大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

SPring-8の放射光を利用し、これまでの常識を破る構造を持つフラーレン分子Sc2@C66の構造決定に成功(プレスリリース)

公開日
2000年11月24日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
名古屋大学大学院工学研究科の坂田誠教授の研究グループ(西堀英治助手、高田昌樹助教授)は、SPring-8の共用ビームラインの一つである粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2の粉末X線回折装置を用いて、金属を内包する新しいボール型炭素分子、金属内包フラーレンSc2@C66の構造決定に世界で初めて成功した。

平成12年11月24日
名古屋大学
(財)高輝度光科学研究センター

 サッカーボール型分子C60※1をはじめとする炭素からなるボール状分子、フラーレンは、炭素原子が作る6角形と5角形から形成されている。これまでに発見されたフラーレン分子は、必ず5角形は6角形に囲まれているという「孤立五員環則(Isolated Pentagon Rule:IPR)※4」に従っており、この規則がフラーレン分子の構造を決定付ける重要なものであると考えられてきた。実際にIPRを破るフラーレン分子は、これまで存在しなかったが、今回フラーレン分子の中にSc金属を2個内包させることで、IPRを破るSc2@C66という分子を生成することに成功した。そしてSPring-8の放射光を利用し、この分子の炭素原子の配列を決定し、実際にIPRが破られて5角形が2枚つながった部分を持つこれまでの常識を破る構造であることを証明した。
 本研究成果は、英国科学雑誌Natureの11月23日号に掲載された。

(論文)
"C66 fullerene encaging a scandium dimer"
Chun-Ru Wang, Tsutomu Kai, Tetsuo Tomiyama, Takuya Yoshida, Yuji Kobayashi, Eiji Nishibori, Masaki Takata, Makoto Sakata and Hisanori Shinohara
Nature 408, 426-427 (2000), published online 23 November 2000

1.名古屋大学大学院工学研究科の坂田誠教授の研究グループ(西堀英治助手、高田昌樹助教授)は、SPring-8の共用ビームラインの一つである粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2の粉末X線回折装置を用いて、金属を内包する新しいボール型炭素分子、金属内包フラーレンSc2@C66※2の構造決定に世界で初めて成功した。これはSPring-8の放射光を利用することにより高精度のX線回折データを得たことと、高田助教授らが開発したMEM/Rietveld法※3という新しい解析法を用いることにより可能になったものである。この新しい物質は名古屋大学大学院理学研究科 篠原久典教授の研究グループ(Chun-Ru Wang博士研究員、甲斐力(大学院生)、冨山徹夫助手)が、今回、世界で初めて創り出すことに成功し、大阪大学大学院薬学研究科 小林祐次教授の研究グループ(吉田卓也助手)の協力により核磁気共鳴で、その大まかな構造を確認した。このSc2金属分子を炭素のボール状の分子に内包する、Sc2@C66は、ボール型分子を形成する炭素原子の配列が、これまで、フラーレン分子中の炭素原子配列の仕方を支配していると信じられていた法則を打ち破る構造を持つ分子である。今回の成果は、今後、フラーレン分子の様なボール状の形の分子がなぜできるのか、そのなぞを解く鍵となり、また、今後新しい原子配列をしたフラーレン分子の化合物が次々と生み出され、その中から新しい性質を持つ材料が出現するきっかけとなることが期待される。特にIPRを破るフラーレンはその分子上の電子の分布に大きな偏りを生みやすく、他の物質や、原子、分子との高い反応性を特定の方向に持つことが期待され、今後様々な物性を示す機能性物質をデザインする上で、重要な基本単位となりうる可能性を持っている。

2.サッカーボール型炭素分子C60は、その発見者のR. E. Smalley, H. W. Kroto, R. F. Curlらが1996年にノーベル化学賞を受賞したことで有名である。この炭素原子が形作る六角形(6員環)と五角形(5員環)が組み合わせられてできるボール状の分子は、新材料の可能性を秘め、また、その形の面白さからその後色々な大きさのものが発見され、それらはフラーレンと総称されている。これらのフラーレン分子での炭素原子の配列は、2つ以上の五員環が隣り合わせになる事はないという、孤立五員環則(Isolated Pentagon Rule:IPR)というフラーレンの幾何学を考える上で最も基本的な法則に従うとされてきた。それは、フラーレンでは5員環と5員環が隣り合わせとなるとその部分の極率が大きくなり、歪を生じ不安定になるからである。現在までに生成,単離されているフラーレンは例外なくこの経験則を満足していた。IPRを満たす最小のサイズのフラーレンはサッカーボール型のC60である。サッカーボールを見てみると、必ず5角形は6角形に囲まれていて5角形が並んでいないのがよくわかる。このIPRを満たす2番目に小さなフラーレンはラグビーボール型のC70である。下の図にC60とC70分子の図を示した。よって、この間の数の炭素原子からなるC62, C64, C66, C68などは存在しないと考えられ、実際にこれらのフラーレンはこれまで生成することができなかった。

 
c-60.gif

C60分子
c-70.gif

C70分子

 

しかし、1995年、坂田教授と篠原教授の研究グループが、金属イットリウム(Y)とC82フラーレン分子の化合物の構造を決定し、C82フラーレン分子がY金属原子を内包している事を証明(Confirmation by X-ray Diffraction of the Endohedral Nature of the Metallofullerene Y@C82. M. Takata, B. Umeda, E. Nishibori, M. Sakata, Y. Saito, M. Ohno and H. Shinohara, Nature, 377(1995)46-49)して以来、篠原教授は、金属をフラーレン分子に内包させることで、この法則を打ち破る新しいタイプの構造を持つフラーレン分子を創り出せるのではないかと考え、これまで研究を進めてきた。そして、Sc(スカンジウム)原子を2個内包させることによりSc2@C66という形で、通常存在し得ない炭素66個からなるC66というフラーレン分子を今回創り出すことに成功した。坂田教授らの研究グループは、その分子の構造、すなわち原子配列をSPring-8の放射光という高輝度のX線を用いて明らかにし、実際に炭素の5員環同士が隣り合って配列していることを証明し、この孤立五員環則を破る新しい構造を持つフラーレンの登場を証明したものである。

