月起源隕石からシリカの高圧相を発見 〜シリカ高圧相から読み解く月の天体衝突史〜
月の激しい天体衝突の痕跡
「月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど」これは百人一首にもある大江千里が詠んだ短歌です。このように月は、太古より人類が語りつぎ、詩に詠み、祈りをささげてきた、太陽とともに私たちにとって最も身近な天体です。そんな月を皆さんは「月はどうやって誕生し、どのように進化してきたんだろう?」と思われたことはありませんか。「月の起源と進化の歴史を明らかにすることは、生命と地球の歴史、太陽系の起源を解く重要な鍵になります。」そう話すのは、広島大学理学研究科地球惑星システム学専攻准教授の宮原正明さんです。
月には、無数のクレーター(図1左)があり、表層はレゴリス(図1右)と呼ばれる砂からなる層が厚く堆積しています。アポロ11号の宇宙飛行士が月面に降り立ったとき、ふわっと細かい粒子が舞い上がる映像を見たことがある方も多いと思いますが、その細かい粒子がレゴリスです。月にクレーターと厚いレゴリス層が存在することから、月表層でおそらく激しい天体衝突現象が起きていたであろうと予想されていました。しかしこれを証明するためには、月の鉱物から衝突の痕跡を発見する必要があります。天体が高速で衝突すると、非常に高い圧力と高い温度が発生し、もともと低圧で安定な状態の鉱物は、成分は同じでありながら性質や構造が異なる高密度な物質(高圧相)に変化します。従って、鉱物に高圧相が存在すれば、過去の天体衝突の証拠となるわけです。そこで、宮原さんはSPring-8を用いて月隕石を観察し、月の天体衝突の歴史を解明しようとしました。
月の隕石に着目
今回観察したのは月の隕石におけるシリカ(二酸化ケイ素)ですが、これは、地殻を形成する重要な鉱物のひとつです。このシリカは圧力、温度によって異なる多様な結晶相(結晶構造)を示します。一般的にもよく目にする水晶(石英)は、高温になればリンケイ石、クリストバライトという状態に(図2)、さらには超高圧下ではコーサイトやスティショバイトに変化していきます。これは、鉛筆の芯の黒鉛を高温・高圧にしていけばダイヤモンドができるのと似ています。
高圧相の存在は、あの有名な「アリゾナクレーター」の形成原因の証拠にもなりました。当初は火山の火口である可能性も考えられていましたが、コーサイトやスティショバイトの発見により、隕石の衝突によって形成されたクレーターであることが明らかになっています。
月起源隕石よりザイフェルタイトを発見
2006年にモロッコで発見された月起源隕石NWA 4734(図3)を電子顕微鏡で調べていた宮原さんは、内部に織物の細かいすじのようなツイード状の組織があることに着目しました(図4)。この組織は、1999年に火星起源隕石から発見され、2004年に国際鉱物学連合にて新鉱物ザイフェルタイトとして承認されたものと同じ特徴を持ち合わせていました。
通常、高圧相の構造分析にはレーザーラマン分光装置*1を用います。物質にレーザーを当て、そこから出てくる光を分析することによってその性質を分析するのですが、ザイフェルタイトにレーザーを照射すると壊れてしまうので、この装置は使えませんでした。そこで、SPring-8で分析することとなりました。ザイフェルタイトはマイクロメートルスケールの超微細組織なので、まずは微細加工装置である集束イオンビーム加工装置*2を用いてNWA4734の一部を切り出し、この微小試料を地球・惑星科学の研究に使われているSPring-8のビームラインBL10XUの強力な放射光を用いて実験を行いました。そのX線回折像のパターンから、このシリカ高圧相はザイフェルタイトであることが分かりました。
月起源隕石が示す天体衝突時期
ザイフェルタイトは、ダイヤモンドアンビルセル*3と呼ばれる超高圧発生装置を用いて人工的に合成することができますが、発見されてまだ間もなく、その安定な圧力条件や生成メカニズムには未解決の部分が多く残されています。それでも、ザイフェルタイトの生成には少なくとも40万気圧以上の超高圧環境が必要なことはわかっていました。このことから今回SPring-8におけるX線解析で、月起源隕石NWA4734からザイフェルタイトが発見されたことは、この隕石がかつて40万気圧以上の超高圧環境にさらされたことを意味しています。月の表層でこのような超高圧環境が発生するのは天体衝突によるもの以外は考えられません。
