高エネルギー放射光蛍光X線分析の文化財への応用例 ~重元素組成による古代ガラスの非破壊起源推定~
阿部 善也(東京理科大学 理学部 応用化学科)
共同研究: 四角 隆二(岡山市立オリエント美術館)
八木 直人(JASRI/SPring-8)
中井 泉(東京理科大学)
はじめに
ガラスは4,000年以上前の西アジアで開発され,かつては宝石と並ぶ高級品であった。また古代にはガラスを生産できる地域が限られていたため,重要な交易品の一つとされ,シルクロード交易によって西方のガラス製品が日本へも伝来していた。古代ガラス製品の起源(生産地)を化学的に推定する方法として,化学組成分析が一般的に行われている。特に希土類元素などの微量重元素は,使用された原料の地質的特徴を強く反映するため,起源推定における重要な指標となる。近年ではレーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS)が古代ガラス研究に普及し,出自の明確な発掘資料を用いた詳細な組成データが蓄積されたことで,信頼性の高い起源推定が可能となった。しかしながら,試料の損失を伴うLA-ICP-MSは適用対象に限界がある。そこで我々は,ppmオーダーの微量重元素の分析法として,SPring-8 BL08Wにおいて116 keVの高エネルギーX線を励起光に用いる蛍光X線分析法(HE-SR-XRF)1,2)に着目した。これまでに国内美術館収蔵の古代ガラス製品,さらには古代日本に伝来した貴重なガラス容器の破片に対して同法を非破壊で適用し,微量重元素組成に基づいた起源研究を進めている。
博物館資料のサーサーン・ガラスの分析例
岡山市立オリエント美術館の共同研究として,同館収蔵のサーサーン・ガラス容器を対象とした研究を継続している。サーサーン・ガラスは,現イラク・イランを中心に繁栄したサーサーン朝ペルシア(226–651年)のガラス製品を指し,日本国内でも正倉院所蔵「白瑠璃碗」を始めとして,複数の発見例がある。しかしながら,国内外の博物館に収蔵されているサーサーン・ガラスの大部分は出自不明の盗掘品であり,その製造地や技術変遷など,サーサーン・ガラスの実態把握に混乱が生じている。
BL08Wにおける分析の様子を図1に示した。これまでに同館所蔵の伝イラン北部出土のサーサーン・ガラス容器18点を分析し,装飾様式と対応して重元素組成に違いが見られ,3グループに分類できることが明らかとなった。特に「白瑠璃碗」の類例である円形切子装飾碗8点については,いずれも原料のシリカ源(珪砂・石英礫)由来で混入する重元素が非常に少ない組成グループに属し,選別ないし精製が行われた高純度な原料を用いた,化学的に限定された起源を有する可能性が示された。さらに,非破壊のHE-SR-XRFにより得られた重元素の定量値は,メソポタミアの遺跡より出土したサーサーン・ガラス破片をICP-MSにより分析した先行研究3)ともよく一致した。
古代日本に伝来したガラス容器の分析例
これまでに奈良県橿原市の新沢千塚古墳群126号墳(5世紀後半)から出土した2点のガラス容器4)(重要文化財,東京国立博物館蔵)由来とされる破片と,京都市上賀茂神社境内で発見されたガラス容器片5)(京都市考古資料館蔵)に対して同法を非破壊で適用し,その起源に関する重要な知見を得ている。新沢千塚126号墳出土の切子ガラス碗由来とされる破片,および上賀茂神社のガラス容器片に関しては,共にサーサーン・ガラスであり,前述した博物館資料の「円形切子装飾碗」と類似した高純度な原料を用いていることが明らかとなった。一方,新沢千塚126号墳出土の紺色ガラス皿由来とされる破片からは,特徴的な重元素としてSbが検出された。Sbは4世紀までのローマ帝国圏内(地中海沿岸)のガラス生産で限定的に利用された元素であり,新沢千塚126号墳から同時に出土した切子ガラス碗と紺色ガラス皿が異なる起源を持つことが化学的に実証された。
1) I. Nakai: In X-ray Spectrometry: Recent Technological Advances. John Wiley & Sons, Ltd, pp. 355–372 (2004).
2) 阿部 善也ら: 『X線分析の進歩』 45, 251–268 (2014).
3) P. Mirti et al.: J. Archaeol. Sci. 36, 1061-1069 (2009).
4) 奈良県立橿原考古学研究所: 『新沢千塚126号墳』 (1977).
5) 深井 晋司: 『東洋文化研究所紀要』 45, 309-327 (1968).