世界最大の放射光施設SPring-8 加速器の技術開発 -より明るく、より安定に質の良い放射光を目指す-
SPring-8に至る加速器と放射光の歴史
1911年、物理学者ラザフォードは、「放射性元素から飛び出してくるアルファ線を標的物質にぶつける実験(有名なラザフォードの実験)」から原子核を発見し、素粒子物理学の扉を開きました。この大発見は、原子や電子などの小さな粒子を加速する装置=加速器が、物質の構造を知ることを可能にしてくれることを示しました。その後加速器の技術は、20世紀に飛躍的に発展しました。多くの種類の加速器のなかで代表的なものは、沢山の加速装置(電波を閉じ込める箱のようなもの)を直線上に並べ、荷電粒子を高エネルギーまで加速する「線型加速器」と、磁石を円形に並べて荷電粒子をぐるぐると何回もまわし、同じ加速装置で何度も加速する「円型加速器」(シンクロトロン)です。
ところで、加速器では、直進する電子を磁力によって進行方向を曲げた際に、放射光が発生することが知られていました(図1(A))。光を放出した電子はエネルギーを失うので、円型加速器は電子を超高エネルギーにまで加速するには向いていません。しかし、この原子核実験にはやっかい者とも言える光を物質科学や生命科学に積極的に使う動きや工夫が生まれました。やがてそれが放射光施設として発展していきました。
放射光は1947年に世界で初めて観測されました。日本では1960年代に東京大学で原子核実験用の円型加速器に同居する形で放射光を利用した研究が始まりました。1974年には同学に世界初の放射光専用加速器SOR-RINGが建設されました。現在は役目を終えてSPring-8の放射光普及棟に展示されています。さらに1982年に筑波の高エネルギー加速器研究機構(KEK)に2.5GeV(ギガ電子ボルト)のPhoton Factoryが建設され、その加速器は改良を続け、現在でも第一線級の放射光施設として運用されています。1990年代以降、より明るい(輝度の高い)放射光を得るために「アンジュレータ*1(挿入光源)」(図1(B))と呼ばれる装置を多数組み込んだ放射光施設の建設が世界各国で始まりました。SPring-8はこの流れの中で誕生しました。
SPring-8は、電子を打ち出す電子銃と線型加速器、電子を8GeV(光速の99.9999998%の速さ)まで加速する円型加速器、電子を8GeVで回し続けるための蓄積リング(周長1,436m)の3つの加速器で構成されています。放射光は、電子のエネルギーが高いほど指向性の良い明るい光となり、また、電子のエネルギーが高く、進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになります。大きなエネルギーを得るためには、線型加速器ではその長さを長くし、円型加速器では半径を大きくする必要があり、巨大な施設になっています。また光源である蓄積リングには、蓄積リングとしては世界一長い25mのアンジュレータ、1km長のビームラインなど独自の装置があり、得られる放射光は多くの点で世界最高の特性を有しています。


加速器の技術開発1 光を細くしぼる(低エミッタンス化)
蓄積リングはSPring-8の光源となるリングです。ほぼ円形の加速器で、電子を曲げる偏向電磁石・電子を集める4極電磁石・電子の安定性を高める6極電磁石から構成されています(図2)。またこの他にアンジュレータや電子ビーム入射用の機器、加速空洞(電子をまわし続けるためにエネルギーを供給)、各種のビーム診断装置も設置されます。
利用者からの「より明るい放射光が欲しい、より小さな領域に放射光を集めたい」、といった要望に応えるには、蓄積リングの電子ビームを細くしぼる(エミッタンスを低く抑える)必要があります。
電子ビームを細くしぼるためには、蓄積リング内のアンジュレータの設置に必要な場所を確保しつつ、偏向電磁石、4極、6極電磁石の配置や、その磁場の強さを電子ビームを細くしぼれるよう開発、設計する必要があります。そのような技術開発により、蓄積リングにおける水平方向の電子ビームの広がりを、当初の6.3nmrad*2(ナノ・メートル・ラジアン) から2.4nmradに大きく低減することに成功しました(図3)。この技術は、ナノ多孔質体や電池など環境・エネルギー問題を解決する材料開発に必要なナノメートルオーダーの極微細な構造解析を可能にするなどさまざまな分野における研究の発展に貢献しています。