3.下の図は、放射光を用いて得られた、分子の電子分布を示したものである。粉末状の試料から放射光によって得られたX線回折データを、高田助教授らが開発したMEM/Rietveld法で解析すると、図にあるような物質中の電子の分布が、ありのままに映し出される。分子のケージの隙間から、赤色で示してある、内包されたSc金属2個が形成するSc2分子が見えている。電子の分布の上に6員環と5員環が書き示してあり、このSc金属分子に近い部分で炭素の5員環が隣り合って並んでいるのが正面図でわかる。わかり易くするため、この実験結果を基に作った分子構造を並べて書いた。

正面図

met_fl.gif

側面図


Sc2@C66の電子分布

   

Sc2@C66の構造モデル

このような新物質は、創られたばかりの段階では、数ミリグラムのごく微量の粉末状であり、X線回折データの測定が困難を極め、この様な複雑な構造を決定することが困難であったが、SPring-8から生み出される非常に輝度の高いX線と、昨年末に坂田教授らのグループが建設した新しい装置により、非常に精度の高いX線データが微量の試料から測定可能になり、この研究を成功に導いた。また、高田助教授らが開発した、新しい解析法MEM/Rietveld法も大きな役割を果たした。この方法は、坂田教授らが開発してきた情報理論に基づく構造解析法である最大エントロピー法(MEM)※5と、従来の粉末結晶を用いた構造解析法であるRietveld(リートヴェルト)法を合体させた解析法で、粉末試料から得られるX線回折データを用いて物質の電子の分布をイメージングする方法である。

 


 <用語解説>

※1 サッカーボール型炭素分子
 1985年R.E.Smalley, H.W.Kroto, R.F.Curlらによって発見されたカーボン原子60個からなる籠状の分子である。そして、右の図のように60個の炭素原子が6角形と5角形からなるサッカーボール型の構造をしていることが明らかになった。この発見により、彼らは1996年にノーベル化学賞を受賞したことで有名である。その後、C70をはじめとする、様々なボール状の炭素分子が発見、生成された。

※2 金属内包フラーレン Sc2@C66
 Sc金属2個をフラーレン分子の内側に取り込んだ結果、新しく人工的に作られたフラーレン。表記の“@”は「フラーレン分子の中に内包している」ことを意味する。
通常、66個の炭素原子からなるC66は原理的にIPRを満たすことができないため、生成することができないとされていたが、金属原子を内包することで、金属がイオン化し、電子がフラーレン分子に移動することによって、IPRを破っても、安定構造を持つ分子として存在できることが、本研究により証明された。尚,Sc金属はフラーレン分子中でSc2という分子を形成していることも明らかになっている。

※3 MEM/Rietveld法
 粉末X線回折データを用いた新しい構造解析法。情報理論から発展した最大エントロピー法(MEM)と従来の粉末構造解析法(Rietveld法)を組み合わせてできた方法。詳しい構造がわからなくても、大まかな構造モデルから、モデルフリーに、原子の詳細な配列を決定できる、まったく新しい概念の方法。Rietveld法そのものは、高温超伝導体の原子配列決定に威力を発揮した方法である。

※4 孤立五員環則(Isolated Pentagon Rule:IPR)
 フラーレンでは2つ以上の五員環が隣り合わせになる事はないという、フラーレンのトポロジーを考える上で最も基本的な原理。右図のC60分子の図を見ても判る。フラーレンでは5員環と5員環が必ず隣り合わせとなるとその部分の極率が大きくなり、歪を生じ不安定になる。現在までに生成,単離されているフラーレンは例外なくこの経験則を満足している。IPRを満たす最小のサイズのフラーレンはC60である。またIPRを満たす2番目に小さなフラーレンはC70である。これはC62, C64, C66, C68などのフラーレンは生成されていないという実験事実を説明する。
篠原久典、斎藤弥八:フラーレンの化学と物理、名古屋大学出版会(1997)

※5 最大エントロピー法(Maximum Entropy Method:MEM)
 情報理論より発達した推論の方法で、与えられた情報を満足し、得られていない情報に関して最もバイアスを少なくするように推定する方法である。画像処理の分野では非常に発達している。論理構造上、逆フーリエ変換あるいはデコンボリューションなどの逆問題に対する一般的なアプローチの方法を提供している。これまで理論上の研究が多かったが、最近この方法を用いて位相問題を解く試み等、具体的な研究が行われるようになってきた。

 


 

<本研究に関する問い合わせ先>
 名古屋大学大学院 工学研究科 助教授  高田 昌樹
 (*)現所属:(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 I
  E-mail:takatama@spring8.or.jp
  Tel:0791-58-0946

 名古屋大学大学院 理学研究科 教授  篠原 久典
  E-mail:nori@nano.chem.nagoya-u.ac.jp
  Tel:052-789-2482

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp

ひとつ前
「SPring-8」放射光を用いた高精度分析によりWDM用光集積素子の発光特性を約40%向上(プレスリリース)
現在の記事
SPring-8の放射光を利用し、これまでの常識を破る構造を持つフラーレン分子Sc2@C66の構造決定に成功(プレスリリース)
ひとつ後
SPring-8放射光により解明された筋収縮蛋白ミオシンの意外な振舞(トピック)