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SPring-8で化石を調べる ~アンモナイトの顎から太古の生態系の解明に迫る~

研究成果 · トピックス

SPring-8 で化石を調べる~アンモナイトの顎から太古の生態系の解明に迫る~

 約40億年前に最初の生命が出現して以来、さまざまな生物が繁栄・絶滅を繰り返し、現在の「生命の星・地球」を形作ってきました。現在にみられる多様な生態系を理解するためにも、過去の地球にどのような生物が存在し、どのように生きていたのかを知ることは欠かせません。古生物学者は、過去の生物体やその痕跡が保存された「化石」という証拠を使って、このような生命の歴史の解明に日々挑戦しています。
 化石と聞いて、どのような生物が思い浮かぶでしょうか。恐竜や三葉虫と並んで、らせん状に巻いた殻をもつアンモナイトを博物館で眼にしたことがある人も多いと思います。アンモナイトは古生代中期(約4億年前)に出現し、当時の海で大きく繁栄した古生物で、世界の各地から化石が見つかっています。アンモナイトは中生代の末期(約6600万年前)に絶滅しましたが、その仲間は現在でも世界中の海に生息しています。例えば、南太平洋の深海に生息するオウムガイです。両者とも殻の内部に隔壁という仕切りがあり、隔壁と隔壁の間に気体を貯めることで浮力を維持していますが、隔壁の形などに違いがあります(図1)。イカやタコもアンモナイトの仲間ですが、隔壁のある殻は消失するか、体の内側に存在する点でアンモナイトとは異なります。これらアンモナイトやオウムガイ、イカ、タコなどの生物をまとめて頭足類*1と呼びます。

図1

図1 オウムガイとアンモナイトの殻の内部構造

太古の海の生態系の解明に欠かせないアンモナイト

 イカやタコは、現代の海洋生態系における捕食-被食関係で重要な地位を担っています。素早く泳ぎ、硬くて強力な顎器(カラストンビ)でエサをとらえることができるので、捕食される魚や貝類にとっては天敵です。その一方で、クジラのようなより大型の捕食者はイカやタコをエサとしていることが知られています。同じ頭足類のアンモナイトは、太古の海の捕食-被食関係でどのような位置にいたのでしょうか。アンモナイトの化石は世界中で大量に発見されていることからも、現在のイカやタコと同じくらい当時の生態系の中で質的にも量的にも重要な役割を担い、さらに、アンモナイトが繁栄した時代には、「中生代の海洋変革*2」とよばれる、捕食-被食関係の大きな変化が起きたと考えられています。この生態系が大きく変化した中生代の海の生態系を解明するためには、アンモナイトが捕食者や被食者としてどのような生物だったのか理解しなければなりません。
 そこで、私達は捕食者としてのアンモナイトを理解するために、エサをとらえ、それらの肉を噛み切る捕食器官であるカラストンビの化石に注目しました。現在のイカやタコでは、種によりカラストンビの形はさまざまで、エサの種類に応じてそれぞれ特徴的に発達しています。アンモナイトのカラストンビの形を復元し、現在のイカやタコのものと比較することで、アンモナイトがどのような生物をエサにしていたのか推測することが可能になります。

X線CTを使ってアンモナイトの顎を非破壊で観察

 イカやタコのカラストンビとよく似た形の化石は古くから発見されてきました。しかし、カラストンビ単体の化石からは、それがアンモナイトのものだったのか、他の頭足類のものだったのか判別することはできません。アンモナイトが生きていたときと同じように、体の中に収まっているカラストンビ化石が必要です(図2)。しかし、このようなカラストンビは、殻の中に砂や泥などの堆積物とともに埋もれていて、外からは見えません。また、カラストンビの形を観察するには、殻を壊さなければならないというジレンマが存在していました。

図2

図2 頭足類のカラストンビ(顎器)


図3

図3 撮影したアンモナイト フィロパキセラス・エゾエンシス

 そこで、私達は非破壊で物体の内部構造を観察できるX線CT法*3を使うことで、アンモナイトの殻の中に埋もれたカラストンビの形を明らかにできると考えました。今回は、この方法を北海道の白亜紀中期(約9000万年前)の地層から発見されたフィロパキセラス・エゾエンシスというアンモナイト化石に用いました。この化石は、巻いた殻の開口部にトンビの嘴に似た形状のカラストンビの“トンビ”(下顎)が露出しています(図3)。市販のマイクロX線CT装置を用いた予備分析で、殻の内部には“カラス”(上顎)と考えられる構造が埋もれていることが分かりましたが、細かい形を識別することはできませんでした。また、予備分析で得られた画像のコントラストから、上顎は二種類の物質で構成されている可能性が明らかになりました。しかし、市販のマイクロX線CT装置は白色光を用います。白色光は多くのエネルギーのX線が混ざっているため、物質の密度を細かく分析することはできません。そこで、SPring-8ビームラインBL20B2の高分解能CT装置を用いることにしました。SPring-8のX線CT装置では、市販の装置と異なり、ほぼ平行に進むX線を用います。そのため、シャープでコントラストの高い画像を得ることができます。また、単色光を用いるため、形状と密度を細かく調べられます。
 実際に得られた断層像(図4)は、解析ソフトウェアを使ってカラストンビの部分のみを画像から抽出し、コンピュータ上で3D復元しました(図5)。殻の部分と合わせると、カラストンビが殻の中にどの向きで埋没していたのか明瞭に分かりました。上顎は確かに殻の中に保存されているものの、化石になる過程で回転し、本来の向きとは上下逆さまになっていました。
 上顎は尖った先端と、左右に翼状に広がる側面から構成されており、この種のカラストンビの形状を初めて詳細に認識することができました。さらに、カラストンビは密度の異なる複数の物質からなることが分かりました。上顎では、密度の高い物質を覆うように、密度の低い物質が分布していることが分かりました。3D復元した上顎を見ると、密度の低い物質は、尖った先端部やエッジの部分に集中して分布していることが確認できました。断層像で示された線吸収係数から、密度の高い物質と密度の低い物質はそれぞれフルオロアパタイト(リン灰石の一種)とカルサイト(炭酸カルシウムの一種)の密度に近いことがわかり、これら2種類の物質が上顎を構成していると推定されました。

