基調講演1「ベイズ計測をSPring-8に導入するメリットはあるのか?」(岡田 真人、東京大学)
本シンポジウムのタイトルは「ベイズ計測によるSPring-8のデータ解析高度化」であるが、本当に、ベイズ計測を導入することにより、SPring-8に導入するメリットはあるのだろうか?この疑問に答えるのが、本基調講演の目的である。
ベイズ計測を取り込まなくても、日々のSPring-8でのデータ解析は問題なく回っており、ことさら新しいことをする必要があるとは思えない。昨今の流れでベイズ計測をSPring-8に導入せよという流れがあるが、その必要性を感じられないという方は多いのではないかと思う。
その様な方のために、本基調講演ではみんなが知っていて、線形応答の計測のように、今でも重要性であるy=ax+bの直線回帰にベイズ計測を導入し、従来の最小二乗法によるパラメータフィットと何が違うかを平易に説明する。
ベイズ計測とはベイズ推論のうち計測科学に重要な三つの要素からなる情報数理科学的体系で、ベイズ計測三種の神器と呼ばれる、(1) 物理パラメータの確率分布推定、(2) 同一データを説明する複数モデルをデータのみから選べるベイズ的モデル選択、(3) 同一物質に対する複数の実験データを系統的に統合するベイズ統合の三つの要素からなる。従来の最小二乗法によるパラメータフィットでは、(1)の物理パラメータの点推定しか行えず、ベイズ計測と従来の最小二乗法によるデータ解析では、取り扱える対象が質的に異なる。
ここでは、y=ax+bについて、(1)と(2)について説明し、ベイズ計測と従来の最小二乗法によるデータ解析の差を具体的に解説する。さらに、スペクトル分解を例に取り、ベイズ計測のアドバンテージが全ての計測対象に成り立つことを示す。
これにより、ベイズ計測をSPring-8に導入することで、これまでのデータ解析とは質的に異なるメリットがあることを平易な例で示す。
基調講演2「マルチモーダル計測へ向けたベイズ統合」(水牧 仁一朗、熊本大学)
近年のデータ駆動科学の発展はめざましく、自然科学の様々な分野で導入が進んでいる。放射光分野においても同様である。我々は、ベイズ推定を中心としてデータ駆動科学の手法を放射光のさまざまな測定およびそれらの解析に対して導入を進めている。また、複数の測定方法から一つの現象を明らかにしようという観点からのマルチモーダル測定技術開発が行われている。このマルチモーダルを真に生かすためには、複数データを統合的に扱い、明らかにしたい現象の機構を明らかにする解析手法が必要不可欠である。そこで本講演は、ベイズ統合というベイズ推論の枠組みを用いた統合解析手法について、X線光電子分光法とX線吸収分光法データについて行う。
基調講演3「ベイズ的階層モデリングの計測科学への導入~磁気コンプトン散乱~」(横山 優一、JASRI)
講演の最初に放射光計測とベイズ推定の関係を改めて考え、ベイズ的な階層モデリングによって、従来は段階的に行われていた複雑なデータ解析のシームレス化が可能になることを示す。その後、事後確率分布の活用に焦点を当てて、パラメータ推定の指針を示す。さらに、事後確率分布は計測へのフィードバックにも活用できることを、磁気コンプトン散乱の計測終了条件設定を例にとって説明する。
磁気コンプトン散乱のシグナルは非常に弱く、十分なS/Nのデータを得るために長時間の計測が必要とされていた。我々は、計測から知りたい情報であるスピン磁気モーメントの精度を事後確率分布から求め、実験者が要求する精度に到達した時点で計測を終了する枠組みを構築することで、計測時間を従来の20分の1に短縮可能になることを実証した。これをベイズ推定による自動解析システムとして構築し、SPring-8 BL08Wへ実装した内容についても紹介する。
一般講演1「時分割X線回折データによるベイズ推定を用いたガス吸着ダイナミクスの理解」(芦谷 拓嵩、JASRI)
近年、材料科学における粉末X線回折(XRD)技術は、合成や反応過程の時間分解計測へとその応用範囲を広げている。多孔性配位高分子(PCP)は、構造の柔軟性が特定のガス分子に対する選択的な吸着能力をもたらすなど、広範囲の応用が期待される物質群である。その吸着メカニズムの解明には、静的なガス吸着構造だけでなく、ガス吸着ダイナミクスの理解も重要である。ベイズ推定は、従来の方法では困難であった吸着開始時刻の推定や複数のキネティックモデルの定量的評価を可能にする。本講演では、時分割XRDとベイズ推定を組み合わせたアプローチにより、PCPのガス吸着過程についての分析結果を紹介する。
一般講演2「ベイズ論に基づいた非弾性X線散乱スペクトル線幅の差分評価」(内山 裕士、JASRI)
2つのデータ群の差分を評価する際、頻度論的統計手法では、通常、有意性検定(t検定)をおこなう。この手法の欠点は、帰無仮説が棄却されるかされないかを判断するだけで、差分の量やその分布について評価することはできない。一方、ベイズ的手法を用いると、この差分を分布として評価することができる。具体的な例として、ドープ量の異なる2種の単結晶Siに対して、非弾性X線散乱測定をそれぞれ複数回おこない、スペクトル線幅の差分を評価したので報告する。