地球の内核はいつ出来たのか? その起源をSPring-8 で解明
研究成果 · トピックス
皆さんが住んでいる地球。この地球は大気と水が存在する惑星で、私たちを含めた多くの生物が存在しています。約46億年前に隕石が集まり、原始地球が形成されたと考えられています。現在の地球の直径は12,742 km(半径6,371 km)であり、主に地表から地殻(約0~40 km)・マントル(約40~2,900 km)・外核( 約2,900~5,200 km)・内核( 約5,200 ~6,371 km)の四つの領域で構成されています(図1)。私たちが住んでいる地表は約30 ℃(≒300 K*1)くらいの温度ですが、マントルで1,000~4,000 K、外核・内核においては4,000~6,000 Kと非常に高温な状態です。この温度差が生物には非常に重要で、温度差があるために地球内部で対流が起こり、その対流が地球磁場を発生させる原因とされています。この地球磁場によって生物に有害である太陽風がシャットアウトされ、地表で多くの生物が活動できているのです。
対流が起こるのであれば、地球内部は液体状であるはずですが、内核は高温下でありながら、主に鉄を主成分とする固体であり、現在では外核における対流が地球磁場をつくるエネルギーとなっていると考えられています。地球の形成過程初期には、核は全部液体でしたが、冷却によって“ある時点”から結晶化が始まり、固体の内核が出現したと考えられています。地球磁場は約42億年前に作り出されたと言われ、内核の存在が地球磁場に影響を与えるのかどうかを知るためには、内核が何年前に誕生したのかを知る必要があります。今までの研究結果では、内核の形成時期は約30億年前と言われていました。しかし、東京工業大学理学院地球惑星科学系講師の太田健二さんらのグループは、SPring-8の実験結果から内核の誕生年代は今から約7億年前であると導きました。それでは、どのように今回の内核の形成時期の推定ができたのでしょうか。
従来の説より3倍速い結果
物質によって熱の伝わる速度は異なります。この伝熱能力を表す物理量のことを熱伝導率と言います。内核は冷却により形成されたのですから、内核の熱伝導率を直接計測すれば、誕生時期を求めることが理論上は可能です。しかし、現在内核の熱伝導率を直接計測することは不可能です。内核に近い温度と圧力の環境を作って内核の主成分である鉄の熱伝導率を計測して、内核が冷却された時期を推定することしかできません。しかし、鉄などの金属では、熱は自由電子によって伝えられるので、金属の電気伝導率(電子による電気の伝わりやすさ)を計測して、その値を基に熱伝導率を求めることは比較的容易です。すなわち内核を構成する成分を内核と同じ環境に置いて電気伝導率を求めれば、内核の熱伝導率を導き出すことができるのです。
内核の熱伝導率測定は、これまでも様々な試みがなされてきました。しかし、外核の最も浅い部分(4,000 K・135万気圧)の条件でも実験室では再現するのが困難で、もっと低温低圧な条件で得られたデータを外挿*2して推定するしか方法はありませんでした。2000年頃に、この方法で熱伝導率30 W/m/Kという値が得られ、これらの値から内核の誕生時期は約30億年前と推定されました。
その後2012年に、コンピューター・シミュレーションを用いた理論計算で、内核と同じ温度・圧力条件における鉄の熱伝導率が約90 W/m/Kであるという結果が得られました。従来の説の3倍高いということで、内核の冷却速度も3倍速いだろうということになりました。つまり、内核ができたのは30億年よりももっと最近のことだということになります。太田さんはこの頃から、高圧実験の技術を使って、外挿を一切せずに内核の条件で鉄の電気伝導率を測定する研究を始めました。
当時すでにSPring-8では、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル装置*3(図2)を用いて、試料を超高温高圧状態に保持できる技術が確立されていました。ただし超高温高圧状態が実現出来ているのは、ダイヤモンドアンビルセル装置の構造上、直径数10 μm(1 μm:1000分の1 mm)という非常に狭い領域で、試料はこれよりさらに小さくなります。それでも、X線マイクロビームを当てて、この小さな試料の結晶構造を超高温高圧下で解析する技術は確立していました。しかし、もっとも重要な電気伝導率を求めることは出来ていませんでした。そこで太田さんらのグループは、ダイヤモンドアンビルセル装置内部に、収束イオンビーム(FIB)加工装置*4を用いて非常に細かな電気配線を施して、電気伝導率を測定できるようにしました。このようにして内核に近い超高温高圧状態(図3)を実現し、鉄試料へX線マイクロビームを当て、その鉄試料の結晶構造を観測し、内核と同じ構造を持っていることを確認した上で電気伝導率を求めて、熱伝導率を得ることができました。この実験結果はSPring-8のBL10XUにおいて、超高温高圧条件を保ったまま、強力かつ高密度のX線を用いて、鉄試料の結晶構造を解析できたからこそ得られたものです。
これらの結果により得られた内核の熱伝導率は、コンピューター・シミュレーションによる結果を支持する約90 W/m/Kでした。この値から、内核の形成時期は約7億年前であると推定されました。これは地球の歴史や、その上にいる生物の歴史を考える上で大きな発見であり、「地球史」を再検討することが必要になっています。
さらに深部に迫る
今回の実験では鉄を試料として使いましたが、実際の内核には鉄のほかにニッケルも含まれています。さらに、鉄やニッケルよりも圧倒的に軽い元素である水素、炭素、酸素、硫黄、ケイ素の五つの元素すべて、もしくはこれらのうちのどれかも内核に存在すると考えられています。鉄に少量の物質を入れると、その物質が電子の運動を阻害するので、電気伝導率も熱伝導率も必ず下がります。「そうした元素と鉄の合金でも、SPring-8を利用して電気伝導率を求めていきたいですね」と太田さんは言います。地球の起源を求める研究がSPring-8を用いて着実に進んでいるのです。
*1 ケルビン(K)
温度の単位。0 ℃ =273.15 K
*2 外挿
既知の数値データを基にして、そのデータの範囲外で予想される数値を求めること。
*3 ダイヤモンドアンビルセル装置
ダイヤモンドを用いた小型の高圧装置。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられている。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて二つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高圧を発生させる。ダイヤモンドの先端のサイズを小さくすることで、地球中心部に相当する圧力(約360万気圧)の発生が可能。
*4 収束イオンビーム(FIB)加工装置
ガリウムイオンを電界で加速したビームを数ナノメートルまで細く絞り、微細加工、蒸着、観察などを行う装置。
現物を必ず見て理解を深める
大学の教育プログラムで“巡検”というものがあり、その一環で太田さんは国内外に学部生を引率しています。海外はハワイ諸島の火山や、米国西海岸のグランド・キャニオンなどで、国内は丹沢山地などです。これはスケールの大きな地質現象を間近に体験してもらうのが目的で、丹沢山地では、プレート同士が衝突している断層などを見ることができます。本州の東日本は北米プレート、西日本はユーラシアプレートに乗っていますが、伊豆半島だけはフィリピン海プレートに乗っています。丹沢山地では、フィリピン海プレートと北米プレートがぶつかり合っている境界があるのです。巡検ではその境界を見つけて、さらにフィリピン海プレートが何度の角度で日本列島に沈み込んでいるのかを実際に計測して、学生の理解を深めています。「現物」を見ないと、地球のことをきちんと理解できないというポリシーが太田さんを含め受け継がれています。
グランド・キャニオンを背景に太田さん
文:日経BPコンサルティング 熊谷勇一
この記事は、東京工業大学理学院地球惑星科学系の太田健二講師にインタビューして構成しました。