また、NWA 4734の放射年代測定*4により、この隕石は約30億年前に生成し、その後約27億年前に高温にさらされたことが分かっています。NWA4734が最後に高温となったのはザイフェルタイト生成時で、ザイフェルタイトの存在は27億年前に月で起きた天体衝突を示唆しています。
月の天体衝突年代の見直しへ
46億年前と言われている太陽系の形成以降、38〜41億年前には後期重爆撃期*5と呼ばれる惑星への集中的な隕石衝突が起きた時期があったと考えられています。この時期の存在は、月の岩石試料の放射年代測定で明らかになりました。1960年代から70年代にかけて行われた米国のアポロの有人探査や旧ソ連ルナの無人探査により持ち帰られた試料がもとになっています。
一方、月起源隕石は1970年代以降、南極や砂漠などで数多く発見されています。アポロやルナの岩石試料が月の限られた地域から採集されたものであるのと比べ、これらは採集地点の特定はできないものの、月の広い範囲に存在したと考えられます。これらの分析では、天体衝突を示唆する放射年代は必ずしも38〜41億年前に集中していません。
今回の27億年前にできたザイフェルタイトの発見は、後期重爆撃期の後も少なくとも27億年前まで月で激しい隕石衝突が続いていた可能性を示唆するものです
天体衝突史と生命の起源
地球と月の距離は約38.8万キロメートルで、宇宙では非常に近いところに位置しており、月で起きた隕石の天体衝突は同時期に地球でも起きていたと考えられます。地球にも隕石衝突の痕跡として多数のクレーターが確認されていますが、地殻変動などにより古い時代のものは既に消失しています。一方、月では月形成後(45億年前)から現在に至るまでの隕石衝突史がほぼ保存されていると考えられます。つまり、月に記録された隕石衝突史を研究することで、地球の隕石衝突史も明らかに出来ると期待されます。
この27億年前頃には、地球ではシアノバクテリア(藍藻)が爆発的に増え、光合成により酸素濃度が上がり、原始生命圏が形成されつつありました。この地球で起きた大きな変化には、隕石の多重衝突が影響を及ぼした可能性もあり、さらなる研究が進められています。
コラム:隕石研究の醍醐味
少年時代から、星を見るのが大好きだった宮原さん。隕石研究の醍醐味は「電子顕微鏡を通じて見ているものが、地球から遥かかなたの惑星のものであり、しかも何十億年前の出来事の痕跡、それを世界で最初に見られること。」と目を輝かせてお話しされました。大変なことは「研究対象の隕石をいかにして入手するか」、研究の実績が重要だそうです。
オフの時間は、温泉巡りをしてリフレッシュ。
用語解説
*1 レーザーラマン分光装置
試料にレーザーなどの単色光を照射したときに発生する散乱光のスペクトルを測定することにより、試料の構造を分析する装置。
*2 集束イオンビーム加工装置
ガリウムイオンビームを走査して試料表面を1000分の1ミリ以下のスケールで微細加工を行う装置。「はやぶさ」が回収した「イトカワ」の試料の分析にも用いられた。
*3 ダイヤモンドアンビルセル
一対のダイヤモンドを対向させ、両側から力を加えることにより超高圧を発生させる装置。地球の中心部に相当する超高圧状態(364万気圧)すら発生させることが出来る。
*4 放射年代測定
物質には放射性元素が含まれているが、これが崩壊していく速度は、温度、圧力、化学結合などの物理的、化学的状況によらないとされており、物質の放射性元素を測定することによって、その物質の年代を特定する方法。
*5 後期重爆撃期
太陽系の内惑星への小惑星の衝突が高頻度で起こった時期であり、一般に41億年から38億年前とされている。
取材・文:サイエンス映像シンクプロダクション
この記事は、広島大学理学研究科地球惑星システム学専攻 地球惑星進化グループ 宮原正明准教授にインタビューして構成しました。