浮かびあがってきました。細菌に感染して発熱すると、好中球では水素イオンチャネルタンパク質のペアが離れ、水素イオンが大量に流れます。すると活性酸素がたくさん生成して、細菌を殺します(表紙)。でも、活性酸素は細胞自身にとっても毒性が強いので、ふだんはタンパク質がペアになり、水素イオンの流れを抑えて、活性酸素ができないようにしています。「水素イオンチャネルは細胞の中の温度計のようですね。ペアでいることは、自身の細胞を活性酸素から守る意味があるのだと思います」と藤原さんは話します。まだ、全部のメカニズムが明らかになったわけではありませんが、研究が進めば、免疫を調節する薬などの開発に役立つかもしれません。
温度を感じて、水素イオンの量を調節
この研究の特徴は、水素イオンチャネルの構造と機能の両面から解析したことにあります。「近年のイオンチャネルの研究では、原子レベルの理解が求められています。この研究もSPring-8で水素イオンチャネルの構造を決定できたからこそ、新たな機能を説明することができたのです」と岡村さん。藤原さんも「水素イオンチャネルタンパク質のらせん構造がわからなければ、温度を感じて構造が変わるということは理解できなかったと思います」と話します。
今回の研究から、水素イオンの通り道を開閉させる要因は、電位差のほかに温度の変化があることがわかりました。イオンチャネルは、そのほとんどが開閉する機構をもっています。この研究の成果がほかのイオンチャネルの機能の理解へと広がり、医学や薬学の発展につながることが期待されます。
コラム:実験に魅せられて
岡村教授 | 藤原准教授 |
岡村さんも藤原さんも医学部出身で、医師免許をとったものの研究の道に進みました。同級生のほとんどが臨床医になったのに、そのまま研究者になったのは珍しいケースだったそうです。「学生のときは、研究がどんなものかはまったくわかりませんでした。偶然に出入りするようになった解剖学研究室で顕微鏡を通して見る生命の世界にすっかりはまってしまいました」と岡村さん。外科医を目指していた藤原さんも、気が付けば生理学研究室で実験に夢中になっていました。それ以来、イオンチャネルの研究に取り組んでいます。「いつの間にか患者さんを診るより、実験するのが好きになっていたのですね」と藤原さんも当時を振り返ります。偶然にも同じような道を選んだお二人が、「治療に役立つような研究をしたい」と日夜、実験に没頭しています。
用語解説
*1 好中球
白血球の一種。白血球には顆粒球、単球、リンパ球があり、顆粒球のうち中性の色素によく染まるものを好中球という。体内に侵入した細菌を包み込み(食作用という)、殺菌を行うことで、感染を防ぐ役割を果たす。
*2 活性酸素
大気に含まれる酸素に比べ、著しく反応性が高い酸素種をいう。酸素分子に過剰の電子が取り込まれたスーパーオキシドや過酸化水素などが含まれる。
取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 佐藤 成美
この記事は、大阪大学医学系研究科の岡村康司教授と藤原祐一郎准教授にインタビューして構成しました。