図4

図4 アンモナイト化石のCT断層像


図5

図5 3D復元されたアンモナイトの上顎

 現在のイカやタコのカラストンビは、単一の物質(キチン:ムコ多糖の一種。主に甲殻類の外皮の材質)からなりますが、オウムガイは、キチンでできたカラストンビの表面が部分的に炭酸カルシウム(アラゴナイトとカルサイト)で覆われています(図2)。今回分析したアンモナイトのカラストンビも、オウムガイと同じくキチンとそれを覆う炭酸カルシウムで構成されていて、それらが化石になる過程で化学変化が起きて、キチンがフルオロアパタイトに置き換わったと考えられます。このように、X線CT法を使ってアンモナイトのカラストンビの構造とその組成まで明らかにされたのは初めてのことです。
 カラストンビに炭酸カルシウムの沈着物をもつオウムガイは、甲殻類が脱皮したあとの抜け殻を噛み砕いてエサにしていることが知られています。今回の分析で明らかになったアンモナイトの上顎も、オウムガイ同様比較的硬いものを摂食することができたと推測されます。尖った先端部を持つことも、カラストンビが強力なものであった可能性を示唆しています。一方で、これまで見つかっているアンモナイトのカラストンビ化石の中には、炭酸カルシウムの沈着物をもたないものや、先端が丸みを帯びているものも報告されています。つまり、アンモナイトのカラストンビの構造や形はかなり多様で、捕食者としての生態も種によってかなり異なっていたのだと考えられます。今回の発見は、太古の海の生態系を復元する上で貴重な第一歩であると考えられます。

X線CT法が広げる古生物学

 非破壊で物体の内部構造を観察できるX線CT法は古生物学と非常に相性の良い手法です。化石の中には、ハンマーやタガネを使ったクリーニングが困難なものもあります。また、カラストンビのように、化石を破壊しなければ観察できない構造もあります。これまで不可能だった、このような化石の分析が、X線CT装置などを用いてようやく可能になったのです。さらに近年では、復元した3Dデータをもとに様々な数値解析*4を行うなどの応用が進んでいます。一方で今回のように、化石の形に加えて物質を分析するアプローチは多くはありません。SPring-8のX線CT装置を用いると、断層像から試料の密度を定量的に解析することができます。今回の研究は、化石を物質科学的な観方で分析するという、X線CTの新しい活用法とも言えます。今後もX線CTとSPring-8は古生物学で活用され、生物と地球の進化の解明に多くのヒントをもたらしてくれるでしょう。


用語解説   line
 

*1 頭足類(頭足綱)
二枚貝綱および、巻貝類や貝殻の退化したウミウシの腹足綱などと共に軟体動物門を構成するグループ。

*2 中生代の海洋変革
中生代(約2億5000万年前から6600万年前。この中生代の中に“三畳紀”・“ジュラ紀”および“白亜紀”が存在する)後期にモササウルスなどの大型の爬虫類や魚類をはじめとした“強力な”捕食者が出現したとともに、被食者側である貝類も捕食に対抗する戦略として防御的で壊れにくい貝殻を発達させたと考えられている。

*3 X線CT法
CTはComputed tomographyの略。多数の方向から物体のX線像を撮影し、そのデータを使って演算(画像再構成)することで物体のX線線吸収係数の分布を取得する方法。X線線吸収係数は、構成物質の質量吸収係数・密度・照射X線エネルギーの関数で表される。単色X線を用いると、線吸収係数を定量的に求めることが出来る。

*4 数値解析
例えば、X線CT法で得られた恐竜の骨の3Dデータを用いて、恐竜の咀嚼や歩行などの運動能力の程度を力学的に計算する研究や、三葉虫の3Dデータを用いて海中における三葉虫の遊泳性能を流体力学的に計算する研究が進んでいる。



コラム

悠久の時を超えて

 アンモナイトが一番栄えたといわれるのは、白亜紀(約1.4億年前~6600万年前)で、本編の通り、その頃の海洋生態系において重要な位置にいたと考えられます。竹田さんの研究は「アンモナイトのみならず、古代の海の謎を解明している」と言っても過言ではありません。
 「アンモナイトは元々“らせん状”ではなく“コーン状”の殻を持っていた頭足類を祖先に持つと考えられており、白亜紀後期には、その“らせん状の巻き”がほどけた、“異常巻き”と呼ばれる種も存在しました。それらが“どのように泳いで生活していたか”を想像するだけでも楽しいですね」と、竹田さん。世界中を駆け回り、アンモナイトの化石を採集しては持ち帰り、分析・研究をしています。“準備・移動および手続き”に数週間かかり、採取は数日なんてことも。「人類が誕生した」と言われるのは1800万年前、それより遥か昔の海の中の様子が、竹田さんのような研究者の地道な努力と、放射光の活用によって少しずつ解明されつつあるのです。

アンモナイトの化石を持つ竹田さん

東京大学 総合研究博物館のタイプ標本群の中でアンモナイトの化石を持つ竹田さん

コラム:(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課


この記事は、東京大学総合研究博物館・日本学術振興会特別研究員PD の竹田 裕介さんに執筆いただきました。