加速器の技術開発2 トップアップ運転
2004年にスタートしたトップアップ運転は、蓄積リングに電子を継ぎ足し入射し、蓄積電流を上限一杯に維持する運転のことです(図4)。利用者の視点に立った、安定な運転のために開発されました。トップアップ運転は、さまざまな技術開発と世界初のアイデアを組み合わせ、問題点を一つ一つ解決し、また電子ビーム入射時の放射光ビームの振動を定量的に測定したり、SPring-8で行われるたくさんの利用実験に対する影響を調査したりしながら、6年の開発・調整期間を経て実現しました。その後もトップアップ運転の技術は進化し、現在総蓄積電流の変動幅0.03%以下、位置変動〜±0.005mmと世界トップクラスの安定した電子ビームにより、放射光強度や照射位置が非常に安定し、高精度な実験が可能になっています。特に、X線非弾性散乱や核共鳴非弾性散乱など精度を必要とする長時間測定において劇的な効果が得られています。さらにトップアップ運転の安定性を向上するため、蓄積リングに電子を継ぎ足し入射する際に電子が不安定になることを抑えています。その結果、2012年のSPring-8の稼働率は99.18%で、非常に安定した運転を実現できています。
さらなる加速器の性能向上を目指して
今後のSPring-8の加速器は、例えば大電流の単バンチ*3実現(5mA→10mA)、蓄積電流の増加(100mA→200mA)、加速器の一部改造も視野に入れた更に細くしぼった電子ビームの実現など、蓄積リングの性能向上に関するものは継続して研究開発が進められています。
更にSPring-8次期計画(2019年の実施が目標)においては、現在の蓄積リングを極限近くまで改造し、空間干渉性*4の高いX線光源の実現、0.1nmrad(図3)まで細くしぼり、明るさは100倍以上などを目標にしています。そして、現在建設中もしくは計画段階にある海外の次世代型放射光施設の性能に劣らない、最先端の放射光施設でありつづけることを目指しています。

(左)トップアップ運転前の蓄積電流値。電流値は大きく変動。
(右)トップアップ運転後の蓄積電流値。電流値は上限で一定
コラム:夢の運転を実現
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加速器部門のメンバー |
SPring-8の加速器群を常に進化させ、安定的に運転しているのが高輝度光科学研究センターの加速器部門。SPring-8の運転が開始すると加速器部門のメンバーは3交代で24時間、運転状況を解析・診断しておられるそうです。加速器の技術開発のお話しを伺っていると、目に見えない電子をまるで手にとり、自在に操って放射光をコントロールしているといった印象を受けました。利用者のニーズにあらゆる知恵を部門として総動員し、真摯に応えていく姿勢が画期的な研究成果を支えているのでしょう。
用語解説
*1 アンジュレータ
電子を周期的に小さく蛇行させ、蛇行の都度発生する放射光を干渉させることにより、極めて明るい特定波長の光が得られる。
*2 nmrad
ナノメートル・ラジアン。ラジアンは角度の単位で1radは約57度。
*3 バンチ
電子ビームはバンチと呼ばれるかたまりになって周回する。1バンチあたり電子約100億個がひとかたまりになっている。
*4 空間干渉性
光の位相が空間的にきれいに保たれていること。「コヒーレンス」とも呼ばれる。
取材・文:サイエンス映像シンクプロダクション 中島 厚秀
この記事は、公益財団法人高輝度科学研究センター 加速器部門 大熊春夫部門長、早乙女光一主幹研究員、下崎義人研究員にインタビューして構成しました。