マイクロCTを用いた木質文化財の樹種調査
京都大学生存圏研究所 田鶴寿弥子
木質文化財は歴史学、民俗学、芸術学、建築学といった様々な領域に有益となりうる学術的な情報を豊富に有している。木彫像に使用された樹種を科学的に明らかにしたことで、古代の日本人の用材観に新しい知見がもたらされた1)ように、木材の樹種識別(図1)は補助的役割から研究を大きく飛躍させる重要度の高い調査となっている。しかし樹種識別では通常、木材の三断面(木口面、柾目面、板目面)を切り出して顕微鏡による組織観察を行う必要があり、破壊を伴うため文化財には適用できない場合も多い。そこで近年非破壊的分析手法の確立が求められてきた。
樹種識別の非破壊手法には近赤外分光法2)やCT画像を用いた画像認識3)が近年検討されてきている。前者は近赤外領域の光をモノにあて、スペクトルを元に物質の状態を推測する技術である。樹種識別へも複数適用されており、さらなる発展が期待されている。一方後者は、木彫像の内部調査等のために博物館などで撮影されるCT画像を用いた画像認識による識別である。この手法では組織構造を観察することはできないものの、それぞれの組織構造に基づいた特有の特徴についてグレーレベル同時生起行列を用いたテクスチャ解析を行うことで、高い樹種識別精度が得られる。画像の解像度や観測領域のサイズに依存するものの、最大で99%を超える高い精度が得られるため、文化財調査をはじめとして大いに期待されている。上記の新手法が適用できない木質文化財として、博物館展示や修復時に不可避的に剥落した極小な破片や腐朽が激しい小片、木屎漆のかけらといった様々な試料が挙げられる。これらの1 mm程度と非常に小さな文化財片からいかに情報を抽出するか。そのために本発表で紹介するシンクロトロンマイクロCTを用いたイメージング技術を活用した。この手法では、1 mm程度の極小試料についてサンプルの形状や劣化度合いに依らず撮影を可能とし、内部構造の高解像度のCTデータを獲得することが可能であることから、顕微鏡と同様の組織観察による識別が可能である。また非破壊手法のため、試験に供したサンプルはその後他の試験に供することも可能である。しかし現状では、大型放射光施設の利用が必要であり、場合によっては多額のコストがかかる点や試料の大きさに大幅な制限があるために汎用性に欠けるといった課題が残っている。新たな知見の獲得を目指し、今後も新手法の開発ならびに相補的な利用に取り組みたい。
(文献)
(1)金子ら, 日本古代における木彫像の樹種と用材観-七・八世紀を中心に-MUSEUM 東京国立博物館研究誌 第555号 p3-54, 1998.
(2)Horikawa Y et al, Near-infrared spectroscopy as a potential method for identification of anatomically similar Japanese diploxylons, Journal of Wood Science, 61, 3, 251-261, 2015.
(3)Kobayashi K et al, Automated recognition of wood used in traditional Japanese sculptures by texture analysis of their low-resolution computed tomography data, Journal of Wood Science, DOI 10.1007/s10086-015-1507-6, 2015.
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