放射光赤外分光分析を応用した出土染織文化財の研究
奥山誠義 奈良県立橿原考古学研究所
佐藤昌憲 国立文化財機構奈良文化財研究所・京都工芸繊維大学
1.はじめに
天然繊維からなる出土文化財(以下、出土染織文化財)は、出土例が少なく、材質調査や保存・保管のための処置(以下、保存処理)は対処療法的である。いまだ劣化・腐朽作用の解明にはいたっておらず、出土後の材質分析等が一般化しつつある段階であり、保存処理の方法には検討の余地がある。顕微鏡よる鑑定によって材料を特定することも可能である。しかし、そのためには数mm長の試料が必要となり、さらに劣化が進行し触れるだけでも粉々に崩壊し、観察に耐えない資料も少なくない。また、出土例が少なく、資料的価値極めて高く、観察のために試料採取を繰り返すことが困難な場合も多い。
2.放射光顕微FT-IR測定による出土染織文化財の材料調査
藤ノ木古墳は奈良県斑鳩町に所在する6世紀後半の築造と考えられる古墳(円墳)であり、昭和63(1988)年の発掘当時石棺内は水に満たされていた。石棺内は過去数度にわたり古墳に浸透した雨水と土砂の流入・貯留と堆積,乾燥が繰り返されたものと推定される。石棺には2体の被葬者とともに納められた副葬品に付随する織物や300を超える浮遊繊維塊が出土した。これら多数の染織文化財は水没と浮遊を繰り返し、さらに土砂の影響も受けていたものと考えられる(Fig.1)。それらは形こそ保つが,触れると粉末化するなど劣化した状態であった。一部の染織文化財について、劣化状態を把握するため放射光顕微FT-IR測定を実施した。測定は、透過法により、赤外照射径はおよそ10μm四方、波数分解は4 cm-1または8 cm-1、積算回数は320回または640回、測定波数領域は4000~400 cm-1または~700 cm-1であった(Fig.2)。測定の結果、同一空間にありながら繊維の遺存状態に差異が見られた(Fig.3)。このことから劣化には様々な影響が関与している可能性が示唆された。
Central highlighted point is an analyzed part.
a : Floated fibers on the water(sample No.1);
b : Floated fibers on the water (sample No.2);
c : deposited fibers at the bottom of the stone coffin;
d : modern silk.
3.おわりに
放射光FT-IRは、材料を知る手段であるばかりでなく、微量な試料への対応が可能である点で大きな利点がある。また、文化財保存を適正に行うための“診断”、すなわち、劣化状態の把握に欠かせないツールの一つと考えることができる。
本発表は、これまでに発表した下記の研究成果を再構成したものである。
- 奥山誠義・佐藤昌憲,「偏光顕微 FT-IR 法による出土植物性繊維製品の材質調査の基礎的研究(II)-現代産苧麻における赤外偏光特性について-」 『繊維学会誌』,70 巻1 号, pp.14-18, 2014
- 奥山誠義・佐藤昌憲・赤田昌倫,「偏光顕微FT-IR法による出土植物性繊維製品の材質調査の基礎的研究-植物性繊維の判別の可能性について-」 『繊維学会誌』, Vol. 68, No. 3, pp.59-63 ,2012
- Masayoshi Okuyama・ Masanori Sato and Masanori Akada 「The Study on Excavated Bast Fibers Using Synchrotron Polarized FT-IR Micro-Spectroscopy」 『繊維学会誌』, Vol. 68, No. 3, pp.55-58 ,2012
- 奥山誠義・佐藤昌憲・赤田昌倫・森脇太郎,「放射光顕微赤外分光分析法による出土繊維文化財の材質同定及び劣化状態の解析」『分析化学』 Vol.59, pp.513-520, 2010