LED照明の欠点である“まぶしさ”を克服 ~新発見の蛍光体で白色LEDを実現~
新素材で白色LEDの欠点を解消
近年、省エネ効果が高いとして、白熱電球や蛍光灯に代わって、急速に普及が進んでいるLED*1照明。しかし、その光をまぶしいと感じたり、窓やディスプレイなどへの映り込みが気になることはないでしょうか。一方で、光源の明るさの割には、光源から遠い窓際などは暗いと感じられたことがあるかもしれません。
これは、白色LEDの光源が点状で小さく、白熱電球や蛍光灯に比べて照らし出す範囲が狭いことに起因します。それにより不快なまぶしさや、窓際など照明器具の真下以外の暗さにつながるというわけです。
白色LEDの多くは青色LEDチップをケースに入れ、その上に補色である黄色に光る蛍光体を載せ、青と黄の光を合成して白色光をつくり出しています(図1左)。その際、黄色蛍光体には光の色の調整に優れた窒化物を使うのが主流ですが、窒化物蛍光体の製造には高い温度と圧力を要するためコスト高にもなります。
こうした課題を克服すべく、このたび小糸製作所と東京工業大学、名古屋大学の共同研究によって、新素材である「Cl_MS(クルムス)蛍光体」が開発されました。この蛍光体を使うと、発光部を大きくすることが可能で、まぶしさを低減し、かつ部屋の隅々まで明るく照らし出すことができます。また、Cl_MS蛍光体は新しい結晶構造をもつ新物質でありながら、その主成分は貝や骨、岩石、塩などに含まれるありふれた酸化物のため製造しやすく、地球環境にやさしいのが特長です。
発光部の面積を大きく、形状も自由に
ではなぜ、Cl_MS蛍光体を使うと、発光面積を大きくできるのでしょうか。Cl_MS蛍光体を発見し、新たなLEDの可能性を切り拓いた小糸製作所 研究所・主管の大長(だいちょう)久芳さんは、そのしくみを次のように説明します。
「Cl_MS蛍光体は、紫色の光を90%以上の高い効率で黄色光に変換できる物質です。そこで私どもでは、紫色LEDチップの上に、Cl_MS蛍光体と青色の蛍光体を樹脂中に低濃度で分散し、それを肉厚のドーム状に載せることによって、発光効率の高い『クルムスLED』を実現しました。発光源は、あくまでも一粒ひとつぶの蛍光体で、これを透明の樹脂中に低濃度に分散させることで、大きくすることができます(図1右)。その面積は従来の白色LEDの10倍。したがって、輝度を10分の1に低減でき、まぶしさが抑えられます」。
光源が大きくなれば、LED素子の数を減らすことができ、コスト減にもつながります。また、樹脂でつくることから、形状をさまざまに変えることが可能です。
「電球のほか、蛍光灯のようなライン状の光源やキャンドルライトのような形状もつくれます。用途に応じて、自由にデザインできるのも大きな特長です」(大長さん)。
部屋全体にむらのない光を
もう一つの特長は、青と黄色の蛍光体の光がそれぞれ干渉し合うことなく独立して全方位に出ることから、部屋全体にむらのない光を届けることができる点です。
「従来の青色チップと黄色蛍光体を組み合わせた白色LEDでは、中央は白く明るく光りますが、周囲に黄色いリングが生じることがありました(図2)。紫色チップにR(赤)・G(グリーン)・B(青)の蛍光体を載せた場合は、蛍光体同士での干渉が起こるため、周囲に赤いリングが出てしまいます。従来方式では、蛍光体を通過して出てくる青色の光の指向性が高いため制御が難しく、また蛍光体の比重が大きいことから均一に樹脂に混ぜることが困難で、発光体に色むらやばらつきが発生してしまうのです。そうしたことから、白色LEDは製造過程で発光色を選別し、色温度と色調のランクをつけて製造されています」と大長さん。
一方のクルムスLEDであれば、その組成比により発光色を自在にコントロールすることも可能です。
「青と黄の蛍光体の調合により、昼光色から電球色まで自在に白色光を調整でき、十分な演色性*2もあります。クルムスLEDは、蛍光体の調合だけで色が決まるため、製造における歩留まりも改善できるのです」。
酸化ケイ素とカルシウムもしくはストロンチウムから構成されるメタルケイ酸塩層と、塩素とカルシウムもしくはストロンチウムから構成される塩化メタル層が交互に並んでいる。
SPring-8により構造解析から発光メカニズムまで解明
ところで、Cl_MS蛍光体というのは、どのような物質なのでしょうか。
