日 時 : 平成16年10月15日 13:30-14:30
講演者 : 守川 春雲 所 属 : 東京大学大学院理学研究科物理学専攻 博士課程3年
講演要旨 低次元金属系は3次元系には見られない特異な振る舞いをすることが知られている。中でも系のパイエルス不安定性に伴う電荷密度波(charge-density-wave :CDW)は理論、実験の両側面から最も盛んに研究されてきた。有機化学合成技術の進歩により様々な擬低次元3次元固体結晶が合成できるようになり、CDW系に固有のスライディングなどのダイナミクスがおもに電気伝導度測定によって明らかにされてきた。固体表面は本質的な2次元系である。そして、擬低次元3次元固体と比べて、固体表面は走査トンネル顕微鏡(scanning tunneling microscopy : STM)などによって直視できるという特長を持つ。それにも関わらずごく最近に至るまで、表面上のCDWの報告はほとんどなされていない[1-3]。 その中で、In/Si(111)-4×1 系、Sn/Ge(111)-√3×√3 系はそれぞれ1次元、2次元金属表面として知られており、共に低温における相転移現象が報告されている[2-5] 。本研究の目的はこれらの系の相転移の機構を明らかにし、そして、期待される低次元ダイナミクスをSTM によって直接検出することである。 In/Si(111)-4 × 1 表面はSi(111) 表面上に1原子層(monolayer : ML)のインジウムを吸着させて作られる。この表面は3つの1次元金属的なバンド(それぞれm1,m2,m3)を持ち、120K 程度の低温において8 ×'2' 構造へと相転移する。m2 及びm3 バンドのフェルミ面がよいnesting を示すことからこの相転移はCDW 転移であると考えられている。今回、この表面について300K、100K における角度分解光電子分光(angle resolved photoelectron spectroscopy :ARPES)測定、6K におけるSTM 観察を行った。その結果、まず、ARPES 測定によって、低温においてm3 バンドが明確にfold back する様子が観測され、金属絶縁体転移、つまり、CDW転移の描像が支持された。次に、6K におけるSTM 観察から、8 ×'2' 表面では電荷分布が格子に2通りの方法でピン留めされる様子が観測された。これはこの系が整合CDW相であることから、格子とCDWの間の強い整合ロッキングの影響であると考えられる。さらに、このような整合CDW系に特有なソリトンのダイナミクスを観測できた。 次に、Sn/Ge(111)-√3×√3 表面はGe(111) 表面上に1/3 ML の錫を吸着させて作られる。この表面は200K 程度において3 × 3 相へと相転移することが知られている[2]。この系に対する最初のSTM 観察によって、3 × 3 低温相では占有状態像と非占有状態像の間で明暗が逆転する様子が示され、それ故、電荷密度の波を伴った相転移、つまりCDW転移が機構として考えられた[2]。ところが、その後の内殻準位光電子分光によって、室温√3×√3 相、低温3×3 は共に2つのSn-4d コンポーネントを持つことが示された。このことは、室温√3 ×√3 相の構造が単純なT4 サイト吸着モデルではないことを意味する。そして、Si(001) 清浄表面上の2×1 → c(4×2) 相転移と同様の秩序無秩序相転移が機構として提唱された[5, 6]。即ち、室温√3×√3 構造においては表面上のSn 原子が2つの準位間をランダムに振動し、それが低温で凍結した結果3 × 3 相転移が起こると考えるのである。今回、この表面に対して、室温から100K までの温度可変表面電気伝導度測定、及び、室温、65K、6K におけるSTS I-V 曲線測定を行った。その結果、√3 × √3 → 3 × 3相転移は金属-金属相転移であることが分かり、CDW転移の描像は否定された。その一方でSTS I-V 曲線から得られる状態密度は温度と共に明確な変化を示した。つまり、この相転移は秩序無秩序型相転移ではあるものの、単純に原子の振動が止まるだけの相転移ではなく電荷密度もまた変化する相転移であることが分かった。
[1] J. M. Carpinelliet al. Nature (London) 381, 398 (1996). [2] J. M. Carpinelliet al. Phys. Rev. Lett. 79, 2859 (1997). [3] H. W. Yeom et al. Phys. Rev. Lett. 82,4898(1999). [4] T. Abukawa et al. Surf. Sci. 325,33(1995). [5] R. I. G. Uhrberg and T. Balasubramanian, Phys. Rev. Lett. 81, 2108 (1998). [6] J. Avila et al. Phys. Rev. Lett. 82 442 (1999).
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