従来の常識を破るガラスの構造の発見- ガラス形成のメカニズム解明および新規ガラス創製に資する飛躍的成果 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2004年03月12日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
平成16年3月12日
(財)高輝度光科学研究センター
(財)高輝度光科学研究センターの小原真司らのグループ(日本原子力研究所、米国コンテナレスリサーチ、アルゴンヌ国立研究所、東京理科大学)は、地球の上部マントルや星間物質の主要鉱物である、かんらん石の主成分であるフォルステライト(SiO2·2MgO=Mg2SiO4)の高純度ガラスを作製し、さらにその特異な構造を解明することに成功した。本手法は、従来の方法では困難あるいは不可能であった物質を容易かつ比較的安価に高純度のガラスにできることから、新たな光ファイバー材料の開発、外科手術用レーザー等の高性能化、低コスト化への応用が期待される。 |
ガラスは3000年以上前から使われてきた、我々の身近に存在する重要な物質である。その適用範囲は、光学ガラス、光ファイバー、窓ガラス、ガラス瓶、レーザー媒質等々多岐に渡る。ガラスの中でも特に代表的なガラスとしてシリカ(SiO2)ガラス(ネットワーク形成物質)が挙げられるが、ガラスは結晶のような長周期構造を有していないため、そのX線回折パターンはブロードである(図1)。その構造の本質は、SiO4四面体が酸素を共有して繋がったネットワーク構造(図1)にある。また、このシリカガラスに様々な物質(例えばアルカリ酸化物)を混ぜることにより、多様な付加特性を与えられるが、これらは一般にネットワークを切断しその隙間に存在することから「ネットワーク修飾物質」と呼ばれる。「ネットワーク修飾物質がどのようにネットワークを破壊し、どういう位置を占めるか?」を理解することがガラス形成メカニズムの解明に繋がり、また新規ガラス創製への基盤となるが、これらはまだ明らかにされていない。本研究では、地球の上部マントルや星間物質、そしていま話題の火星においても主要な構成鉱物と考えられるかんらん石の主成分であるフォルステライト(の高純度ガラスを作製し、その構造解析を試みた。
ガラスの作製方法には様々な手法があるが、もっとも一般的な方法は、酸化物を容器の中で融点以上に加熱、融解し、それを急冷する方法である。しかし、この方法では、高融点のガラスになると、高温融体とそれを保持する試料容器との間に反応が生じ、またその界面における不均一な核生成による結晶化等の問題で、高純度のガラスを得ることは困難である(図2)。一方、試料を不活性ガスと音波で浮遊させながらレーザー加熱で融解し、融体を試料容器を使わずにほぼ無重力状態で保持すれば(コンテナレス法)、過冷却液体にできるため、レーザーの急断による比較的穏やかな冷却速度で、高純度のガラスが容易に得られる。
コンテナレス法で得られたフォルステライトの高純度ガラスの構造をSPring-8の強力高エネルギーX線により調べた。(図3)。得られたX線回折パターンはシリカガラスと著しく異なっておりその構造が大きく異なっていることが予想された。得られた回折データを逆モンテカルロシミュレーション(RMC)(※2)と呼ばれるコンピュータシミュレーション法により解析した(図4)。その結果、フォルステライトガラスにおいては、シリカガラスで見られるようなSiO4四面体のネットワーク構造は見られず、そのほとんどは、その単量体、あるいは二量体(Si2O7)であった。そして、これまでの常識では(SiO4四面体の)ネットワークを破壊すると考えられていたMgO5を中心とするMgOx多面体が本ガラスのネットワーク=骨格構造を形成してした。本ガラスのようにネットワーク形成物質の不足した物質(あるいは酸化物)は、一般的にガラスになりにくいが、コンテナレス法による強制的なガラス化によって、「ネットワーク形成物質」と「ネットワーク修飾物」の立場が逆転し、特異なMgOx多面体を形成するという、従来のガラス構造の常識を破る新奇な構造をもったガラスが生まれた。
今回、コンテナレス法を用いて高純度のフォルステライトを作製することに成功したが、本手法は新規ガラス創製の手法として有望である。本手法の利点としては、比較的安価に、従来の方法では困難あるいは不可能であった物質を容易にガラスにできることである。よって、新規ガラスの組成の最適化など、R&D的な要素が強い手法である。
本手法を用いては、REAlTMガラスと呼ばれる希土類アルミナガラスの作製等が行われており、本ガラスは、外科手術用等のレーザーの低コスト化、小型化、高性能化に貢献しており、今後、さらなる新規なガラスの創製が期待できる。また、本手法の適用範囲はガラスのみならず結晶にもおよび、状態図に存在しない結晶相も創製可能である。また、今後新たにコンテナレス法により創製されるこういった機能性ガラスは、今回得られたフォルステライトのような特異な構造を持ち、さらに新しい機能を持つと考えられる。
(特徴と意義)
1)ガラスの融体を不活性ガスと音波を用い「コンテナレス」で過冷却液体として保持するため、試料容器を用いた場合の冷却速度(105-108 K/sec)より遙かに緩やかな冷却速度(700 K/sec)で従来の方法より圧倒的に不純物の少ないガラス相が得られた。
2)SPring-8の強力かつ高エネルギーの放射光を用いることにより、ガラスの微弱な回折パターンを短時間で精度よく測定することができた。
3)得られた回折データに基づいたコンピュータシミュレーションを用いることにより、その特異な構造を明確に浮き彫りにすることができた。
4)フォルステライトのようなネットワーク形成物質の少ない系では、通常のケイ酸塩ガラスで見られるようなSiO4四面体からなるネットワーク構造は有しておらず、MgO5多面体を中心とネットワーク構造を形成していた。
5)本研究は、米国の企業、国立研究所および日本の大学、研究所が一体となった、産官一体の国際共同研究である。
(今後の課題)
1)融体が過冷却液体を経てガラスになる過程を高エネルギー放射光を用いてリアルタイムで観察する。そして、融体がガラスになる過程、および結晶になる過程をコンピュータシミュレーションを用いて解明し、融体がガラス化するメカニズムを解明する。
2)コンテナレス法を用いた新規物質の創製。
<参考図>
SiO4四面体は酸素を頂点共有してネットワーク構造を形成
SiO4四面体は単量体(茶色)および二量体(水色)のみでネットワークは形成していない
マグネシウムと酸素はMgOx多面体(赤色:MgO4、黄色:MgO5、青色:MgO6)を形成し、これらは酸素を頂点および稜で共有し、ネットワーク構造を作っている
<本研究に関する問い合わせ先> 日本原子力研究所 東海研究所中性子利用研究センター <SPring-8についての問い合わせ先> |
<用語解説>
1.ネットワーク形成物質: ガラスとくに酸化物ガラスの構造の本質は、ある短範囲構造が繋がったネットワーク構造である。酸化物ガラスの場合、こういったネットワーク構造を形成する物質として、SiO2, P2O5, GeO2, B2O3が挙げられる。このうち、SiO2, P2O5, GeO2については、SiO4, PO4, GeO4といった正四面体が酸素原子を頂点共有することによりネットワーク構造が形成される。ところが、これらの物質の含有率が小さくなると、ネットワーク構造を構築できなくなり、その結果、ガラスは得られにくく、失透した物質(結晶)が得られる。 2.逆モンテカルロシミュレーション(RMC): 物質の実際の原子数密度を満たす3次元のセルの中に存在する原子を乱数を用いて動かし、ガラス・液体・乱れた構造を持つ結晶の回折データを再現するような構造を求めるシミュレーション法。 |
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