「ケイ酸塩の間に塩化物が挟まっている層状の新物質です。ありふれた元素からなる結晶にもかかわらず、無機結晶材料データベースになく、物質の特定ができませんでした。そこで、約4カ月かけて単結晶を成長させ、名古屋大学に持ち込みました。2007年のことです」(大長さん)。
この結晶の解析を大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光により行ったのが、澤博さん(名古屋大学教授)の研究グループです。
「新物質かもしれないといって持ち込まれる物質のほとんどが既知のものなので、解析により新物質と判明したときは、大変驚きました(図3)。この物質には発光に欠かせない希土類元素ユウロピウムが含まれていますが、まずはそれを含まない母物質について、SPring-8の単結晶X線回折装置ビームラインBL02B1で高分解能の測定を行って基本的な結晶構造を決定しました。一方で、ある程度の分量の試料を用いて、ユウロピウムを様々な条件で結晶の中に含有させた粉末の精密な解析を行いました。こちらは、BL02B2の粉末X線回折装置を用いました。結果、結晶構造、特に発光に欠かせないユウロピウムの位置などを正確に把握することができました。
この結晶構造解析の結果を基にして東京工業大学の細野秀雄教授のグループが発光のメカニズムを明らかにし、さらには製品化の際に重要となる発光効率の温度変化についても、放射光による温度依存性の測定により明らかにしました。今回の事例は、新物質の発見とその構造解析、機能解析が同時にでき、しかもその性能が大変優れていたという意味でも非常に珍しいケースでしょう」と澤さん。
この画期的な成果は、2012年10月に英国科学誌『NatureCommunications』に掲載され、大きな反響を呼びました。
一方で、課題もあります。
「現状、照明用のLEDのほとんどが青色チップで、紫色チップのコストはまだ高い。早く製品化したいところですが、発売は未定です」と大長さんは言います。
青色チップも紫色チップも、原料は同じ窒化ガリウム。その色の調整は微量のインジウムを加えることで行います。インジウムを少なくすると紫になり、添加物が減る分だけ青色よりもつくりやすいという利点もあります。また、インジウムはレアメタルでもあるので、紫色チップの用途が広がれば、開発が一気に進むことになるでしょう。クルムスLEDの、いち早い製品化が待ち望まれます。
コラム:1粒の単結晶から構造と原理が明らかに
澤博教授 | 大長久芳主管 |
小糸製作所といえば、車のヘッドランプにいち早くLEDを採用し、世界シェアNo.1を誇る企業です。大長さんも、もとはヘッドランプの反射鏡の耐熱材料を手がけていました。LEDでは耐熱材料が不要となることから、新たな研究に着手しようと始めたのが蛍光体の研究です。
「Cl_MS蛍光体は何度も実験を繰り返すなかで、偶然生まれた物質です。最初は不純物だらけだったので、単結晶をつくろうと、4カ月かけて1000度以上の炉の中でじわじわと成長させました。当時、当社には設備が整っていなかったため、目を離すことができません。仕方なく、当番制で徹夜で炉の番をしました。年末年始は空調も止まってしまうし、寒くて大変でしたね」と大長さん。
その苦労のかいあって、一粒の、グラニュー糖ほどの大きさの単結晶が採取できたそうです。
「クルムスはケイ酸塩の硬い層状の構造が塩化物によってゆるく貼り合わされた物質で、その間に発光をつかさどるユウロピウムが配置されることで、今までにない高効率の蛍光現象を生み出すという、非常に珍しい物質です」と澤さんは言います。さらに、「新物質の発見という幸運に恵まれても、結晶構造を明らかにできなければ、サイエンスとは言えません。全く新しい結晶構造で発光の原理まで明らかにしたというのは蛍光体物質としては珍しい。その成果を論文に発表できたことで、今後の研究開発を大いに進展させるでしょう」と、明るい展望を語っていただきました。
用語解説
*1 LED
発光ダイオード。導電することで発光する半導体素子。
*2 演色性
照明が物体を照らしたときの色の見え方の特性。色味が自然光で見た状態に近いほど、演色性が高いと言う。
取材・文:サイテック・コミュニケーションズ 田井中 麻都佳
この記事は、株式会社小糸製作所研究所の大長久芳主管と名古屋大学大学院工学研究科の澤博教授にインタビューして構成しました。